約束  ぱすた様作品




 約束



「ご主人様、ご希望通り調教の準備が整いましたよ」

 調教部屋の電子ロックが開いた。
 大柄なアクトーレスが、金髪の頭をかがめるようにドアをくぐってきた。
 おれは、反射的に椅子から浮かせた腰を元通り下ろした。

「まだおいでになっていないよ、ノエル。おれもお待ちしているところだ」

「デクリオンもあのご主人様と約束を?」

「ああ。新しい仔犬を担当することになっている」

「へえ?次で何匹目の犬だろう?おれが担当している犬も手応えのある奴だっていうのに、あのご主人様ときたら!」

 ノエルはクスクスと陽気に笑った。

「おれの名前、知ってるんですね、デクリオン?まいったな。おれってそんなに有名人?」

 さあな。だが、おれはおまえのことをよく知ってるんだ。

「クリスマス・パーティーの余興はセンセーショナルだったからな」

 第5デクリア所属ではないから、話をしたことはあまりなかった。
 彼が担当する仔犬は獰猛な元兵士で、スタッフを骨折させたこともある。
 ノエル・アストン。白人。髪:ブロンド、目:ブルー。アクトーレス。

 おまえのことは詳しく知らされている。



「待たせてすまなかった」

 数分後に家令とともに調教部屋に姿を現したご主人様は、微笑みながらおれに右手を差し出した

 流れるような華麗な調教プランで、アクトーレス仲間にも評判の高いパトリキだ。お忙しい方だが、ヴィラに訪れたときにはいつも鮮やかな手腕を披露して下さる。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 きめ細やかなその手を握りかえすと、ひんやりと冷たかった。

「久しぶりのヴィラで、つい中庭でアクイラの仲間と話し込んでしまった。フミウスとも打ち合わせがあってね」

 家令はご主人様の言葉に、軽く頷いてみせた。心なしか少し顔色が悪い。

「やあ、ノエル。ぼくの仔犬の様子はどうかな。乳が大きくなってきたんじゃないか?」

「はい。効き目は確かですよ。ご指示の通りにして隣の部屋に待たせてあります」

 ご主人様は東洋人にしては上背のある方だが、ノエルはさらに頭ひとつ分ほど高い。ご主人様の姿はすっぽりとノエルの背中に隠れてしまった。

「ああ、期待しているよ」

 がたん、と大きな音がして、椅子が倒れた。ノエルの大きな体が崩れ落ち、金髪の頭がご主人様の胸に抱き留められた。

「仔犬が生まれた。イアン、きみに世話を頼む」

「かしこまりました、ご主人様」

 おれは、頷いて、手の中のテイザーを握りしめた。



 1時間前。家令控え室から急な呼び出しを受けた。家令フミウス・スズッカはいつになく苦り切った表情で事情を説明した。

「久しぶりにヴィラに帰っていらしたご主人様なのですが。やっと1日だけヴィラで遊ぶ時間ができたから、思う存分調教を楽しみたいとおっしゃったのです。前から目をつけていたノエル・アストンを仔犬にご所望なんですよ。
 もちろん即座に丁重にお断り申し上げたのですが、これを渡されてしまいました」

 机の上に、模様入りの瀟洒な紙が置かれていた。おれには日本語は読めない。だが、端に書かれたサインには見覚えがあった。

「おれにはミミズの這った跡にしか見えない」

「あたしには、真夏の石畳の上を這い回ったあげくに無念の死をとげたようなミミズに見えます。しかし、残念ながら意味は分かります。アクトーレスを奴隷に差し上げる、と書いてあるんですよ。外科部長とご主人様の正式なサイン入りでね。」

「その細長い紙切れに効力があるのか」

「補佐にも相談したんですが、有力パトリキであられるご主人様のお申し出をむげに退けるわけには参りません。
 外科部長がどんなつもりであんな約束をしたのか、確かめてみないことには手の打ちようもないんです」

「外科部長は何と言っているんだ?」

「今、ポルタ・アルブスで手術中なんですよ。先日、途中で放り出してしまった手術で、外科部長しか完全な術式を理解していないんです。犬の体中にマジックで丸や点線が書かれているだけだそうで――
 現時点で打てるだけの手は打ちました。今は、ここで見守っているしかないんです」

