バカ犬



「デイヴィッド! いいかげんにしろ」

 おれは歯軋りして飼い犬を叱った。デイヴィッドはベンチの下にうずくまっている美青年に頬をすり寄せている。

「きみってなんてセクシーなんだ。全身なめまわしたいよ。尻をあげて、食べさせてくれない?」

「もう行けよ。ご主人が真っ赤になって怒ってるぞ」

 気管が締まるほどリードを引いているのに、このばかは若い男から離れようとしない。

「クレランス、おいで」

 ようやく飼い主が現れる。デイヴィッドは美青年について行こうとしたが、おれはとっさにリードを踏んでおさえた。

 飼い主は苦笑して、「仔犬ですか」と聞いた。

 おれはへどもどした。仔犬どころか成犬審査を3年前に済ませている。すでに買い受けて、ドムスに住まわせている。

「すいません。急ぎますもので」

 まだ未練がましく美青年を見送っている犬をひきずり、おれは家へと急いだ。このザマでは、ヴィラ中にバカ主人だと思われてしまう。

「ご主人様、ご主人様」

 通りを歩き始めてすぐ、デイヴィッドは手足をふんばった。

「今度はなんだ?」

「咽喉が乾きました。アイスクリームをおごってください」

 おれは目を剥いた。犬は、ほら、と通りの傍らのレストランを示した。

 この古代風の町には、現代のものはなんでもある。しかし、さすがにソフトクリームのワゴンは出ていない。

「デイヴィッド――」

「ノー」

 デイヴィッドは鳶色の目でじっと見据えた。「アイスクリーム食べたいんです。この後はいい子にしますから」

 おれは呻きながら店へ入った。ボーイに銀貨をおしつけ、

「この犬にアイスクリームを40秒でもってきてくれ」

 ボーイは目をしばたいた。おれはうなった。

「すでに10秒経過したぞ」

 ボーイがあわてて奥へ入る。

 おれは腕時計の秒針を眺めた。40秒というのは意外に長い。こらえがたいほどに長い。
 ようやくボーイが出てきた時、おれは怒り泣きしそうだった。

「1分10秒だ」

「勘弁してください。ほかのお客様より先にお出ししたんですから」

 デイヴィッドの前にアイスの盛られたボールを置く。腹のたつことに、ごていねいにチョコレートソースとミントで飾られていた。

「早く喰っちまえよ」

「ご主人様、あの」

 今度はなんだ?

「いつもみたいに食べさせてください」

 デイヴィッドは顔をあからめて見上げた。「いつも口移しで食べさせてくれるでしょ」

 おれは立ち上がりかけた。しかし、デイヴィッドはすかさずおれの足をつかみ、

「外だからって照れてるんですか。ここはヴィラですよ」

「だめだ、デイヴィッド」

 おれは声を落とした。「もう限界だ。いい子だから、それを喰い終わってくれ」

 いやです、とデイヴィッドはそっぽを向いた。

「食べさせてくれなきゃ、ここから離れませんからね」

「いい子だから」

「あ、あんなところに美人が。ちょっと挨拶してきます」

「ふざけるな!」

 叱りつけた時だった。おれの尻から暖かいものが飛び出た。

 ざっと汗が吹き出る。
 おれはリードを放し、店を飛び出した。肛門を締め、一目散に家をめざして駆けた。

 通りは人が多かった。涙が出そうになる。おれは人にぶつかり、足元を這う犬奴隷を蹴飛ばしながら必死に走った。

 繁華街をぬけ、住宅区に入った時、おれの尻は完全にほどけてしまった。下着を突き破らん勢いで糞便が飛び出していく。

(アッ……アア……)

 自分のドムスにたどりついた時には、暖かいものが下着の中に重くたまっていた。

 おれは玄関にすがりついた。尻の爆発がやまない。しずくが足元をつたい、靴の下に水溜りをつくっている。

「ご主人様!」

 玄関に入った時、デイヴィッドが追いついた。
 おれはあわててアトリウムにすべりこんだ。

「待って」

 バスルームに駆け込もうとするおれを、デイヴィッドの腕がつかんだ。

「どこへ行くんです。おもらししたんでしょ。見せなさい」

 おれは恥ずかしさに身もがいた。だが、立ち上がったデイヴィッドはおれよりでかい。その腕につかまると身動きができなかった。

「ご主人様、どうしたんです? これは」

 デイヴィッドがズボンの股をつかむ。やわらかい糞便が股間になすりつけられた。

(ああ……)

