2014年10月1日〜15日 |
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10月1日 ロビン〔調教ゲーム〕 ケイは船着場に立ち、ひきちぎるようにシャツを脱いでいた。 「何すんだ」 「探すんだよ。あいつが落ちているかもしれないだろ」 「待て、危ないから」 「どっかにひっかかっていたら」 落ち着け、とフィルが言った。 「きみ、ヴィラに連絡しろ」 「!」 おれには意味がわからなかったが、ケイはすぐ理解した。 携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。 その時だった。おかみさんが追ってきて呼んだ。 「ミサワサン。ランダムチャン!」 |
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10月2日 ロビン〔調教ゲーム〕 宿の前には真っ赤に日焼けしたランダムがプラスチックのバケツを持ってつっ立っていた。 おれたちを見ると、興奮したようにバケツを見せた。 「ランダム!」 アルがバケツを奪って、イタリア語で怒鳴った。すぐ抱きしめてキスを浴びせた。 「心配させて。離れたらダメじゃないか」 おれたちも同じくわめいた。殴りたかったが、それはできない。わめき、彼を強くハグした。 ランダムはそんなことにはおかまいなく、バケツを見せて、訴えた。バケツからは生きたタコがうねうねとあふれ出ていた。 |
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10月3日 ロビン〔調教ゲーム〕 「ランダム!」 真っ赤な顔をしたエリックとミハイルが帰ってきた。 「エリック、やめ――」 フィルが止める前に、エリックはランダムの頬を盛大に引っぱたいていた。 「何やってんだ! このバカ! このイカレ頭のクソ野郎!」 ランダムは目を瞠き、凍りついていた。エリックは形相をかえ、罵声を浴びせ続けた。 おれたちはうろたえた。ランダムに暴力はまずい。暴力が彼を壊したのだ。 「エリック、もうよせ」 フィルが止めようとしたが、エリックは泣いていた。イギリス人が、号泣していた。 |
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10月4日 ロビン〔調教ゲーム〕 エリックはランダムを抱きしめて、ワアワア泣いた。 本当にこの男は心配したのだ。絶望の淵にいたのだ。 その時、おれは気づいておどろいた。ランダムが苦しそうにあえいでいた。彼の目からひとつぶの涙が落ちていた。 ランダムが泣いた。おれはアルを見た。アルも目を赤くして微笑んでいた。彼は長い手をひろげてふたりを抱きしめた。おれもそれに倣った。キースも。 ミハイルとフィルは笑い、先に宿に戻った。ケイは店の前のベンチにへたりこみ、まぶしそうに見ていた。 |
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10月5日 ロビン〔調教ゲーム〕 ランダムを連れていったのは、とおりがかりの近所住民だった。 釣り船が出た後、ライフジャケットを着て、つり道具をもった外人がポツンと立っているのを見た。 きっと寝坊して、船においていかれたのだ、と思い、 「釣り場に案内しようか」 と声をかけると、外人はニコッと笑った。 そこで釣り桟橋に案内してやった。外人は釣りを知らなかったが、ほかの釣り客たちが彼をかまい、教えた。おみやげにタコやら釣れた魚やらをくれたらしい。 |
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10月6日 ロビン〔調教ゲーム〕 結局、この外人さんは頭がアレだと気づき、ライフジャケットに書かれた船名から身元が割り出された。 「まったくよけいなことを」 ケイはうめいたが、エリックはもう責めなかった。 「誰も彼も可愛がりたくなっちまうんだよ。こいつにかかると。な」 エリックの背なかにはランダムがもたれかかって甘えている。さっき泣いたふたりは、すっかりなかよしに戻っていた。 「おれ呑むわ」 ケイは目を据えた。 「きみらも呑め。無礼講じゃ!」 おうよ、とアルも言った。 「今夜は飲もう」 「二杯な」 「え?」 |
