2014年5月16日〜31日
5月16日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 親父が帰った後、おれはメモリをパソコンに差し入れた。スピーカーから音を出すと、会話が聞こえた。

「うるさい。消せ」

 ウォルフは立ち上がり、出ていこうとした。

「まずいよ。ウォルフ」

 おれは言った。

「日曜までに酒が出てこないと、犬が殺されるかもしれないんだってさ」


5月17日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 オフィスに行くと、部屋の空気がおかしかった。仲間がいっせいにデクリオン・オフィスにあごをしゃくった。

「うお」

 思わず声が出てしまった。
 デスクにウォルフがいた。どこかに電話をかけながら、パソコンで何かを調べていた。

 しかも隣にジェリーがいた。ジェリーもどこかに電話をかけ、いそがしくメモをとっていた。


5月18日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 日曜日、ウォルフはおれに、ついてくるよう命じた。銀行家のドムスに行くのだ。

「きみも来い。ジェリー」

 おれたちはそろって、銀行家ルイット氏のドムスを訪問した。ルイット氏はおれたちを見て、泣き笑いのような顔になった。

「酒は出たんだな」

 ウォルフはうなずいた。

「どこにあるんだ?」

「今ごらんにいれます。たぶん、少し形は変わっていると思いますが」

 その前に、と言った。

「少し聞きたいことがあります。犬と執事を呼んでいただけますか」


5月19日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 部屋に、ラテン犬のパオロとザ・執事が加わった。

 ウォルフは胸からガラス瓶を取り出し、フランス語で言った。

「これはあなたの酒とまったく同じものです。あるルートを使って、フランスから取り寄せました」

 ウォルフは執事にグラスをとってくるように言った。グラスに少し注ぐと、英語でパオロに言った。

「ビールだ。特別に飲んでいい」

 パオロは困惑して主人を見た。彼はまごつき、ついに手を出さなかった。

「きみはフランス語がわかるね。それにこの酒が何かも」


5月20日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ウォルフは言った。

「パオロはこの酒が何か知っている。あなたも知っている。ルイット様」

 ルイット氏は石のように硬い顔をしていた。

「あなたがあの酒がなんだか教えてくれなかったので、われわれは遠回りしたんですよ。ただ、あなたの執着ぶりは妙だった。コレクションものだと大事にしているわりに、置いてあったのは二階の部屋。ここはアフリカです。いくら空調があるとはいえ、とても貴重なウイスキーの質に気遣っているようには見えない」


5月21日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ウォルフは言った。

「だから、われわれはあなたの銀行まで調べねばならなかった。あなたの銀行は一年まえ金庫破りにあっていた。奪われたのは、130キロの金のインゴット。それはまだ出てきていない。だが、あなたの銀行には多額の保険金が入った」

「きみらには関係がない」

 ルイット氏はさえぎった。

「きみはあの酒のありかを言えばいいんだ」

「酒などもともとなかった。あれは濃硫酸と濃塩酸の混合液。金塊が溶けた王水だ」


5月22日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ウォルフは言った。

「ポルタ・アルブスでしつこく聞いていたようですね。口がただれた患者が来なかったかどうか。さいわいそんな不幸なやつはいなかった。犯人はもっと利口でした」

 パオロが長い睫毛を伏せた。
 意外にその顔は静かで、ふてぶてしいほど落ち着いていた。

「あなたがた三人がいっしょに留守にしていた間、この家には誰も寄り付きませんでした。だが、帰ってきたら、セラーは荒らされていた。ただし、ほんのわずかにあなたがた三人には時間差があった」


5月23日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれはチラと執事を見た。
 ザ・執事の顔は無表情だったが、ひどく白かった。スーツの胸がはっきりわかるほど上下していた。

 ウォルフは言った。

「ルイット氏は、金曜日の夜、箱の無事を確認した。その後は見ていない。夜間に細工は可能だ。さらに帰宅して、ルイット氏が階下にいる間、執事は先に二階にあがった。そこでも細工ができた」

