友達
「いらっしゃいませ、ご主人様」
担当家令の穏やかな笑みは、外のしがらみで強張った私の心をあっけなく解してくれる。
気に入りの彼が差し出そうとしたメニューを制止し、私は長椅子に腰を下ろした。
ここにくると私は童心に返ったような気分になる。サンタクロースに贈り物の希望を伝えような、わくわく感があるのだ。
なぜなら彼はいつも私の願いを叶えてくれたから。しかも、願った以上のすてきな贈り物をしてくれる。
だがさすがに今回の願いは、彼にとっても予想外だったらしい。
「実はね……」
と希望を伝えたとたんに、際だった美貌が瞠目し、言葉を失っていた。
その呆けている姿を堪能してから、言葉を継ぐ。
「無理かな?」
「あ、申し訳ありません……。そのアクトーレスのティモシー・ジェファーソンを?」
「そう、その彼にパラティヌス区の私の家で、犬の遊び相手になってもらいたいんだ。そう……とりあえずは今回の二週間だけ」
「遊び……相手……」
考え込む彼の頭の中は、その言葉の意味がきっと正確に映像化されているだろう。
今まで私がどんなふうに遊んできたか、彼はとても良く知っているのだから。
だが、彼が逡巡の結果再び視線を合わせるまで、多くの時間は必要なかった。
「二週間ですね。至急確認をいたしますので、お待ちいただけますでしょうか」
「もちろん」
珍しく急ぎ足で出て行く家令の姿を見送り、私はゆっくりと気に入りの長椅子に身体を預ける。
私は、彼が私の願いを叶えてくれる事を信じていた。
仲間からつまはじきにされているアクトーレスがいるという噂を愛犬のユウリから聞いたのが、先日のこと。
「おもしろそうだから、友達になりたいな」
舌なめずりするユウリの言葉に、私も興味をひかれた。
探すこともなく見つかった男は、同僚のみならず犬にもバカにされているようだ。
「ああいうタイプはさ、実力もないのにプライドが高いんだよ。悪く言われても自分が悪いとは絶対に思わないのさ。で、よけいに反感を買って孤立する」
「確かにね。で、どうするんだい?」
「俺たちがいない間のラウの友達に最適じゃないかな。仲の良いアクトーレスが一人いると、いろいろと便利じゃないか?」
ニヤリと口角を上げるユウリに、苦笑を返した。
「ラウのためと言って、自分が遊びたいだけじゃないのかい?」
「もちろん、俺がたっぷりと遊んでからね」
ユウリは野外奴隷として連れ出した外の世界では、専属の護衛として常に私の身の安全のために神経をすり減らしている。
そんな彼がいたずらっ子の素顔を晒すのは、ヴィラに来た時だけだ。
「ダメかな?」
そんなかわいい愛犬のワガママを、どうして聞かずにはいられるだろうか。
やってきた若いアクトーレス──ティモシーは、ユウリの調教をすると聞いていたのだろう。
道具をていねいに並べている様は、どことなく誇らしげだ。
これでもかと得意満面の様子に、私の顔が歪みそうになって、あわてて引き締めた。
足下に跪いているユウリが抗議の視線を送るのに、肩を竦めて返す。
「ご主人様、何から始めますか」
何も気づいていないティモシーがこちらを振り向いた。
「そうだね、どうしようか、ユウリ」
私の役目はここまでだから。
おとなしく出番を待っていたユウリを見下ろせば、彼の瞳が狩猟者のそれとなっていた。
「あの……?」
アクトーレスが訝しげに眉根を寄せる。
それが合図だった。
「うわっ!」
甲高い悲鳴が床から聞こえた。
「な、何だ、これはっ! おい、何──痛っ」
押さえ込まれた関節が悲鳴を上げているのが、見ているだけでも判る。
驚愕に瞠目したままのティモシーが私を見上げていた。
いまだに何が起きているのか理解できないその瞳に、優しくほほ笑みかける。
「ユウリは狩猟犬だ。銃やナイフを得意とするが体術も得意なんだ。ほら、逃げられないだろう?」
しなやかな筋肉で獲物を追い詰め、喉笛に噛み付き行動不能にする。
ここにナイフがあれば、関節は使い物にならなくなっていただろう。
実用的な筋肉で覆われたユウリの身体は、あくまでアクトーレスの訓練しか受けていない彼が敵うものではない。実際子犬時代にはずいぶんとアクトーレス泣かせだったのだ。
引っ切りなしに悲鳴を上げる彼も、知っていて当然なのだけど。
