Merry, Merry Christmas with You  wakawa様作品




Merry, Merry Christmas with You




≪今年のクリスマスは雪ではなく、雨……≫
 イブの夜。テレビの天気予報が言っている。
≪あたたかいですね。異常気象でしょうか≫

 アイルランドとシカゴの天気は先刻、確かめた。
 わたしは携帯電話を片手に寝室へ向かう。
  ダブリン時刻、23時、3分過ぎ。
 約束していたためだろう。彼は2コールを待たずに出た。

『メリークリスマス、レスリー。元気か。忙しい?』

 いとしい声が海を越えて届いた。
「昼休みを取れたよ。会議も終わった。もうホテルに戻ってる。ーーきみこそ久しぶりの帰郷はどうなんだ」
『楽しんでる。バカ騒ぎだけどな』
「そうか」
 ホームドラマのワンシーンが脳裏に浮かんだ。
 その場所は、彼に、とてもよく似合う。
『あんたがいれば、もっとよかった』
 言葉をとめたわたしの耳に注がれる甘いささやき。
「……ばか」
 躯の芯に灯がともり、苦笑と一緒に胸がうずいた。
「わたしも、残念だよ。でも、仕事だから、仕方ない」
『終わったらすぐ帰ってきな。ボックス・デイまでだろ、そっちにいるのは。シカゴは寒いかい』
「あぁ。とてもね」
 頭の中をデータが駆け巡った。
 最高気温-3℃、最低気温-7℃、日没16時28分。現在、17時過ぎ。
 だがわたしは多くを語らなかった。
『帰国は?』
「27日。きみより1日早い」
『あぁ!ちくしょう』 と、うなり声。『アメリカ経由で帰りてえ』
 背筋が凍った。
「なに…言ってるんだ」
『会いてえよ、今すぐ。薄着で体が冷えてないか。凍った道で転んだりしてないか』
「こどもじゃないんだから」
『誘拐されるなよ』
「やめてくれ。縁起でもない」
『レスリー』吐息が聞こえた。『ひとりで つらくないか』
 わたしは思わずふきだした。
「別になんともないよ。慣れているから」
 言った後で後悔した。何を。わたしは。
『ーー食事は?ちゃんと食った?』
 けれども さりげなく変えられる話題と かわらない口調に、肩の力を抜くことができた。
 いつも、そうだ。
 彼は、なぜか、わたしを安心させるすべを知っている。
「すませたよ」
『ケンタッキー・フライド・チキン?』
「まさか!」そんないかにもなことはしない、と笑った。「ビーフシチュー。パブですませた」
『パブ?』
「そう。きみの店のちかくのーー」
 しまった。安心させられすぎた。
「店のちかくにあるだろう、ディクソンズ。あそことよく似た店を見つけたので、入ってしまったんだ。ホームシックかな」
『……』
「と言っても、正確には、パブじゃなかった。アメリカ人好みのチェーン店だ」
『…ふぅん』
「味も…、似ていた気がする」
『そうか』
 落ち着け。
 わたしは送話口を覆って、数回、深呼吸をした。
「きみは何をしてた?」
 そしてさりげなく話題を変えた。
『メシ食って、シャワー浴びて、あんたの電話を待ってた』
 含まれる意味に、絶句した。
『自分の部屋で』
 息が止まった。
『レスリー』 肌に まといつくような呼び方が、夜の始まりを知らせる。『あんた、ひとりか』
「ひとりだ」
 声がかすれた。
『あんたも待ってたかい?』
 低い笑い声を聞きながら わたしは目を閉じる。「あぁ」
『おいで』
 瞼の裏側に広げられた両腕が見えた。そこに向かって、わたしは体を投げ出した。
「あ…」
 眼鏡がはずされ、眉間にキスが落とされた。舌先が睫毛をなぞる。
 くすぐったい。
 やさしい愛撫がわたしを緊張させる。
『さむい?』
 震える耳にささやかれた。
「平気…」
 唇が耳朶をはみ、手が、肌のうえを這った。
『<おれの>指は冷たくないか』
「だいじょうぶ」
『あんたの胸も…』
 摘まれた。
「あ、ん…ッ」
『いい声』
 笑みを含んだおと。熱い息が肌をかすめるときの感覚がよみがえる。
「アッ、ン」
 いつからだろうか。はげしくされないときの方が乱れるようになった。
 喘ぎ声を隠したくなったり、両手で顔を覆いたくなったり。
 そのくせ、前から抱きしめられたい、と、願うようになった。
「焦らさないで」
 泣きながら、わたしは訴えた。「はやく…」
『まだ』
 意地悪なささやきが体の内の熱をあおる。
 背後からいましめる強い腕。首が痛むほど振り返っても青い目は見えない。わたしの骨組みは硬い。
「いやだ、お願い…」
『だめだ』
「おねがい…」
 <彼の>指が根元を握っている。
『ダメ』
 閉じた瞳のまえに、何かを怒っているらしい表情と、熱くたかぶる牡が見えた。
 わたしは重い舌を動かし、水音を響かせながらそれをねぶった。
『…レスリー…』
 掠れた声が海の向こうから響く。
 彼の手がわたしの肩を抱いた。背中をなで降り、双球が割られた。
「ア!」
 その刺激で、わたしは達していた。
『ダメって言ったのに』
 遠くから、やさしい揶揄が届いた。