 生暖かい泥のような感触に思わずふわりと意識が浮く。しかし、彼の手がベルトを外し始めると、おれはさすがに顔をあげていられなくなった。

「ご主人様、下着が濡れてますね」

 ズボンをおろされると、下着から太腿に水が行く筋もつたっていた。いいわけできない生々しいにおいがあがり、頬が灼ける。

「あ」

 デイヴィッドの手が下着にかかった時、おれは思わず彼の手をおさえた。

「バスルームで」

 だめです、とデイヴィッドがニヤリと笑う。下着が足首までおろされた。糞が布からあふれ、あたたかいにおいがたった。

「ご主人様、どうしたことです」

 デイヴィッドはわざと見上げた。「往来でおもらししちゃったんですか。ヴィラのご主人様ともあろう方が」

 おれは声も出せずにいた。羞恥心と奴隷にいたぶられる興奮で脳髄が焼け焦げそうだった。

「わたしは聞いているんですよ」

 デイヴィッドの目がじっと見つめる。その視線に、おれは背骨が熱いものでこわばるのを感じた。

「申し訳ありません」

 下腹が熱く脈打つ。「が、我慢できませんでした」

 デイヴィッドは鼻でわらった。

「これをもう一度穿きなさい。バスルームには這っていくんです」

「はい」

 おれはかがみ、濡れた下着を引き上げた。冷たい糞便が怒張したペニスにまとわりつく。

(ああ……)

 汚れた下着をつけて、おれは床に這った。屈辱的な低い犬の目線。見上げると強大な支配者の冷たい目が見守っている。

 おれはぎこちなく手足を動かし、冷たい下着を意識しながらバスルームへ向かった。




「あ……、ハッ……、アアッ」

 デイヴィッドはおれの尻を湯で洗った後、石鹸をつけた指をつっこんできた。

 腹の裏からペニスのつけねを揉み解され、たまらず声をもらしてしまう。

「はやく……もう入れて」

「だめですよ。きちんと頼んで」

 デイヴィッドは指を抜いてしまう。おれは尻を突き出し、懇願した。

「おねがいです。お尻に入れてください。早く」

 甘えて尻を左右に振る。デイヴィッドはおれの腰を荒々しくつかみ、自分の上へ座らせた。

 おれは悲鳴をあげた。甘美な杭が腰をつらぬいている。支配者の熱がおれの体の中心に刺さっていた。

「アアッ――ん、アア――」

「ご主人様、少しおとなしくなさい」

 デイヴィッドは耳に口づけながら、クスリとわらった。

「聞いているほうが恥ずかしい」

 しかし、彼の低い声に、おれの首筋から腰に微細な電流がかけぬける。彼の指が蛇が這うように肌をすべる。熱い指がペニスをもてあそんでいる。淫水を指でなじっている。

 おれは遠慮なく嬌声をあげた。ペニスをふくまされ、大きな手に乳首をいじられ、恥辱と快楽に、気も狂わんばかりだ。

(ああ……凄い……デイヴィッド――)

 彼の手がおれのペニスを包んだ。かたく握り締められ、射精もままならない。その支配の痛みと熱い疼きに、おれを小娘のような泣き声をあげた。




「ご主人様、なぜ、ドムス・ロセで遊ばれないんです?」

 ベッドの下で皿の水をなめながら、デイヴィッドが聞いた。

「あ?」

 おれは寝ぼけた頭をあげ、質問の意味を考えた。

 風呂場で抱かれた後、興がのってしまいベッドの上で再戦した。疲れ果てて、いい気分で眠ったらしい。もう外は暗い。

「食べにいくか」

「いえ、わたしが作ります。――ドムス・ロセならプロが満足させてくれるでしょうに」

「プロだからいやなのさ」

 おれは髪をばりばりとかきながら起き上がった。口がねとつく。
 デイヴィッドがすぐ気づいて、水差しからグラスに水を注いで差し出した。

「あまりシステマチックにやられてもね」

 グラスを受け取ると、水を飲み干した。さわやかな水が咽喉に染み、一息をつく。

「それより奴隷のおまえにいじめられるのが楽しいんだ。自分の奴隷に辱められるなんてゾクゾクしちゃうのさ。おまえがずっと主人だったら――やっぱり興醒めだろうな」

 ややこしい人ですね、とデイヴィッドは複雑な微笑を浮かべた。



              ―― 了 ――








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