今はおとなしいから、思い出しもしなかったに違いない。
仰け反り痛みに震える白い喉。
むしゃぶりつくように口を犯すユウリの柔らかな髪を撫でてやる。
「私の休暇はユウリにとっても休暇なのだよ。いつも私を護るために神経を擦り減らしているからね。だから、ヴィラでは好きなように遊ばせてやるんだ」
「何をっ──ぐぅっ──」
かろうじて外れた口。
けれどユウリが逃さない。
乱れた髪が顔にかかり、涙と涎でぐしゃぐしゃになっている。
救いを求めるような視線に、首を傾げて笑いかけた。
「ユウリはね、オスなんだよ」
ねっ、とユウリに確認すると、ニヤリとその口角が上がった。
その様子に、ティモシーの反抗が止まる。
怯えた視線が、私とユウリを交互に見やった。
「オスって……」
「オスはオス。私だけになんだよ、この子がメスになるのはね」
「でも、ご主人様に愛していただける時が俺は一番好きだ。それは、間違いない……」
頭に触れる手のひらを味わうように顔を上げるユウリの口元に指をずらす。
ぺろぺろと舐めてくる愛らしい仕草に、褒美のキスを落とした。
「そうだね。私に抱かれて乱れるユウリはとてもセクシーだよ。でも同時に、お前は気高く誇り高い王者だよ。そして、相手を屈服させることに喜びを見いだす者。私と同じようにね」
ユウリの性質は、私とよく似ている。
だから、ヴィラに来たときは、私達は別々に遊ぶ。
「いつもは犬を手配してもらうんだけどね、今回は君が良いっていうから」
銀色の手錠で、ティモシーの手足を繋ぐ。
「お、俺はアクトーレスだぞっ、こんなことっ、許されないっ……」
思い出したように暴れるが、本気のユウリにすぐに床に押しつけられた。その腕を天井から降りた鎖につなぎ、足は広げて床に固定した。
天井の滑車が、ぎしぎしときしむ音を立てて鎖を引き上げる。
「足はこのくらいかな」
「ワウッ」
歓喜のにじむ了承の鳴き声を上げ、ユウリがさっそく道具の乗った台車で物色する。
尻が数十センチの高さに浮くように鎖を固定していると、悲鳴が懇願に変わった。
「や、やめろぉ──やめてくれぇ」
視線を向ければ、刃先のきらめきが目に入る。
嬉々としてナイフを振るうユウリは、久しぶりの獲物にずいぶんと楽しそうだ。
いつも借り受ける犬は、怯えはするけれどすでに調教済み。
どうしても物足りなさがあったから。
「ユウリのナイフさばきは一流だが、動くと危ない」
「ひいっ」
本気で怯える反応は、もう一匹の飼い犬でいるラウの調教以来だ。
やはり背筋がゾクゾクとするほどに楽しい。
それに、不自由な身体で必死で身悶えるティモシーの腰つきは、まるで誘っているように淫らだ。
だが。
「おや?」
白い肌が表に現れるに連れ、肌にまだらな模様が現れ始めた。
腹や背中。腕に太ももの内側。
黒ずんだ後の中には、まだ鮮やかな赤を滲ませている物もある。
「どうやら苛められているようだね」
邪険にされているとは聞いていたが、実際たいした扱いを受けているようだ。
アザに手のひらを癒すように当てると、彼が啜り泣くような悲鳴を上げた。
「お、俺は悪くないのにっ。あいつらが、バカなんだよっ、あんな犬殺しに──、くそっ」
悔しげに歪むティモシーのほおに涙が流れ落ちた。
その涙をユウリが美味しそうに舐め取る。
「犬殺しねぇ」
いまだにそんな事を言っているから、苛められるのだろう。
こんな閉塞された空間では、うっぷん晴らしの格好の的だ。
そのアザに、ユウリが一つずつ口づけていく。舌を覗かせ、ちろちろと愛撫する。
「ひ、ひいぃ、やめろっ」
肌が赤く染まっていた。困惑がその瞳に浮かんでいた。その瞳をユウリが下から見上げて、微笑みかける。
「ああ、お前は悪くない。犬を殺す奴は責められても仕方がない」
「そ、そうさっ。あいつはっ──、なのにっ」
悪態に、この子の執着心が見えた。
あいつ、と言いながら、縋るように見えない相手を追っている。
「そんな奴にあんたがこんな目に遭うことはないんだ」
「あいつ……は……俺の、犬で……」
ひくりと嗚咽を零し、抱き込まれたユウリの胸に額を押しつけていた。その肩が小刻みに震えている。
この子はいったいいつから泣き続けているのだろうか?
