2012年4月1日〜15日
4月1日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 おれが仔犬にてこずっている間に、クリスは四人の客の共通項を調べていた。

「四人ともここ一年の間に頻繁にドムス・ロセに通っている」

 へえ、と感心して聞いた後、おれはあわてて言った。

「おれはドムス・ロセには行ってないぞ」

「ほんとにい?」

 クリスはからかったが、おれが行っていないことも調べていた。

「おまえのだけ、はずれるんだよな。おまえだけスタッフだし、マギステルでもないし。――マギステルの知り合いはいないのか」

 誰ともつきあいはない。


4月2日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 四人目の被害者はドムス・ロセの客であることを隠さなかった。

「女装すると、魂がイキイキしてくるんだよね」

 モレーニ男爵は車椅子の上で、羽根つき扇をくねらせた。男爵はマリー・アントワネットのようなドレスを着ていた。化粧はあまりお上手とはいえない。

「ワンワニア城でシンデレラ役をやりたいよ。女装のお姉さまたちに鞭打たれるんだ。皆の見ている前で!」

 際限なく続きそうだったので、おれはたずねた。

「空き巣がきた時には、皆様いらっしゃったと」


4月3日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 男爵はにわかにつまらなそうな顔になった。

「もう話したがね。わたしとフェルナンは下でチェスをしていた。執事はそこで紅茶を淹れていた。その時に上ですごい音がした」

 フェルナン、と男爵が大声を出した。キッチンからイタリア人らしい黒い眼の実直そうな青年が出てきた。

「あの日のことをこちらにお話して」

 フェルナンは気後れしたように前掛けで手を拭き、おれたちを見た。いつも水仕事をしているのだろう。手のひらが痛々しく荒れている。

「ええと、と、ぼくは影しか見てませんが」


4月4日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 物音がした直後、フェルナンはすぐに二階へ駆け上がった。
 主寝室のドアが開いていて、すでに人の気配はなかった。中を見ると、飾り台が倒れ、窓が大きく開いていたという。

「おれはすぐ窓に飛びついて外を見たんです。そしたら、西棟の屋根の上を黒いほそっこい影がいたので、とっさに落ちてた花瓶のカケラを投げつけたんですが」

 影はひるみもせず飛び逃げたという。その後、主人が宝石箱のダイヤが消えているのに気づき、執事がハスターティを呼んだ。


4月5日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 フェルナンは影の顔を見ていなかった。一瞬だったという。せいぜい、細くて身軽そうとしかわからないと言った。おれはアメリカのエグゼクティブ、ボブの証言を思い出した。

「敏捷そうな若い男」

 クリスは男爵にまたあの質問をした。

「ムンディル、キンゼイ、チョウという名前に聞き覚えは」

 男爵は眉を吊り上げた。

「わたしの友達ではなさそうだ」

 男爵のドムスを出た後、おれたちはふたりともむっつりと考えこんだ。細っこい影。 敏捷そうな若い男。そいつがドムス・ロセにいるのだろうか。


4月6日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 ドムス・ロセのレセプションは、あまり協力的ではなかった。なんといってもおれたちは公的な権限をもっていない。

「お客様のプライバシーにかかわることはお話できません」

 スタッフのことだけでも聞きだそうとしたが、人事部門にまわれ、と言われた。人事が私人にデータを公表してくれるわけがない。クリスは掃除スタッフをつかまえた。

「身長が170センチ以下で痩せたやつはいるかな」

(よくやる)

 油断のならない男だが、働き者ではある。


4月7日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 おれたちは男爵の邸に駆けつけたハスターティをたずねた。

