2011年5月16日〜31日
5月16日 セシリオ 〔犬・未出〕

 ユーリが演奏し、けたたましい鐘の音が鳴る。

「この帽子ちょっと痛いよ」

「脱げるよりマシだ。我慢」

 ぼくはぎりぎりと頭をしばりつける帽子をおさえ、出番を待つ。

「よしいけ」

 ヤンに肩をぽんと叩かれ、舞台に出る。中庭には大勢の客が集まっていた。
 ボーイたちも柱の影で立ち止まってみているのがわかる。

 ヤンが出てくる。エキゾチックな化粧をしていて、とても綺麗だ。
 簡単な応酬のあと、暗闘シーンになる。美しい化粧のなかの瞳は、いつもの彼だ。ともにダンスするように笑いかけている。


5月17日 セシリオ 〔犬・未出〕

 ぼくは今、しずかにヤンを愛している。
 一目惚れみたいな興奮はないけど、この男といっしょにいたいとおもう。

 思えばぼくはいつも他人に勝手にあこがれてきた。消防士だった父が死んで、母が働きに出て、ぼくはいつもひとりで映画を観ていた。
 映画のタフガイたちみたいな親父が欲しかった。

 主人となったグウィンにもそんなあこがれを重ねて、あまりに違うためにがっかりしていた。そして、ヤンにもそうだったんだ。
 だけど、ぼくには甘えるだけでなく、愛することもできるはずだ。


5月18日 セシリオ 〔犬・未出〕

 劉小雲の芸術的な演舞がおわり、長いつけ髭をつけたヤンが舞台に出て行く。
 
 彼は裏切られ、追われ、文昭関のゲートを通れるかどうか、友人の返事を待っている。
 友人はなかなか返事を出さない。その狂おしい時間、ヤンは胸の苦衷を観客にむかって歌い上げる。

 中庭にいた人々はコーヒーを飲んだり、しゃべったりしながら聴いていた。だが、やがて金縛りにあったようにヤンを見つめた。

 中国人独特の高らかでたけだけしい音、そこに満ちたつきぬけるような哀切な感情に全員が打たれていた。


5月19日 セシリオ 〔犬・未出〕

 演目のあと、ヤンは軽く舞台挨拶をして、「京劇クラスは仲間募集中」と宣伝した。

 引っ込んでからも中庭は大騒ぎだった。アンコールの拍手が鳴り止まない。

「最高だったよ」
 
 ぼくは感動に有頂天になり、ヤンを抱きしめてしまった。ヤンも抱き返した。そして、つけ髭を引き剥がして、ぼくを見つめた。

「セシー、ありがとう。きみのおかげだよ」

 黒い目がやさしかった。愛情でいっぱいだった。そのあとは自然が作用した。ぼくたちは自然に唇を合わせ、ただのしあわせの塊になった。


5月20日 直人 〔わんごはん〕

 うちのドムスにはふつうのお風呂のほかに、露天風呂があります。ご主人様はそこでお猪口を手に、星をながめてゆっくり風呂につかるのがお好きです。

「直人もおいで」

 お酒の代わりを持っていくと、たいがいいっしょに風呂に入るはめになります。
 
 湯につかり、ご主人様は機嫌よく、ぼくを抱きよせます。そのままぼんやり星を見たり、お猪口のお酒を分けてくれたりするのですが、ぼくは気が気ではありません。
 とっくりのとなりの新鮮なカツオのお造りが乾いてしまうんじゃないかと。


5月21日 フィル 〔調教ゲーム〕

 ヒマな時間、わたしはよくチェスをして遊びます。
 CFにはチェコのプロ選手もいて、刺激になります。

 うちの連中ともたまにやりますよ。エリックは子どもの頃、習い覚えていたらしく、それなりに相手になります。負かすと、あとで不機嫌になるのが面倒ですが。

 ミハイルに勝つのは難しくありません。ロビンとキースは――彼らはビデオゲームのほうが楽しいようです。

 アルはめったにやりませんが、やると意外に強い。いい練習台になります。ただ、負けるとキスを迫るのがうるさいです。


5月22日 補佐 〔家令控え室〕

 フミウスくんが面白いマンガを貸してくれましてな。

「デスノート」

 ノートに書かれた人々が次々思い通りに絶命してしまうという。
 そこでわたしが考えた新しい官能小説!

「スカノート」

 ノートに名を書かれると、次々催してしまい、人前で恥ずかしくも粗相を――。オフィスで、電車のなかで、エレベーターの中、部下の前で、生徒の前で先生が。うはうは。

 自分で考えた話ながら、甚だしく萌えますな。部長にそういうの作れないか聞いてみたら、非科学的な、と一蹴されました。ちぇ。


5月23日 ランディ 〔犬・未出〕

 おれは最近また、ジャンクなものを食べている。

 一時食べなくなったが、いまは主人が留守で、自由だ。
 ブリトーとペプシを手にDVD見たり、ゲームしたり、自堕落三昧! 

 でも、そんなに楽しくはない。
 ポテトチップを買う時もちょっとさびしい気分に気づいている。

 ジャンクを食べても、「またそんな毒を食べて!」「糖尿病になりたいのか」という声が聞こえないとつまらない。

 早く帰ってこないかな。おれ、デブになっちゃうよ? 病気で死んじゃうかもしれないよ?


