2011年3月1日〜15日
3月1日 カシミール 〔未出〕

 結局、電話は無視した。
 今朝、オフィスについた時、花束を抱えた配達スタッフが入ってきた。

「ハイネマンさん」

 豪華なバラの花束の間にバイブが挿さっていた。おれは怒りを通り越して、泣きそうになった。

「あらら。在庫が増えた」

 ラインハルトがそれを抜き取り、キャビネットの引き出しにポンと放り込んだ。

「カシミール、おいで」

 引き出しの中には二十本近いバイブやローターが無造作に放り込まれていた。

「ほとんどおれ宛て。あとイアン。アキラ」

 やさしい声に、目玉がまた熱くなった。


3月2日 カシミール 〔未出〕

 いいかげんに決着をつけなければならない。
 あの客は少しおかしい。ストーカーだ。

 だが、やつはセレブで、おれは従業員だ。おれはやつを殴って辞めるか、黙って辞めるか、ひと晩忍耐するか、選ぶしかない。
 淫売の真似は願い下げだ。辞めるしかないだろう。

 せっかく、いい連中と出会えたのに、つらい。ルイスと会えなくなるのはつらい。
 そんなことを考えながら、別の客の犬を散歩させていると、あの男がきた。

「おや、閣下。こちらでしたか。いっしょに食事でもいかがです」


3月3日 カシミール 〔未出〕

 おれの客とあの男はともに街中のレストランに入った。
 パエリアを食べているうちに異様に眠くなってきた。

 ああ、やっぱりきた。

(吐かなきゃ――)

 だが、おれは疲れていた。もういいや、とおもった。
 どうせ、一回寝たら飽きるんだ。寝ているうちにどうにでもしてくれ、と思ってしまった。
 
 くやしいが、高給にくらんだ罰だ。フェイは嗤うだろうな。あいつは成功して、映画に出て、おれは花街で淫売になりさがったってわけだ。


3月4日 カシミール 〔未出〕

 おぼろげに客の怒鳴り声を覚えている。誰かが背負って、おれを運び出していた。

「きつく言ってきかせますので」

 飄々と答えているのはルイスの声だ。断ったのに、ルイスは見にきてくれていたんだ。 
 おれは朦朧としつつ、甘い気分でもたれていた。

 気づくと誰かの部屋のベッドで寝ていた。部屋にはラインハルトがいた。

「ポルタ・アルブスだと、またしつこいのがくるから」

 でも、もう安心していいと言った。

「イアンが話した。あいつは部下に手出しをされるのが嫌いだから、これでしまいになるさ」


3月5日 カシミール 〔未出〕

 イアンは担当を替えてくれた。客ももう何も言ってこない。おれは心から礼を言った。

「気にするな。こういう時のために上司はある」

 ドムスに連れ込まれそうになったおれを助けてくれたのはルイスだ。不法侵入だが、彼はかまわず入ってきてくれた。ものやわらかで、やさしい人だが、そんな強いところもあったのだ。