「200本の酒瓶だぞ!」

 ルイット氏が目を剥いた。

「いいえ。すでに200本もなかった。木の箱をひっくり返して置くぐらいの手間だったんじゃないですか」


5月24日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれにもようやく情景が浮かんだ。

 ルイット氏が帰宅した時、すでにほとんどの木箱の中身はなかった。

 おそらく手前の箱だけ瓶が詰められていて、ルイット氏はそれを見た。

 執事は調教館から帰宅した時に、その中身だけを隠し、あたりにおがくずをばらまき、窓を開けてから、急を叫んだのだ。

「おそらく考えついたのはパオロです。彼は彼は過去に電気製品の回収をしていた。電気製品も薬品を使って貴金属を回収するんですよ」


5月25日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ルイット氏がパオロを見て、うすく口をあけていた。怪物でも見るような目だった。

 パオロはソファにもたれて苦笑していた。もう蜜のような甘い犬ではない。明晰な頭脳と毒を持った知能犯の顔だった。

「この男が死ねばいいと思ったんだ」

 パオロは流暢なフランス語で言った。

「いつも鞭打たれてハラがたってた。仲間のコルシカ・マフィアに疑われて、殺されればいいと思った」

 その時、いきなり執事がテーブルのグラスをつかみとった。

「!」

 取り返すまもなく、執事はそれをあおった。


5月26日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 執事はむせた。

「よせ!」

 おれはグラスをひったくってそのあごをつかんだ。が、ウォルフが止めた。

「ただのスコッチだ。飲ませてやれ」

 その時、ジェリーがドアを開けた。

「あったぜ」

 この男はいつのまにか席をはずし、家を調べていたようだ。

 彼はゲームソフトのケースを開けてみせた。中から黄褐色の武骨な塊が出てきた。

5月27日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ルイット氏は暗黒街の仲間とつるんで金庫破りを演出した。

 目的は保険金。
 130キロの金塊を盗まれたとして、多額の保険金を受け取った。

 実際に、酒にそれほどの金はなかった。それでも報酬としては十分あり、金庫破りの仲間は、金を酒に擬して隠しておいた。

 が、フランス警察の追及が厳しく、結果、酒はヴィラに移動。

「だが、誰かが、ルイットが裏切って酒をすりかえたと言ったんだろう。月曜日、確認の使者が来ることになった」

 ウォルフはその情報を流したのは、パオロだろうと言った。


5月28日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 もうひとつ問題があった。

 ウォルフがオフィスに戻った後、おれとジェリーはココ氏のドムスを訪れた。

 ココ氏に事件の解決を話して安堵させた後、レネを呼んでもらった。レネはあいかわらずふてくされた態度をとった。

「せっかくこの家からおさらばできると思ったのによ」

 ジェリーは言った。

「坊や。あのな、おめえのバスルームを見せてもらったが、ハゲはそんなに深刻な悩みじゃねえぞ」

「――」

 レネの眉がけげんそうにゆがんだ。だが、一瞬のち、その目からぼろぼろっと大きな涙がこぼれた。

5月29日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「あんたに何がわかるんだよ!」

 レネは顔を覆ってわっと泣き出した。 

 おれはあっけにとられた。たしかにその頭は地肌が少し透けて見えていた。

「おれはハゲるんだ。おしまいだ。どんどん親父くさくなって、捨てられるんだ。こいつは女みたいな美少年が好きなんだから!」

 おれはようやく理解した。この強いオレンジのにおいは育毛剤だ。


5月30日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 レネは泣きながら話した。

「去年ぐらいから、顔が汚くなってきて。毛穴が開いて中年男の皮膚になってきた。

友だちのチャチャイがきれいな肌をしているから聞いたら、タイの奇跡の芋を食べてるって。

それを食べたら、たしかにきれいな肌になったんだけど、だんだん胸が出てきてやめたんだ。でも、やめてしばらくしたら、ごそっと髪が抜けだして」

 奇跡の芋は女性ホルモン様の働きをするものらしかった。ホルモンバランスが崩れたのだ。

「もう一度食べたくても、チャチャイはいないし」


5月31日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 レネはアクトーレスにも相談したが、ホルモン系のものは主人の許可がないと出せないと言われた。

 ココ氏はすでに涙ぐんでいた。

「なんで相談しなかったんだ」

「言えないよ!」

 レネは隠れるように顔を覆った。

「ホルモンとか整形とか、興ざめだろ! 自然のままできれいな犬のほうがいいんだろ!」

 おれは聞いた。

「パオロとケンカしたのは」

「プールで水から出るたびに、頭が哀れだって嗤うからさ。畜生、あいつは若くてきれいで、ふさふさだよ!」


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