 脱力した体を寝台に横たえながら、わたしは窓の外を見遣った。
「雪が」
 どうりでさむいと思った。
「…雪が降り始めたよ、フィン。」
 彼は、終わったあと、必ずわたしを厚い胸につつむ。
 高めの体温は、最初、とても居心地悪く感じられたのだけれども。
「メリークリスマス、ダーリン。ロンドンも、ホワイトクリスマスだ」
 今は、そのぬくもりが懐かしい。
『ーーレスリー』
「ん?」
『あんた、いま、どこにいる』
 外気ではない冷たいものが、わたしの腹の奥から駆け上った。
『アメリカじゃないんだな』
 信じがたい失態に わたしは言葉を失った。
 もはや取り繕いようがない。



≪…今年はあたたかすぎますね…≫
 3週間前のその日。
 確か小雨がぱらついていた。

 12月はすれ違いばかりだった。

 わたしは始終大西洋を横断していたし、フィンは残業続きだった。

「クリスマスまで縺れ込みそうな気配だ」
 その報告をしたのも電話ごし。
「早くともボックス・デイまでかかる」
“待っているから早く帰って来な”との声は、彼の喉から発せられるまえに耳に届き。
「年始までには絶対に終わらせる。だから、きみは、帰省した方がいい。ニューイヤーズ・デイを一緒に祝おう」
 わたしは、それをかき消すように、早口になった。


 仕事が入っていたのは本当だ。
 しかし予想外に早くすべてが片付いたあとも、わたしはそのことを彼に伝えなかった。
 フライトが取れないのを幸い、彼がダブリンに発ってから帰国し、なにくわぬ顔で電話をかけた。
「シカゴは今朝も霜だ」

 わたしはひとりのクリスマスになれている。今年が特別なわけじゃない。
 けれどフィンと、彼の家族にとっては、共に過ごす休暇こそが普通であるに違いない。

 そう思ったから。



『いつだ?』
 声が険しかった。
「…きのう」
『ちがう。いつから騙してた』
「違う!」
 わたしは必死で言いつのった。
「きみを騙したわけじゃない。本当に帰れないと思ってたんだ、うそじゃない。ただ…その…。思いのほか早く済んだだけで…」
『そう言や いいだろが』
 返す言葉を失った。
 なんと言えば良かったというのか。

  ぜんぶあげる

 と。彼は言った。
 それでは。
 わたしが帰ってくると知ったら、帰省を取りやめたのだろうか。

「わたしはいいんだ、本当に。ひとりの方が落ち着く。でも、きみは」
 たぶん、わたしは、いかないでいて欲しかった。けれど待っていた彼に失望されることが怖かった。
「きみには、クリスマスを過ごす場所が、あるだろう…?」
 彼にとって大事であるに違いない日を台無しにするのが 怖かった。
 そして。
 それと同じくらい。
 ダブリンの家族を選ばれてしまうことが怖かった。

 海の向こうからため息が聞こえた。
 恋人は何も言わない。表情も見えない。

「愛しているよ」

 涙がこぼれた。
 快楽の余韻だろうか、自分の唇から発した言葉が、降伏の白旗のように、心を粉々にする。
 わたしのからだは 敗北のここちよさを見失ってしまった。こころは新しい敗北に慣れてない。


『レスリー』
  ばかだな、あんたは。ほんとに。
 甘いささやきがおとされた。
『予定してた便で帰る。約束通り、ニューイヤーズ・イヴは一緒に』
  でも、今はとりあえず、メリークリスマス。
 聖夜の始まりと同時に告げられた。

  メリークリスマス。おれも愛してるよ。知ってるだろ。


 ーー知ってる。

 涙のなかで なんどもなんどもうなずきながら、わたしは祈る。

 来年のクリスマスも。どうか。
 きみの傍でむかえられますように、と。




          <Fin.>

              ―― 了 ――


〔フミウスより〕
 とても気に入ったので、wakawaさまサイトよりいただいて参りました。孤独なレスリーの核をよく捉えてくださっています。感激!
 電話エロも長くないのに濃厚。美味でございます。( ̄ii ̄)
ご主人様、楽しんでいただけましたでしょうか。
ひと言、ご感想をいただけると鬼のようにうれしいです♪ 
(メアドはaa@aa.aaをいれておけば書かなくても大丈夫です)

       




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