「なぜ、おれを指名した?」

「ご主人様が希望なさったからです。それに、あなたは、断れないでしょう?」

 ラインハルトの逮捕を阻止するために、妥協できる限りの奉仕をヴィラに約束した。意に添わない調教でも引き受けることもその一つだった。



 おれは、床に倒れたノエルの金髪の頭を見下ろした。

「さあ、始めてくれ。あまり時間がない」

 静かな調教部屋にご主人様の凛とした声が響いた。

 おれは覚悟を決めた。
 首輪をつけ、床のフックに繋ぐ。制服を脱がせ、手枷と足枷をつけて、四肢を床に固定した。
 ご主人様がノエル――仔犬の鼻先で小さな瓶の蓋を開けた。
 仔犬は、ぼんやりと目をさまよわせたが、ご主人様の姿を認めると急いで身を起こそうとした。身体を床に縫いとめた鎖ががちゃりと大きな音を立てた。
 訳が分からず混乱している仔犬に、家令は外科部長とご主人様の間に交わされた約束の話をした。
 仔犬のアキレウスのような四肢が小刻みに震えた。

「外科部長がした約束で、おれは犬にされるのか?」

「ヴィラの決定です」

 家令は、鋭意調査中であることは伏せた。不用意に希望を与えない方がいい。

「ご主人様、どうしておれなんです?おれの調教はお気に召しませんでしたか?」

「いいや。きみは素晴らしかった。いつも考えていたよ。この素晴らしいアクトーレスをぜひ調教してみたいってね」

 仔犬の口があんぐりと開いた。

「おれのアクトーレスとしての腕を買ってくれていたんじゃなかったんですか」

「乳売りの呼び込みをやってくれた時は愉快だったな。もっときみの叫び声を聞きたくなったよ――――電気にしよう」

 おれはワゴンから電極を取り上げ、機械的に仔犬の身体に取り付けはじめた。

「や、やめてくれ!たのむ!!」

「そうそう。その声だ――いや、ギャグはいらない。鳴き声を楽しみたいからね。そのうち声も出せなくなるだろうけど」

 電極をペニスに装着しようとしたとき、目が合ってしまった。哀願するようにおれを見つめている。
 おれは無表情を保ったまま、視線を受け流した。
 外科部長がどんな気まぐれをしたにせよ、手術が終わったらとっつかまえて、ふざけた紙切れの約束は反故にしてやる。
 しかし、現時点では、ヴィラはノエルをご主人様の仔犬に提供しているのだ。
 生まれたての仔犬には立場を教え込まなければならない。ご主人様は仔犬の鳴き声を聞きたがっていらっしゃる。ならば、おれのやることはひとつだ。

 やや強めの電圧に設定した。

「アア――ッ」

 仔犬の身体がアーチ状にのけぞった。数秒おいてもう一度。数秒ごとに電圧に強弱をつけて流した。時折、リズムをわざと崩して、不安を煽ってやる。仔犬の額には汗で、美しかった金髪が縒れて貼り付いていた。涙や、よだれで顔じゅうべとべとだ。
 大柄なだけに耐久力がある。ご主人様の合図で、最高電圧に切り替えた。

「アアアアアアア――――――」

 弓なりになった仔犬の身体から、尿が滴り落ち、便がせせり出てきた。自らの糞尿にまみれて、仔犬はおいおいと鳴き声を上げた。
 ご主人様は臭気に形の良い眉を顰めることもなく、家令に目配せした。家令は微かに嘆息をつくと、内線を繋いだ。
 調教部屋には仔犬の哀しげな咆哮が響き続けた。


 だしぬけに、調教部屋の扉が開いた。

「くせえな」

 野戦用ジャケットを身につけた仔犬が、ウエリテス兵に引かれて部屋に入ってきた。
 臭気に顔を顰めて、ダークブラウンの頭を背けている。手は後ろ手にきつく拘束されていた。足にも歩けるだけの鎖がついた足枷が嵌められている。

