2012年6月1日〜15日 |
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6月1日 カーク船長 〔未出〕 ゆうに30分近く待たせて、ニコルソンが現われた。 はじめて明るみで顔を見たが、なるほど苦味走ってイイ男。家にいるのにスクエアなスーツ姿。髪はブラウン。目も濃いブラウンで、憂鬱に翳り、さっきまで犬のおっぱいつかんでウハウハしていた男とはとても思えない。 そして、やはりおれの握手は無視され、椅子を勧められた。 「わたしは余暇の時間に、人と会うのを好みません。話は手短に願います」 クリスは慇懃に微笑んだ。 「カシミールもわれわれのように待たされたのでしょうか」 |
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6月2日 カーク船長 〔未出〕 ニコルソンはけだるく壁を見た。 「少しお待ちいただきました。手紙を書いていたので」 うそ。きっと淫行にいそしんでたんだ。 「その間にカシミールは消えた、と。その頃、誰かここに来ていましたか」 「いいえ」 「ミールサービスも含みますよ」 「食事は犬が作っています」 「メールマン、機器の点検」 ニコルソンはかぶりをふった。訪問者はナシ。 「カシミールはひとりで来ましたか?」 ニコルソンは言った。 「犬を呼びましょう。わたしは当日、会わずじまいでしたのでね」 |
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6月3日 カーク船長 〔未出〕 きれいどころが三人並んだ。 「ディータ、メリル、イーサン」 ディータはこわもてのドイツ犬。筋骨逞しい青年で、髪は黒に近いダークブラウン。サファイアブルーの目が燃えるよう。 メリルは金髪の人魚。女顔の美形で、ブルーの目が明るい。さっきまでアンアン鳴かされていたくせに、もうドイツ犬の首にぶら下がってじゃれている。 イーサンはメガネハンサム。背が高く、髪はきれいな赤。細い眼鏡をかけている。彼の目も濃いブルー。 青い目がお好きらしい。いやな予感。カシミールの目も青い。 |
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6月4日 カーク船長 〔未出〕 「ディータ。アクトーレスを迎えたのはおまえだね」 主人に促され、ドイツ犬が話した。 「はい。アトリウムに通して、お待ちいただきました」 「どれぐらいの時間?」 「二、三十分だと思います」 おれはあきれた。 「お宅はいっつも客をそんなに待たせるの? ホストもなしに?」 おれだったら、飽きて帰っちゃうわ。だが、ドイツ犬は言ったもんだ。 「アクトーレスは、客ではありませんから」 「……」 クリスは気をとりなおし、たずねた。 「カシミールはひとりで来たんだね」 |
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6月5日 カーク船長 〔未出〕 ドイツ犬はおひとりでした、と言った。 「来た時におかしな様子はなかった? 背後を気にしているような」 「いいえ。とくに」 「ハイ、といってスマイル?」 「そうです」 「なにか世間話はした?」 「いいえ」 「暑いね、も元気かい、もなしか。やつにしちゃぶっきらぼうだな」 ドイツ犬は少し考え、無表情になった。 「アトリウムにお通しした時、ハイネマンさんに携帯がかかってきたんです。それで、わたしはすぐ部屋を出ました」 クリスはほう、とうなずいた。 「どんな話をしてた?」 |
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6月6日 カーク船長 〔未出〕 ドイツ犬は首を振った。 「そこまでは。小声で話してましたから」 「その話はヤヌスにはした?」 「いいえ。今思い出したので」 そうか、とクリスは微笑んだ。 「おかしいね。カシミールの携帯電話には、その時間に通話した記録はないんだよ」 なんと? おれはドイツ犬を見つめた。 ドイツ犬はにわかに顔をこわばらせた。 「では、メッセージでも聞いていたんでしょう」 「今、電話していたと言ったろ」 その時、メガネ犬が手をあげた。 「こうしましょう。家を調べてください。カシミールがいるかどうか」 |
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6月7日 カーク船長 〔未出〕 メガネ犬は言ってから、主人に詫びた。 「すみません。ご主人様。でも、こちらはそれが目的で来ているんです。二度手間ですが、早く済ませて、これきりにしていただいたほうがいいでしょう」 主人はしぶい顔をしていたが、認めた。メガネ犬にホストをまかせ、自分は奥にすっこんでしまった。 さて、とメガネ犬は微笑んだ。 「まずは地下牢から? ワイン倉庫?」 彼は先頭に立って、おれたちを案内してくれた。 「何も面白いものは出ないと思いますよ。ヤヌスも調べたんですから」 |
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6月8日 カーク船長 〔未出〕 カシミールはいない。 地下牢も屋根裏も、冷蔵庫も、人間が入れるスペースは全部見たが、見つからない。 ここにはいない。やはり外部の者が侵入して、彼を連れ去ったのか。 「玄関からは入れないと思いますよ。玄関は地上も地下も指紋照合で開くんです。前、闖入者があって迷惑したので、厳重なんです」 「闖入者?」 メガネ犬は黙った。クリスは重ねて聞いた。 「泥棒かい?」 「むかいのヤング氏です。ご主人様にうるさくまとわりついてくるんです」 間男ヤング? こっちにも手を出してたのか? |