5月24日 ルイス 〔ラインハルト〕

 アキラとたまに海釣りに行きます。

 釣りでは、アキラはあまりしゃべりません。
 おれも。

 まばゆい海に、釣り糸を垂れ、ふたりで黙ってぼんやりしているだけでいいものです。

 海の陽は強くて、帰りはそれなりに疲れるのですが、その疲労感も心地よい。魚はなじみのレストランで調理してもらいます。

 から揚げやカルパッチョを肴にビールで喉を湿すと、とても幸せな気分になります。

 おれはこういう時間が好きです。
 アキラもなごんだ顔をしています。彼はだいぶ元気になったようです。


5月25日 ルイス 〔ラインハルト〕

 アキラは前のようにラインハルトを目で追わなくなりました。

 かといって、切り離した硬い感じではなく、友だち同士ぐらいのふつうの温度でつきあっています。

 彼のような一徹な男が、よく割り切れたものです。おれはつい、興味を持ちました。

「そりゃあ、つらいよ」

 彼はカルパッチョを肴に、ビールで打ち明けました。

「終わったんだ。現実にむきあわなきゃならない。って、頭ではわかるけど、心のほうがどうにもたちなおれなかった。でも、一番苦しい時、スーパーであいつの姿みたんだ」


5月26日 ルイス 〔ラインハルト〕

 アキラは苦笑して言いました。

「あいつ、ひとりで冷凍食品かなんか買ってんのさ。缶詰とか。

 ウォルフがドイツに戻ってたらしんだよね。ウォルフがいないのに、やつは外で飯食わないの。誘ってくれる男はいくらでもあるのに、ひとりで帰るんだよ。あのにぎやか好きが」

 あれ見たら、とアキラは首をふりました。

「ひとりぼっちの姿見たら、さびしいっていうか、あぶなっかしいっていうか、かわいそうになっちゃってな。なんか、あいつからウォルフを引き離したいって気持ちが、うせちゃった」


5月27日 ルイス 〔ラインハルト〕

 アキラの失恋はようやく片がついたようです。

 以前のようにきびきびとデクリアを切り回しています。

 カーク船長とカシミールも仕事に慣れ、今やりっぱな戦力です。
 ふたりが新しい追いかけっこをはじめているようですが、デクリアの空気もようやく落ち着いたという感じです。

 アキラが「マグロでも釣りにいくか」と声をかけてきました。

「醤油もってって、船で刺身にしようぜ」

 おれはうれしい反面、ちょっと複雑です。
 おれたち結局、釣り仲間になっちまったのかな。……まあいいか。


5月28日 ルイス 〔ラインハルト〕

 いつものように、船端であたりを待っていると、ふいに隣のアキラがぼそりとつぶやきました。

「ルイス、ありがとな」

 一瞬で目が覚めました。

「う、うん」

 わッと胸が燃え、それだけ言うのがせいいっぱい。しかし、アキラはこちらをきちんと向いて言いました。

「これまでいろいろ気遣ってくれて、感謝してる。いつも、胸のうちで拝んでたよ」

 おれは感激と気恥ずかしさで、返事ができません。しかし、さらに彼は言ったのです。

「それでだ、ルイス。おれとつきあわないか」


5月29日 ルイス 〔ラインハルト〕

 おれは呆然としてしまいました。
 小学生のような直球のオファー。

 あまりに思い通りすぎて、おれは気後れしました。

「いいんだぜ、べつに。お礼の気持ちとそれとは別だろ」

 心にもないことを口走っています。

「おれは勝手に誘っただけだ。釣りが好きだから。そんな、気もないのに、義理で寝ることはないんだ」

 何言ってんだ、おれは。やっとのチャンスなのに。
 だが、アキラは言いました。

「気はある。おまえと同じ部屋に帰りたいんだ。いやか?」


5月30日 ルイス 〔ラインハルト〕

 その日、アキラはおれの部屋にきました。
 正直、いざ寝るとなるとうろたえました。

 おれはラインハルトのようにゴージャスじゃないし、最近、禁欲生活がつづいて、からだが硬くなっていたので。

 指をいれた時に、アキラもそれはわかったようです。

 ――幻滅して、これで最後かな。

 早くもかなしい気分になりました。
 
 でも、彼は時間をかけてマッサージしてくれました。
 すごくいたわってくれているのが、わかった。快感と感激に涙がにじみました。

 こんなに大事に扱われたのは、はじめてです。


5月31日 ルイス 〔ラインハルト〕

 明け方、おれは言いました。

 ――無理しなくていいんだぜ。これでおわっても、おれはうらまないよ。

 アキラと寝て、うれしかった。失神しそうなほど愉しませてもらった。逃げられても悔いはないと思いました。

 でも、アキラはすこし笑って、おれの手を握りました。
 つまらんこと言うな、というように握って寝てしまいました。

 おれは口をとじ、ぴったりと彼のとなりに寄り添いました。
 唇が自然に微笑っていました。でも、泣きそうでもありました。


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