2012年1月1日〜15日 |
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1月1日 ルイス 〔ラインハルト〕 アキラは日本の犬たちのために、今日はオフィスにつめています。 でも、朝早く電話で、 『熱いコーヒーをもって、インスラの屋上にきてくれ』 おれは眠い目をこすりつつ、仰せにしたがいました。 アキラは寒い屋上でガチガチ震えて待っていました。 「なにやってんだ?」 「ハツヒノデ」 アキラは笑い、あごでしゃくりました。東の空がバラ色になっています。見る間に白くかわり、金色のまばゆい光が跳ね上がりました。 「願い事しよう。今年一年の一番の願いごとを」 |
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1月2日 直人 〔わんごはん〕 ご主人様がいないので、ぼくは寝正月です。 思いっきり自堕落に過ごして、ジャンクなものでも食べようかな、なんて思っていたら、ご主人様から小包が届きました。 丸もちです。ご主人様の地方では丸もちをお雑煮にいれるとのこと。 青海苔がまざったのや、豆の入ったのもあります。 メッセージには、 『わたしが真心をこめて搗きました。うまいものを食べて、幸せに一年を過ごしてください』 ジャンクはあきらめ、豆入りのを網で焼きました。豆の味がやさしかったです。 |
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1月3日 ヒロ 〔クリスマス・ブルー〕 直人が素晴らしいおせちの重をくれた。 漆の蓋をあけて感動。 一の重は、まん中にイセエビがどーん! 鯛がどーん! 紅白かまぼこ、数の子、ツヤツヤの黒マメといった伝統的なもの。 二の重はマキシム用らしくイクラなどの海鮮メイン。 おれは口中よだれいっぱいにして「酒があれば」と呻いた。 マキシムは考え込み、やがて二階へ行った。 おりてくると、特別な日にとっておいたという「伯爵のクリスマスプレゼント」を差し出した。 キラキラ光るウォッカの瓶をみて、おれは彼に抱きついた。 |
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1月4日 セイレーン 〔わんごはん〕 ご主人様が日本から帰ってきました。 帰るなり、ぼくに「なんでもいいからふつうのもの」を作ってくれと言いました。 じゃあ、とチキンを焼いて、じゃがいもを煮て、オニオンスープを作りました。 なかなかいい出来です。 ご主人様に味を聞いてみると、「あいかわらず個性的な味」とのこと。 「それはおいしくないってこと?」 「いや、こういうのが食べたかった。下手でもいいから、ぼくのために作った料理が喰いたかった。どこへ行っても、同じ味の出来合いおせちが出てきてまいったぜ」 |
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1月5日 ライアン 〔犬・未出〕 獅子のように猛くあれ、と親はおれにライアンと名づけた。 表面上それは成功しなかったかに見える。 おれはど近眼で、喘息持ちで、背ばかり伸びて手足は細い。胸板も薄い。 しかし、中身は獅子どころの激しさではない。自分で言うが、おれは病的なほどの負けず嫌いだ。 敗北には我慢ならない。ごくつまらないこと、コーラの早飲みといったことから、スポーツの勝敗、会社での出世競争にいたるまで、人生には負けられない戦がひしめいていている。 そして、ここヴィラにも戦いはあった。 |
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1月6日 ライアン 〔犬・未出〕 同僚とボスの地位をめぐって熾烈な争いをくりひろげていた生活から一転、ホモの世界に連れてこられた。おれはあ然とした。 いつのまにか性奴隷の身分に落ちていて、あれよというまに買い手がつき、変態の若造にケツを掘られ、脅しても怒鳴っても、どうにもならぬ。 裏世界に落ちたのだと理解した時、おれはすぐに新しいゲームを引き受けた。 とにかく金持ちそうなこの若造に媚びて、優雅な飼い犬の暮らしを手にいれること。それがゴールだ。 そして、おれはそのゲームに勝利したかにみえた。 |
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1月7日 ライアン 〔犬・未出〕 主人のコリンが「ドムスに住まわせる」と言った時、おれは小さな達成感に浸った。 ここでは地下でひどい扱いをうけたり、薬殺されたりといった事態もある。ドムス飼いはひとまずの身分保障であり、「犬」としての価値を示すものだ。 同じ犬なら、やはり高い地位にいたいではないか。 ところがだ。ドムスにきたら、そこには一匹犬がいた。東洋人――日本人だ。 コリンは言った。 「この子はタク、おれの一番の気に入りだ」 一番? その瞬間、おれのなかで戦闘のゴングが鳴った。 |
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1月8日 ライアン 〔犬・未出〕 おれはナンバーワン、タクを観察した。 色が浅黒く、引き締まったからだつき。背はそれほど高くない。目が細く眠たげで、口髭とアゴ髭を少し生やしている。 口数は少ない。話しかけると、きれいなイギリス英語で答えるが、機知は感じられない。話がはずむ相手ではないとわかった。 退屈な男だ。 (こんなやつ) おれはあっさり勝利を確信した。 だが、あいさつがすむと主人はタクの肩に手をかけ、二階へと連れていった。おれのことは召使に任せて放置。 うぐぐ。今に見てらっしゃい! |