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6月9日 カーク船長 〔未出〕 「あの方は有力者のお友だちということで、ちょっと押しが強いんですよ」 メガネ犬は苦笑し、ゴシップの話題は避けた。 しかし、妙なのだ。 そんなに警戒して、玄関ドアも自動ロックで、指紋照合なのに、カメラはないのだ。美観を損なうのではずしたという。カメラがあれば誰が入ってきたか一目瞭然なのに。 メガネ犬は 「小窓から見えますし。呼ばない人は入れないので問題ありません」 ばかな。権限を持ったハスターティはどのドムスにも入れるし、プロの泥棒だって指紋の偽造ぐらいできる。 |
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6月10日 カーク船長 〔未出〕 残念ながら、時間が迫っていたため、ニコルソン邸を辞去せねばならなかった。 メガネ犬は言った。 「やはりカシミールは何かの用ができて、外で事故に会ったんじゃないでしょうかね」 金髪犬も送りに出てきて、「バイバイ。もう来ないでね。次来たら、コワイ目に遭わせるよ」 「コワイ目とは?」と聞くと、彼はおれの首に抱きついて、キスした。 「こんな目」 青い目が明るく笑う。おれは犬を見た。 「鼻毛でてるよ」 犬はぶたれたように飛びのいた。 「めっ。もう一回お仕置きしてもらいなさい」 |
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6月11日 カーク船長 〔未出〕 地下に入り、バスで帰った。車中、たがいに口をきかず、にぶい気分で座っていた。 いろんなことを知ったが、カシミールがどこにいるのかはわからなかった。成果むなしく帰る。疲れた。 なかば居眠りしているとクリスが聞いた。 「さっきの、もう一回お仕置きってなんだ?」 おれはよだれをすすり、屋根の上で見た光景を教えた。クリスもさすがに目を丸くした。 「わざとかな。おれたちがいるから」 「さあ、でも、あの淫乱じゃ露出なんて効果ないんじゃないか」 どっちにしろ不謹慎だ。この非常事態に。 |
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6月12日 カーク船長 〔未出〕 翌日、こっそり出ようとしているとクリスに肩をつかまれた。 「今日は、カシミールの足取りをたどろう」 「……」 「ほかにアイディアでも?」 「ないです」 ただ、別行動がよかったです。しかし、クリスは勝手に隣を歩いた。 「可能性を考えてみた。その1、ニコルソンが誘拐犯人。その2、ニコルソン宅に悪党が忍びこんで拉致。その悪党は、以前家宅侵入したヤング。その3、悪党はカシミールについてきた別の男。その4、カシミールは呼び出されて、トラブルに遭った」 今日はその3を探すという。 |
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6月13日 カーク船長 〔未出〕 クリスは携帯を見せた。 「カシミールの当日の動き」 12時50分にオフィスを出た。リムジンで移動。 13時、一件目のお宅のわんちゃんのカウンセリング。 そこから歩きで、二件目のニコルソン宅へ向かう。目撃者あり。消失。 「目撃者?」 「詰め所のハスターティが彼を見ている」 順番に行こう、といって、彼は地下へ促した。車両セクションのオフィスに入った。 |
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6月14日 カーク船長 〔未出〕 「あいつらがインド人に何したか!」 インド人運転手は、車を走らせつつ、泡を飛ばした。えんえんとパキスタンの悪口が続く。彼はインタビューに興味がなかった。カシミールの話はすっ飛び、国難の話に夢中になってしまった。 だが、カシミールがこのリムジンを利用したのはわかっている。記録があるのだ。 「彼が乗車した時、そして下りた時、不審な男はいなかったか」 運転手は濃い眉をしかめた。 「知らん。でも、そこにパキスタン人がいなかったことは確かだ」 いたらレンチでも投げかねない。 |
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6月15日 カーク船長 〔未出〕 カシミールが訪問した一件目、テンプル邸をたずねる。 ミスター・テンプルはオーストラリアの農場主といった体の赤ら顔のおっさんで、中庭には本当に菜園があった。トマトをもぎながら、テンプル氏は顔をしかめた。 「あの日もカシミールにこれを持たせてやったんだよ。採れたての野菜をたくさんな。外食ばっかりだっていうから。――こんなことになるとは」 テンプルも特にあやしげな人影には気づいていない。 「元気だったよ。ケイレブが迎えに出たから、誰かつけてきたかはわからんが」 |
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