2014年1月16日〜31日
1月16日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 最近、ロビンがご機嫌ななめ。CFから帰ってくると、顔つきがどこか曇っています。

 本人が言わないので、誰も聞きだしませんが、皆なんとなく無駄口が多くなっています。

 ロビンの笑い声やおしゃべりが減ると、我が家はかなり静かになりますからね。

 そのうち、エリックとフィルが口論をはじめるはずです。あるいは、ミハイルとエリックが取っ組み合いになり、キースが止め……。

 わたしは騒ぎが静まるまでランダムとおいしいものでも食べて、隠れていようと思います。


1月17日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕
 
 思ったとおり、エリックとフィルが嫌味の応酬をはじめました。

 ミハイルは早々に自室に避難。わたしも、おろおろしているランダムを連れて、自分の部屋に戻りました。

「きみの出番はまだだ。エリックがドアをバンしたら、出動だ」

 わたしはランダムの髪をブラッシングしてやりました。
 すぐ、キースが顔をのぞかせました。

「入っていいかい」

「もちろん」

「まいるね」

 キースはソファに腰をおろし、苦笑しました。

「ロビン、今度の長いね」

「――」

 廊下にドアをたたきつける音がしました。

「ランダム、出動! ゴーゴーゴー!」


1月18日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 ランダムが走り出て行くと、わたしは言いました。

「ロビンには特効薬ランダムは効かないからな」

「中華もダメだった」

「甘いものもだめ」

 わたしたちは笑いました。皆なんとなく処方箋を心得ているのです。

 エリックにはランダム。ロビンには好物の食べ物。
 キースが聞きました。

「ミハイルはなんだろ」

「ご主人様」

「そんなの皆そうだろ」

「あ、癒しのぬいぐるみがあるよ」

 キースは腹を抱えました。

「……じゃ、フィルはなんだろ」

 そんな話をしていた時、ドアにノックが


「入っていい?」

 ロビンです。


1月19日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 キースは遠慮して出ていきました。

「チョコクッキーでも食べるかい。子鳩ちゃん。ミルクもあっためてこよう」

「いらない」

 いらないと言っても、用意すると一応つまみます。

 甘いものは重要。心も少し甘くするのです。

「最近、うち騒がしいね」

 ロビンはうんざりと言いました。

「心が休まるとこがない」

 誰のせいかわかってないようです。

「ご主人様もなかなか来ないし、面白いことがなんにもない。春まで冬眠したいぜ」

「ご主人様は年末いっしょにいたよ」

 わたしは切り出しました。

「柔道のこと?」


1月20日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 ロビンは口をつぐみました。うつむき、子どもがすねているような顔です。

「柔道ってより、つまんない野郎のことでさ」

 ロビンは話しました。
 柔道クラブに若いアメリカ人がいるようです。

「そいつがさ。自分より強いやつには、マンガの三下みたいに媚びるんだ。おだててご機嫌とって。でも、自分よりヘタなやつはバカにするんだよ」

「そいつは強いんだ」

「前やってたみたいだね。タクとか、なめられてさ。おれが文句言ったら、おれのことも、さりげなく小バカにするようになった。胸糞悪い」


1月21日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 そいつはちょこちょこと目立たない意地悪をするようです。冗談に見せかけつつあてこすったり、さりげなく仲間を巻き込んで小ばかにするといったような。