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1月9日 ライアン 〔犬・未出〕 けっこうなドムス暮らしがはじまった。 頼めばコックが三食作ってくれ、家事は通いの召使いがやってくれる。首輪さえつければ、服装は自由。 噂のカニス・フォルムにも通いはじめた。セル暮らしから見れば、生活の質は雲泥の差だ。 だが、おれは幸せではない。 CFの中庭でワン公どもの平和な顔をみると、にがにがしいものがきざす。 こいつらは旦那の寵愛を一身に受けたナンバーワンで、おれは補欠なのだ。 ちくしょう! たとえホモの世界ででも、おれはナンバーワンであるべきなのに! |
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1月10日 ライアン 〔犬・未出〕 主人のタクへの可愛がりようは不思議だ。 彼はおれを抱くと、シャワーを浴びてから帰る。次にタクの部屋に行くのだ。 ふつう新しい玩具を手に入れたら、古い玩具は色あせてみえるものだ。何度も同じ体を抱けば飽きがくる。 だが、主人のコリンはタクを手放さない。おれが頼んでも、ふてくされても、わめいても聞き入れない。 (こいつ、面白がっているのか) とも思うが、こっちはくやしくてしかたがない。 つい、噛みつき、主人がベッドから出ていくのを無様にひきとめることになる。 |
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1月11日 ライアン 〔犬・未出〕 (すごい床上手なのだろうか) 朝食を取る間、おれは眠そうなライバルの顔を盗み見た。 タクは自分で作った日本の朝食をごくゆっくり食べ、あいかわらずほとんど口をきかない。 敵対的な態度ではない。ただ、こいつの場合、話題がないのだ。そういう機転がきかない。 つくづく、なんでこんなやつを、と思うが、ベッドのなかでは話芸で勝負するわけではない。 床上手なのか。 やっぱり床上手なのか? もんもんと睨んでいると、タクが眠そうな目をあけた。 「卵焼き、食べる?」 |
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1月12日 ライアン 〔犬・未出〕 ナゾが解明しないままに、主人のコリンが仕事で家をあけることになった。 「おれがいない間はタクがボスだ」 彼はわざわざおれに念押しした。 「仲良くやれ。ふたりで寝てもかまわんが、ケンカはするな。仲良くやれないなら、ライアンは売り戻す」 明快である。おれの立場が無に等しいということが。 スマイルでとりつくろったが、頭のなかはヨーロッパ中の鐘が鳴り響いているようだった。あやうく涙が出そうになったぐらいだ。 だが、ヒーローの出発点とはかくも厳しいもの。ま、負けなくてよ! |
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1月13日 ライアン 〔犬・未出〕 補欠はいやだ。ナンバーワンの座を奪取したい。 それは名誉の問題ばかりではない。犬の身にとっては生存権にかかわる問題なのだ。ここでは、主人の愛がなければ、命さえおぼつかない。 おれはこの戦に勝つべく、悲壮な闘志を燃やした。 タクの商品価値はなんなのか。どんなワザを使ってコリンを喜ばせているのか。 おのれを知り、敵を知れば、百戦してあやうからず。おれはタクと寝ることにした。 |
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1月14日 ライアン 〔犬・未出〕 「相談があるんだ」 夜、おれはタクの部屋を訪ねた。タクはすんなりおれを部屋にいれた。 彼はコットンのキモノを着ていた。 「キモノ、いいね」 「これユカタ、日本じゃこんなの着ないよ」 メモ――民族衣装で幻惑。 おれはCFで柔道のクラスに入ろうか迷ってるといった話をしつつ、彼の隣に座るきっかけを探した。 彼は聞きながら、お茶を淹れていた。 はい、とカップを差し出した時、おれは彼の手首をつかんだ。 引き寄せ、口づける。 タクは一瞬、のけぞりかけたが、それ以上は逆らわなかった。 |
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1月15日 ライアン 〔犬・未出〕 「おはよう」 彼はいつもと変わりなく、自分用の朝食を運んでダイニングに入ってきた。 おれはコーヒーを飲みつつ、彼が不器用に海苔の袋を開くのを眺めていた。 奇妙な気分だった。 ライバルの媚態を知るために、あえて寝たが、そちらの収穫は特にない。 ふつうに思える。 おれは男を抱くのがはじめてだったため、ほかに比べるサンプルがないのだが、それでもふつう、やや控え目に思える。 だが、おれは大いにとまどった。抱いた後、彼への敵意が大幅に中和されてしまったのだ。 |
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