「なんもなし」

 ものぐさそうな隊長はひとことで片付けた。

「屋根の割れ、靴痕なし、周囲の人影なし」

「なんかあったでしょ」

 クリスがいつもの調子で、笑いかける。

「いくら敏捷ったって、幽霊じゃないんだからさ。指輪が一個ぽろりと落ちてたとか」

「石ころひとつナシ」

 いくら愛想をふりまいても、それ以上の答えは出てこなかった。詰め所から戻る間、クリスがいきなり言った。

「ラインハルト、指輪はあきらめろ。おれが買ってやるから」



4月8日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

「はあ」

「ウォルフはやめろ。おまえに合わない。おれが責任もって、おまえといっしょになる。指輪も買う」

「ノーサンキュー」

 クリスはふくれつらを作った。

「おれが身を粉にして手伝っているというのに、少しはかわいいこといえないのか!」

「おれになんか期待しているなら、手伝ってくれなくていいぜ。お礼の言葉以上のものは出ない」

 クリスは、そうかい、と言って黙り込んだ。その日は晩飯もねだることなく帰った。少しすねたようだった。


4月9日 ラインハルト 〔ラインハルト〕
 
 クリスは悪いやつではない。親切な男だ。人を楽しませるのが好きで、その才能も多分にある。
 
 いたずら好きで、他人があわてる顔を見るのが好きという困った面はあるが、それほど陰湿な根性曲がりではない。

 むかし、やつといるのは楽しかった。おれもやつもガキっぽいところが少し似ていて、テンポが合ったのだ。ふたりで互いによくいたずらを仕掛けた。競争をした。セックスもした。
 あの跳ねるような愉快さは、ウォルフにはないものだ。


4月10日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 仔犬の調教の後、おれはシャワーを浴びていた。

 水音で他人の気配に気づかなかった。いきなりブースのドアが開き、太い腕が胸に巻きついた。おれは飛び上がりかけた。

「!」

 クリスだ。彼の強い腕が抱きすくめていた。身をひねって、引き剥がそうとした。唸り、肘を強く叩き込んだ。

 だが、力が入らない。尻に熱いペニスが押し当てられ、足がたたない。

「ラインハルト、もう無理はよせよ」

 大きな手がおれの足の根に触れた。

(ひっ――)

 そこで目が覚めた。



4月11日 ラインハルト 〔ラインハルト〕
 
 その日はクリスを見なかった。午後出に変えてくれと電話があり、オフィスに現われなかった。夢のせいで、おれも彼の顔は見たくなかった。だが、深夜、インスラのエレベーターでやつに出くわしてしまった。

「でこぼこしてるんだよな」

 クリスは首を振った。

「仮説はあるんだが、きれいにおさまらない。おまえとドムス・ロセの接点がナゾだ。ドムス・ロセの誰かが、おまえを恨んでる。もしくはおまえの指輪を欲しがってる。なぜ? それがわからない」

 もういいよ、とおれは言った。


4月12日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

「仕事休んでまでやることじゃない。おれの問題だ。ありがとう。もういい」

 エレベーターが来た。ふたりで黙ってつったっていた。四階でドアが開いた時、クリスが言った。

「おりろよ」

 おれは首を振った。クリスは哀れな目をした。

「おりて」

 おれは首を振った。

「ダメなんだ。クリス」

「おまえは誰のものでもないだろ」

 彼は言った。

「ウォルフになんの権利がある? 指輪ひとつでおまえを縛る権利があるのか」

「縛りはしなかった」

 おれは言った。

「だから行けないんだ」


4月13日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 あの戦車競争の日、ウォルフはヴィラに帰ってきた。
 戦勝パーティーに呼んだのに、彼はいつのまにか抜け出ていた。おれは夜のヴィラを探し回り、ついにインスラの前で見つけた。

 彼はひどく硬い声で、結婚しよう、とはっきり言った。そして、指輪をくれた。だが、彼はひどく情けない顔で指輪を見ていた。

「こんなものできみをつなぎとめておこうなんて、ずるいよな」

 好きにすればいいんだ、と彼は言った。

「好きなやつと寝ればいい。おれはもっと、大きな男になるさ」


4月14日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 おれはクリスに言った。

「実際には、やっぱりやきもち焼きだし、こっちがちゃらんぽらんなことをやると怒るけど、でも、彼はわかってるんだ。おれを抱え込まず、解き放ってくれるんだ。――だから、裏切れないだろう?」

 クリスは少し首をかしげて、おれを見た。グリーンの目が雨に濡れた仔犬のようにたよりなかった。
 電動音がして、エレベーターのドアがしまった。


4月15日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 おれは自分の部屋に戻り、考えを整理するために紙に情報を書き出した。

 犬の発信機は家宅侵入の跡をとどめていないから、犬は除外。
 
 被害者はドムス・ロセのマゾ客。スワロフスキー好きのムンディル。アメリカのヤング・エグゼのボブ。中国人のチョウ。女装のモレーニ男爵。そして、おれ。

 目撃証言によると犯人は若く、すばしっこい男。

 可能性1、ドムス・ロセの貧乏マギステル。……しかし、ビーズの指輪を欲しがる必要がない。

 可能性2、マゾ客好きの別の男。……行動が意味不明。



 
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