 目立たないだけに、抗議のしようがなくロビンは苛立っているのでした。

「まわりの連中は気づかないからさ。笑ってるだけ。それに、エリックとか強いやつには、あからさまにへつらうんだ」

「エリックは?」

「気分悪いわけないじゃないか。仲良くやってるよ」

「きみは仲間はずれ?」


1月22日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

「仲間はずれじゃない」

 ロビンはにがにがしげに言いました。

「皆とはうまくやってるよ。でも、そういうクソつまんないやつが、自分をなめてるっていうのが、すごく腹立つ」

 それに、と彼は吐き出した。

「トゲが刺さったぐらいのつまんないことだ! こういうちっちゃいことが受け流せない自分がイヤなんだよ。ドンとした、大きい男になりたい! どうしたらいい?」

 どうしたらいいったって、口にミルク髭をつけてるような子に、大きい男になりたいといわれても。


1月23日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

「わかんないなあ。柔道クラブ、少しおやすみすれば? テニスクラブに行くとか」

「そんなのいやだよ。敗けじゃないか」

 そう。すぐ勝ち負けの話になる。男ですからね。

「じゃ、勝ちはどんな状態?」

 彼は考えました。

「小さいイヤミが気にならない状態」

「そういう方法あるよ」

「なに?」

「大問題が浮上してきたら、小さいことはどうでもよくなる。税務署から一本の電話。資産凍結しました、とか」

 ロビンは笑いませんでした。

「ここ数年、税金払ってないだろ」

 まじめに答えねばならないようです。


1月24日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 わたしは率直に言いました。

「正直、わたしはロビンに変わらないでほしい。大きい男なんか、なってほしくない。今のロビンは最高だ。皆もそう思ってる」

「は?」

 ロビンの顔はあきらかに興ざめしています。彼は短気でもあります。

「そういうのはいいんだよ。おれは変わりたいんだ。ストレスフルなんだよ、この性格!」

「そんなの知らない。でも、ご主人様はそんな性格の子を愛して、選んだんだよ」

 ロビンは口をつぐみました。……ご主人様。万能薬です。


1月25日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

「ご主人様はきみが激怒しても、動転しても、卑屈になっても、何しててもかわいいと思ってるよ。だって、調教中を見ているんだから」

 わたしの人生相談はたいがい口からでまかせですが、言ってみると自分でもそんな気がしてきます。

 意地悪すれば怒る、傷つく。キスすればとろける。そんな感じやすい子のほうが、つきあって楽しいではないですか。

 本人はちょっとせわしないでしょうが、トゲが刺さったら、泣けばいいとおもいますよ。
 ご主人様には、たっぷり愛されてるんだから。


1月26日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 黙っているうちに、ロビンの青い目が少しうるんできました。

「でも、ご主人様には、もっとクールな男に見られたいんだよ」

 わたしは噴き出しました。

「うちのどこに、クールな男がいる?」

 ロビンも考えて、笑いました。

「いないか。フィルも案外沸点低いしね」

「変わらなくてもいんじゃないの。ご主人様の好みのタイプなんだから」

 ロビンは変な顔をして黙っていましたが、さっきよりは空気が軽くなっています。

「そうかな」

「うん」

「……」

 彼はホットミルクを飲んでまた白い髭をつけました。


1月27日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 翌日は、エリックがぶすっとして帰ってきました。

「どうかした」

「アホがランダムを軽んじたから、のしてやった」

「CFでやったのか」

「道場でだ。出入り禁止にはならんよ」

 ……この男は、簡単です。くさくさする、と言って、ランダムを探しに行ってしまいました。

 廊下でネコなで声が聞こえます。

「ランダム〜。おまえをバカにするやつは、おれがかたっぱしから投げてやるからな〜! ん?」

 エリックが戻ってきました。

「今、ランダムしゃべったぞ。よくやったって」

 ……ほんとうに簡単な男です。 


1月28日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 ロビンの機嫌は直ったようです。

「こないだ話した、ドン、あのアメリカ人とさ。仲直りしたんだよ」

 またミルクとクッキーのおやつタイムに、彼は打ち明けました。

「おれがランダムの話をしてたら、あのバカがまたからかってさ。それをエリックに見つかって、――まあ、大変なことになったんだ」

「ああ――」

 ドンは激怒したエリックに投げ続けられたようです。

「もう立てないぐらいやられて、その後、すごい軍人説教。真っ青になってたよ」


1月29日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 ロビンがいうには、翌日、ドンはなんとなく孤立していたようです。

「挨拶するのタクだけ。乱取りの相手してやるやつもいなくてさ。いつもしゃべってばっかりいるやつだから、かわいそうになっちゃってさ。もういいやって」

 稽古の相手になってやったようです。彼は言いました。

「結局、さびしがりなんだよ。単なるバカなの。つるみたいだけなんだよ」

「許してやったんだ」

「だって、素直にあやまったし。ガキなんだから、しょうがないよ」

 またミルク髭をつけつつ、彼は苦笑してみせました。


1月30日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 キッチンにいると、二階から叫び声が聞こえました。バタバタと足音が駆け下り、エリックが怒鳴りこんできました。

「誰だ、おれの紅茶の缶にコーヒー入れたやつは!」

 彼が犯人を捜しに去ると同時に、フィルがドアを過ぎしな、ウインクして行きました。

 キースがぼそっと言いました。

「……フィルの機嫌が直る時は、仕返しが成功した時だってさ」


1月31日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

「ジャックは好きなやつはいないのかい」

 お客さまからよく来る質問です。

「いますよ。目の前に」

 お客様は笑って流してくれます。たまにからまれますけどね。サー・コンラッドなんかには。

「誰にも惚れないなんて、生きてて面白いか?」

「そっちこそ、実は誰にも恋をしてないからひとりに決められないのでは?」

「じゃ、どっちが冷血か比べてみる?」

「その手にはのりませんよ」

 彼はふてたような顔をしてみせます。こっちがつれないみたいに。

 自分だって、ヒマつぶしに口説いているくせに。


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