 おれはなんと言っていいかわからない。うれしいとか、好きだという思いを超えて、あこがれで圧倒されてしまう。


3月6日 ルイス 〔ラインハルト〕

 カシミールが仕事の後、酒に呼んでくれました。

「おれの部屋でいいですか。いい酒買ったので」

 礼をしたいのでしょう。たずねていって、したたかふたりで飲みました。
 カシミールはほどなく酔っ払い、へらへら笑いながら言いました。

「ルイス。おれ、あなたが好きです。惚れました」

 おやおや。
 おれは笑い、ありがとうと言いました。カシミールはとたんにぽろりと涙を落とし、

「でも、あきらめる。だって、ルイスは素敵すぎるんだ。おれなんかに、手に負えるタマじゃない」


3月7日 ルイス 〔ラインハルト〕

 カシミールが泣き出し、おれは少しあわてました。

「おれはべつに英雄じゃないよ。もっと早く客を牽制しなかったのが悪かったんだ」

「おれ、ルイスとつきあいたかった」

 カシミールは泣きじゃくって言いました。

「前つるんでたやつがいなくなって、さびしかった。ルイスに会えて、おれ毎日癒されてた。うれしかったんだ。でも、あきらめる」

 カシミールはおれの胸に飛び込んできました。

「ちょっとだけこうしていてください。寒いんです。とても」

 おれはぼんやりと彼の背を抱いていました。


3月8日 ルイス 〔ラインハルト〕

 正直、ムラっとこなかったわけではありません。
 彼の涙をぬぐってキスしたい、という衝動で身のうちが浮き上がりそうでした。

 でも、小さな鉤がおれを引き止めていました。
 かわいいカシミールを抱いてしまいたい。慕われるままにつきあうのも悪くはない。

 だが、なにか、どこかで小さく翳る部分があったのです。ベストではない。クリアではない感じ。

 カシミールはおれの胸に顔をおしつけたまま

「こういうルイスが好きなんだ。でも、嫌いだ」

 と笑いました。


3月9日 ルイス 〔ラインハルト〕

 アキラが帰ってきました。おみやげにお菓子やイカのグロテスクな乾物を皆に配ってくれました。

「で、功労賞はだれだ?」

 カシミールが明るく

「ルイス・マンセル!」

「ルイスか。ご苦労」

 アキラはおれに箱をくれました。

「なにこれ」

「シジミエキス。大量のアルコールから肝臓を守る。おまえら皆飲兵衛だからな」

 新人にはこれ、とべつの箱を出し

「胃にいい。ストレス対策。ここはいろいろあるが、ガンバレ」

「ありがとう!」

 カシミールは愛想よく笑って受け取っていました。


3月10日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 CFに通うようになって、柔道の稽古をずっとつづけています。
 練習試合なんかもあるんですよ。

 勝って帰った日はご機嫌です。アルに祝いになんか作ってくれ、とねだったりします。ミートボールスパゲティとかね。

 負けて帰った日はくさくさします。とくにエリックに負けると悔しい。
 あいつ、最近はじめたくせにすごく筋がいいんです。冗談言ってるけど、おれ本当は涙ぐみそうになってる。

 そんな日は不貞寝です。でも、目をさますと、枕の隣にぬいぐるみが添えられてあったりします。だれだ?


3月11日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 サイラスが卒業した。
 7年いる間に不動産をいくつか買っていたらしく、あとは家賃収入で悠々自適の生活なのだという。

「いい子と世界一周にいくのさ。自転車でな」

 なんて笑っていた。
 卒業しても半年ですっからかんになって帰ってくるやつもいるが、やつは大丈夫そうだ。

 ほっとする。
 ひとり去るとさびしいし、仕事もきつくなるが、おれのなかではやっとひと息つける。ひとり祝杯をあげたくなる。
 
 全員にいてほしいが、全員に去ってほしい。無事に。

 しかし、また新人がきた。


3月12日 アキラ 〔ラインハルト〕

 朝、事務仕事をしに早めにオフィスに出向くと、誰かがシャワーを使っていた。

 ラインハルトか? 
 途端にスケベ心が疼きだす。何か中に入る理由はないか、もう一度シャワーを浴びるか、なんてそわそわしてしまう。

 だが、セクハラの衝動をやっと抑えていると、ほかの連中が三々五々と、そして当のラインハルトがドアから入ってきた。じゃ、あれはだれだ? 

「イアン?」

 ほかの連中もいぶかりだした時、シャワー室から裸の見知らぬ大男が現れた。

「ここって替えのパンツとかおいてないの?」


3月13日 アキラ 〔ラインハルト〕

 すっぱだかの大男はおれたちの視線に気づき、ニカッと笑った。

「今日からここに配属されたバート・レモンだ。カーク船長と呼んでくれ」

 おれは困惑した。カーク船長? スタートレック? どこをどうとってカーク船長?
 ゴリラみたいにでかくて、赤毛で、あごわれで、ヤニさがったシュワちゃんみたいな……。

 「似てない」

 ラインハルトがあっさり言った。

「それにここのキャプテンはイアンだ」

 大男はラインハルトを見ると、

「うおっ、美形」

 あろうことかペニスをむくっと勃起させた。


3月14日 アキラ 〔ラインハルト〕

「色っぽいねえ、お兄ちゃん。今晩、おれとどう?」

 カーク船長は得意げに太いペニスをまわしてみせた。

「残念だが」
 
 ラインハルトは面倒くさそうに

「きみは予選落ちだ。早く服を着ろ。皆待ってる」

 おれはがっかりした。ふたり新人がくるといっても、アタリがふたり来るわけではなかったのだ。

 おれはミーティングで、全員を紹介した後、ニーノにバディを指名しようとした。が、ニーノのあからさまなイヤそうな顔にひるんだ。
 しかし、新人は明るく

「おれのバディはラインハルトで!」


3月15日 ルイス 〔ラインハルト〕

 ラインハルトにこんなアホ新人を見る時間はありません。
 ニーノは親切な先輩にはならないだろうし、ほかの連中もしかり。

 それを見て、アキラが腹をくくっているのがわかりました。しかたなく、おれは言いました。

「おれやるよ」

 アキラは一瞬、とまどったようでした。

「いや、ふたりつづけては」

「カシミールはもう手を離れたからいいさ」

 彼も多忙だったので、ほかにしようがありません。アキラはすまなそうに、たのむ、と言いました。
 カーク船長いわく

「金髪がいいんだけど、がまんするわ」


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