「ごらん。おまえのにいさんが会いに来たよ。いや、ねえさんと言うべきかな」

 ご主人様が可笑しそうに、床の上の仔犬に訪問者を告げた。

「グフッ」

 仔犬は扉の方を見上げた途端、引きつれたような声を立てて押し黙った。

「誰がねえさんだというんだ、オカマ野郎」

「産まれたばかりのお前の妹を紹介しようと思ってね。エリック、おまえの乳を飲ませてやってくれるかな」

「ふん。妹ってのは、小便タレのうんこタレか」

 エリックは青い瞳を見開いて、おぼつかなげに視線をさまよわせた。床の上のノエルの身体が小刻みに震えている。

「ノエルが差した目薬のせいだよ。一時的に視力が低下して見えなくなっているだけだ。明日には元に戻るさ」

 エリックの足下でノエルが唇を引き結んだ。自分自身の調教を準備させられていたのだ。

「おや、赤ちゃんのおムズが治まったようだね。ねえさんにおっぱいがもらえるのが分かったからかな」

 ノエルは四肢の拘束を解いても暴れもせずに、おとなしくリードに引かれて這った。おれは汚れた身体を温かいシャワーで洗ってやった。彼の青い目から静かに水が伝い落ちていった。


「ん――あっ――」

 エリックが、こらえきれずに声を立てた。
 エリックは、鉄棒に両手と両足を結わえられ、まるごと焼かれて食される獣のように吊されていた。アナルでは太いバイブが、絶え間なく蠢いている。
 胸元には四つん這いになったノエルの金髪の頭があった。ぴちゃぴちゃと音を立てて乳首に吸い付いている。尻からはふっさりと長い尾が揺れていた。

「うまいか、赤ちゃん」

ご主人様のからかう声に、ノエルは顔を上げた。目の縁を赤くにじませて、微かに頷いて見せた。

「エリック、妹の犬が喜んでいるぞ。もっと乳を出してやれ」

「ヒッ」

 ご主人様の細い指が乳首をひねった。しかし、エリックが立てた悲鳴には確かに愉悦の響きが混じっていた。

「ふふふ。あちらもミルクが張ってパンパンだな。――赤ちゃん、もっとミルクをおあがり」

 ノエルの喉がごくりと唾を飲み込むのが見えた。縋るような目をして大きく首を振っている。膝で後ずさりをし始めた。

 突然、ノエルは床に両手をついて床に爪を立てた。尻尾が左右に激しく揺れていた。

「あふっ」

 声が漏れそうになるのを、自分の左腕で抑えて懸命にこらえている。スイッチが止まると、大きく深呼吸を繰り返した。

「赤ちゃん、聞き分けはよくなったかな」

 ノエルはしょんぼりとうなだれた頭を上げ、エリックのそそり立つペニスを頬ばった。

「あっ――ああっ――」

 鉄棒に吊られたエリックの身体がびくびくとうねった。薄紅色に腫れた乳首は、ノエルの唾液に濡れて光っていた。2匹の媚態に、ご主人様は満足そうに微笑んだ。

「あああっ――・・・」

 エリックの身体がひときわ大きく揺れ、ノエルは顔を顰めながらもその飛沫を受け止めた。口元から飲み込みきれなかった一滴が垂れるのを見て、ご主人様が手元のスイッチを上げた。ノエルは耐えきれずに床に突っ伏した。快感に悶えながら尻尾を振って転がる姿は、まさしく犬のようだった。しかし、彼は、昇りつめた時にすら、喘ぎ声一つ立てなかった。


「こんな紙切れ一枚、なんとかならないのか?」

 おれは、外科部長の書き付けを指で弾いた。不思議な感触の紙だ。日本のものだろうか。奔流の中を勢いよく泳ぐ魚が描かれている。

「契約書の重みは、よくごぞんじでしょう?」

 おれは、家令控え室の机でこめかみを押さえた。
 ご主人様は、ヴィラ・カプリ不在の間に練り上げていたらしい調教プランを次々に試していった。頑健なエリックとノエルは容易には気を失わなかった。過酷な調教に数時間も翻弄された末に、ついにぐったりと動かなくなった二人を見て、ご主人様はようやく調教の終わりを宣言した。
 おれたちは、エリックとノエルをそれぞれ割り当てられたセルに帰して、外科部長からの連絡を待つために家令控え室に引き上げてきていた。

「日本の紙か?泳いでいる魚は、鱒?――鯉か?」

「そうですよ。鯉は日本では縁起がいい魚なんです」

「契約書の日本語、読んでくれないか」

「『アクトーレス1人ドレイに進呈』」

 フミウスは、つまらなそうに読み上げた。

「外国語は苦手だよ。だが、おれもファビアンのように日本語を習っておくべきだったな。」

「奴隷って漢字は書けなかったんでしょうね。進呈なんて言葉をよく知っていたものです」

「たった15文字で、そんな意味になるとは、呪文みたいだよ」

「ヨーロッパ言語と日本語は表記も随分違いま――ああっ」

 フミウスは突然電話を取り出して、ファビアンを呼び出した。まもなく謎が解け、ノエル・アストンは解放され、自分のインスラに帰ることを許された。外科部長の手術はいまだ終わらないらしい。