悔しいと一人で泣いて、消化されない感情をため込んで。
「俺がお前の犬になってやるよ。俺、お前と遊びたいんだ、な」
ユウリの言葉に、彼の肩がびくりと震える。
「俺の……犬?」
「犬と遊ぼうぜ、ご主人様?」
「い、いや……けど?」
視線が泳ぐ。
ユウリを見つめ、私を窺う。
その不安を、ユウリが笑い飛ばす。
「俺のご主人様は、俺がお前と遊んでも怒りやしない。俺がヴィラにいる間、お前が相手してくれるなら嬉しいとすら言ってくれるぜ、な」
その言葉は間違いなくて、私は鷹揚に頷いた。
私はここでは、もう一匹と遊ぶつもりなのだから。
それでもティモシーは疑わしげに、私を見つめる。
けれど。
「ひっ、ああっ」
びくとり硬直した身体が大きく仰け反った。
「うわ、狭い〜」
顔をしかめたユウリの指が、ティモシーの後孔に入っていた。
「や、やめろっ、きさまっ」
「きさま、じゃなくて、俺の名前、ユウリ。言ってみ」
「や、やめっ、ユ、ユウリ、止めろっ」
「そうそ、ご主人様。俺と仲良くしたら、苛められないようにしてやるぜ」
ユウリは巧い。
人を操る事に長けている。
感情的になりやすいティモシーは、そんなユウリにとって格好の獲物だ。
「俺、護衛が仕事。お前も俺が守ってやるから。だから、仲良くなろう、な」
「あ、んくうっ……」
ユウリの指が潤滑剤をティモシーのアナルに塗り込んでいる。
ヴィラの道具はどんなものでも効果が強い。
「気持ち良い? 腰が揺れてる」
「い、嫌だ……離せ……」
粘膜から吸収された媚薬が、ティモシーの声を甘くする。
「気持ち良いことするだけ。うまくできたら俺に突っ込ませてやっても良いぜ」
「あ、くうっ……」
さっきまで萎えていたペニスが、今や淫液を垂らすほどにいきり立っている。
他人にはいくらでも使っていた媚薬だが、その効果を自分で試すことはそうないだろう。
「いろんな道具、自分で試してみるのも良い経験だよ。俺が好きなのも教えるからさ」
「そ、それ……嫌だ……、くっ……」
「へへ、ティモシー、可愛い」
水音が大きく響く。
絡まった舌が口の端から覗いていた。
ティモシーもキスに酔ったように陶然としている。
だんだん二人だけの世界になっているのを見てとって、私はユウリの耳元で囁いた。
「じゃあユウリ、私はもう行くからね。二週間たっぷりと楽しみなさい」
「はい、ご主人様も」
かわいい愛犬の言葉に頷いて、私はティムの甘い鳴き声が聞こえる部屋から出て行った。
「ご主人様、もうよろしいのですか?」
寝室ではラウが待っていた。ベッドから頭を上げて振り返る。
「ああ、もうユウリに任せても大丈夫だろう。で、こっちはどう?」
寝そべったまま操作していたノートパソコンの画面をのぞき込み、見知ったメールアドレスの指さされた本文を読み進む。
「必要なメールには返信しました。こちらのフォルダにありますのでご確認ください。後、こちらは直接お願い致します。また市場の方はトラブルは回避されましたので、次の仕掛けをかけています」
よどみなく説明するラウに頷いて、彼の間違いない判断を賞賛する。
彼は、私の大切な愛犬であると同時に無くてはならない片腕だ。
特に株や為替などの市場に対する嗅覚と回転の速さは、私でも敵わない。
会社の急成長も、私が長期の休暇を取れるのも、このラウがヴィラにいながら副社長をしてくれるからだ。
ラウも外で飼っても良いのだが、ネットにさえ繋げればどこでも一緒だと言って、ここが良いという。
何しろこの犬はたいそう淫乱なのだ。
外では思いっきり遊べない──と笑いながら言ってのけるほどに。
「で、もう休憩を取れるかい?」
「ん、は、はい……ああ」
ユウリと違い筋肉の薄い身体。
とても敏感で、指先で乳首を弾くだけでペニスの先から涎を垂らす。
キスも大好きで、触れられるのも大好き。
こんな敏感な身体でいるのに私がヴィラにいる間は、私にしか抱かれない。
いつもならここに着いてすぐに抱くのだけど、所用をこなしているうちに2日ほど空いてしまった。
そのせいか、わずかな愛撫でラウの理性は、すでに飛びかけている。
「あ、ぁぁ、──ご主人様ぁ……、もう、もう挿れて……あぁ」
「ダメだよ、まだ」
突き上げる腰を押さえつけ、肌にねっとりと舌を這わせると、悲鳴のような嬌声が迸った。
「い、いやぁ……もっ──もうっ」
だらだらと流れる淫液を掬い上げ、濡れそぼった指をラウの口の中に押し込む。
「あ、あんっ、んぐっ」
指に絡みつく舌がペニスにまとわりつく肉壁を連想させた。