「あのご主人様がおまえを指名しなかったのも不思議だったんだ」

「オフだったんだよ。おれにだって、ヴィラの外の空気を吸いたいときもあるさ」

 ファビアンは、黒いスラックスの足を組み替えてにっと笑ってみせた。フミウスがティーポットから注いだ紅茶が、家令控え室いっぱいにかぐわしい香りを漂わせた。

「最初から、ファビアンがオフの日を狙ってきたんでしょうね。ファビアンにはあの紙の意味が分かってしまうから」

「いや。フミウスに言われなければ、おれには分からなかったよ。あれは、ご主人様の日本語教室で、外科部長にだけ補習課題に出されたものだったから」

「あたしもイアンの言葉でやっと気付きましたよ」

「『アンフィテアトルム』『クワエストル』『トリアリ兵』――風変わりな書き取りだとは思っていたが」

「日本語を習い始めたばかりの西洋人は、『最初の文字を縦読み』なんて遊びは知らないでしょうからね」

 あの紙切れは、もともとは大きな紙だった。ご主人様は、日本語教室の補習課題にかこつけて、外科部長に書き取りをやらせていた。15個の日本語の単語を1つずつ改行して横書きで。

「『アクトーレス1人ドレイに進呈』は14文字です。イアンに15文字と言われてやっと謎が解けました」

「『口枷』『王様』。『呈』で始まる単語は思いつかなかったんだな」

「お茶目なパトリキのお遊びだったんですよ。『鯉の滝昇り』の挿絵入りの紙を使ってみたりしてね」

「あの魚の絵が縦に見るものだとはな」

「ご主人様は、縦読みを暗示して、いつ謎が明かされるかというスリルも楽しんでいらしたんでしょう」

「――しかし、イヤな仕事だった。心理的な責めは苦手だ」

「調教の間、イアンはひと言も喋りませんでしたね」

「ああ、黙っていれば、エリックには、アクトーレスが誰か分からないからな。仔犬の正体がばれる危険が減る」

ノエルは、日頃饒舌なアクトーレスだ。あの調教時に沈黙を続けたことは不自然だったかもしれない。しかし、エリックに真相を確かめるすべはない。ノエルがしらを切り通せば、元通りの関係を続けられることだろう。

「ヴィラの陰謀じゃなかったのですから、機嫌を直して下さい。ノエルにはパテルからたっぷり特別ボーナスが出るそうですよ。あのクリスマス・パーティーのときのようにね」
 
「外科部長に一発叩き込んでやりたいと思っていたが、部長もいっぱい食わされていたわけか」

「さあ、それはどうでしょう」

 フミウスは、ティーカップを口に運んだ。

「外科部長はヘンな日本語の知識は豊富ですからね。何も知らずに書かされていたにしても、この騒ぎになってからは、自分がしでかしたへまには気付いていたんじゃないでしょうか。大体、『神の右手と闇の左手』の持ち主の外科部長が、あの手術にこんなに時間が掛かっているはずが――――あ、イアン、どこに行くんです」

「心配するな、殴りはしないさ。約束する。ラインハルトを助けてくれた名医だからな」

 おれは二人にウィンクしてみせた。

「鯉の滝昇り。縁起がいいんだろ。世話になった礼代わりに、景気よくバケツで水をぶちまけてやるさ」



 フミウスさま

        サイトオープン、一周年記念日、おめでとうございます。
これからもヴィラ・カプリが発展し、アクイラの奇跡が続くことを心よりお祈り申し上げます。


                                               ぱすた

                  ――――――了――――――





〔フミウスより〕
二匹同時バイブ、尻尾を振ってのたうつ姿にしびれました。ぱすた様らしい濃厚なエロと謎解き。ステキな一周年記念の贈り物をありがとうございます! 
ご主人様、楽しんでいただけましたでしょうか。
一言ご感想をいただけると鬼のようにうれしいです♪ 
(メアドはaa@aa.aaをいれておけば書かなくても大丈夫です)

        




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