ちろりと覗いた赤い舌が、淫らに誘う。
「美味しいかい?」
問えば、視線が頷く。
とろりととろけた瞳が淡く瞬く。
「もっと舐めなさい。お前が欲しい物を」
吐息で囁き身体を離すと、弛緩していた身体がすぐに跳ね起きて私を押し倒した。
股間に蹲るしなやかな身体。
濡れた音が淫らに響く。
油断すればあっけなく達ってしまいそうな舌技に、私は歯を食いしばる。
「んっ──私がいない間いったい何本舐めたんだい? ずいぶんと巧くなっているようだ」
「ん〜んっ」
否定するけれど、私は知っている。
「勝手に首輪を外したら危ないって言っているだろう?」
頭のよい子なのに、いつも無茶をするから怖い。
担当アクトーレスには、いつも気をつけるように頼んでいるのだが、何度か危ない目に遭っていると報告は貰っている。
「私の言いつけが守れないのなら、貞操帯をはめてしまうよ」
ラウにとって最大の罰であるそれをちらつかせると、いやいやと口に含まれたまま首を振られてしまった。
しかも思いっきり吸い上げながら。
「油断したな……」
私の上で淫らに踊っているラウに、苦笑を浮かべる。
導かれた射精の快感は激しく、弛緩している間にラウが私の上に乗ってきたのだ。
深々と銜え込まれたペニスは、うごめく肉壁にあっという間に硬度を取り戻した。
「だって……美味しいから」
うっとりと微笑む淫猥な犬は、いつもはもっと私を立ててくれるのだけど。
お預けを食らった後だけに、ひどく欲望に忠実に私を責め立てる。
これでは、どちらが主人か判らないくらいだ。
「あ、ああっんっ、ご、ご主人様ぁ〜、もっと突いて…」
だが、一人でここにいるラウは、普段は何も言わないけれどずっと寂しかったに違いないから。
「お前は犬だろう?」
上から被さり、耳元で囁く。
「その姿がお似合いだ」
「あ、あああん」
ぐりっと感じるところを抉ってやると、艶めかしく悶える。
「お前が作ってくれた休暇だ。ありがたく使わせて貰うよ」
特別ボーナスが欲しいばかりに懸命に働いてくれた愛犬が、肩越しに視線を寄越す。
その妖艶な微笑みに、誰が逆らうことができるだろうか。
私の理性も例外ではなかった。
私とユウリが現実世界に帰る前日。
ヴィラの我が家ではささやかな晩餐が開かれていた。
そのメインディッシュは、ユウリの誘いに逆らうことなくやってきた。
「ティモシー。これからずっとラウの遊び相手をしてくれるって本当かい?」
「は、はいっ。ラウが呼べば、すぐに来ます。いつも」
「そう、よろしくね。けれど、ラウを困らせたらユウリが怒るよ」
「わ、判ってますっ──あっ、うくっ。そんなことは……ああっ」
四つん這いになったラウを犯しているティモシーが、随喜に涙を流しながらからくり人形のように何度も頷く。
その尻にはユウリのペニスが深々と穿たれており、激しい抽挿が繰り返されていた。
ユウリがラウのために作り上げた淫乱なお友達。
これでラウが危険な遊びを控えてくれれば、良いのだけど。
私の懸念に、快感を貪りながらもユウリが、大丈夫だろうよ、と笑う。
「ティムはさ、人の温もりが好きだから。ラウの身体は気持ちいいだろう」
「おれも好き。ティムのペニス、すごく気持ち良い……」
ラウが私のペニスを舐めながら言う。
「ね、ティムとずっといたい……ずっと遊んで欲しい……」
淫蕩な瞳を向けて願う愛犬の可愛いワガママに私は頷く。
アクトーレス一人専任にするには、それ相応の費用がかかるだろうが、それにかかる余分な経費は、ラウが自ら稼ぎ出してくれるのだから。
「でも、仕事を怠けたりしたら取り上げるよ」
「ああ、します……、頑張りますから……」
「なら、ティモシーがいつでもラウと遊べるように手配してあげよう」
「あ、あんっ……あ、りがとう、ございま……ぁぁ」
「ティム、ティムもうれしいかい?」
ユウリが甘く囁けば、ティモシーが「ああ……」と吐息を零して頷く。
「っ……う、れしい……んっくあ──」
人の温もりに飢えていたティモシーは、ユウリが与える優しさに恍惚の表情で浸っていた。その身体を抱き寄せる。
「わたしも大切にするよ、かわいいアクトーレス」
首を伸ばしてティモシーの頬にキスを落とし、呪文のように彼の耳に囁く。
「わたしの大切な犬たちが気に入っている限りはね」
そんな言葉も快楽に溺れているティモシーには聞こえていないようだった。
【了】
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