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10月7日 ロビン〔調教ゲーム〕 ボウルだって一杯だ。 おれたちはなみなみ注いだ日本酒を抱え、釣った魚の刺身を楽しんだ。 ランダムの生ダコにワサビ醤油をつけて噛み締める。口あたりのいい日本酒で流し込む。みんな奇声が出る。幸せすぎて涙が出る。 おれたちは船の上での話をして、笑った。 フィルは島中サイクリングしたらしい。 「ケイと競争になってさ。彼、意地張ってコーナーで倒しすぎてそのままつぶれた」 ケイは口数が少なかった。酒でほんのりゆるんだ目をして、話を聞いていた。 |
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10月8日 ロビン〔調教ゲーム〕 その後、おれたちは箱根の温泉で最高のリラックスを味わい、東京に戻った。 東京駅にはご主人様が待っていた。 ご主人様はおれたちの日焼けした顔を笑い、ひとりひとりハグしてくれた。ケイは言った。 「ここでガイドはボスにバトンタッチします」 「ええ?」 おれたちはショックを受けた。 「ご主人様といっしょにいろよ」 「偶数のほうが席がとりやすいだろ。TDLとか。それにおれは法事がある」 帰りは見送りにくる、と言って別れた。 |
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10月9日 ロビン〔調教ゲーム〕 おれたちはご主人様と東京近郊の観光地をめぐった。 鎌倉で大仏を見学し、ハトサブレを買い、TDLで子どもに混じってパレードを見た。 最後はシブヤや浅草を見て、買い物をした。この晩はなんとご主人様の家に泊まった。 ホームバーでカクテルを作ってもいいということになり、おれたちはグラスを手に、今回の旅のトピックを話した。 皆、ケイのことを話して笑った。 「おまえら飲めって言ったあと、自分はたいして飲まないで、見張っているんですからね。水なんか用意して」 |
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10月10日 ロビン〔調教ゲーム〕 フィルがご主人様に言った。 「あいつには罰が必要ですよ。なんたってランダムの乗船を確認しなかったんだから。勝手に飲酒ルールも変更したしね」 ご主人様はフィルを見つめた。 アルも言った。 「そうです。わたしたちをこんなに幸せな旅をさせやがって」 ミハイルもうなずいた。 「ゆるせんな。酒がうますぎた」 エリックも 「あんな見事なウドンを食べさせおって」。 フィルはやさしく微笑んだ。 「一日がかりで、お説教してやったほうがいい」 |
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10月11日 ロビン〔調教ゲーム〕 帰りの空港に、ケイは現れた。 彼は大きな手提げ袋をいくつも両手に下げていた。 「ほら、おみやげ」 大きな紙袋のなかは衣類のようだった。おれは受け取り、彼をハグした。 「ありがとう。またアフリカに来いよ」 みんな、ひとりずつ彼とハグをした。ランダムは抱きついた時、彼の頬にキスした。 「こら、ここは外だから」 ケイは今日もあまりおしゃべりじゃなかった。アルは笑い、 「これはおれたちからのおみやげ」 とケイにフィルのデジカメを渡した。 ケイは悲しげに笑った。 「おみやげじゃねえし」 |
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10月12日 ロビン〔調教ゲーム〕 アフリカはやはり暑い。乾いた空気を日光が突き刺して通ってくる感じだ。 エリックも言った。 「日本は蒸し暑かったな」 彼は青い簡単なキモノを着ていた。ケイのおみやげ。ジンベエというものだ。 彼はみんなにこのキモノとスタンプをくれた。 スタンプの漢字はそれぞれの名前らしい。おれはこれが最高に気に入った。 キースがつぶやく。 「川の上のテラス、よかったね」 よかった。なにもかもよかった。ここには冷たいビールもない。 アルが言った。 「悲しむな。わたしたちには串カツがある!」 |
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10月13日 カシミール〔スタッフ・未出〕 小雨が降った。 秋だ。この季節、おれは時々、おかしくなる。 一切がつまらない、意味のない、もの憂いものに思えてくる。成功している他人を見て、孤独と無力感を感じる。 だというのに、家に帰ると、アレがいる。裸でキッチンをうろつき、浮かれた鼻歌を歌い、B級映画を見てゲラゲラ笑う。 寝ると抱きついてきて、耳元ででかいいびきをかく。だが、そのあったかい毛だらけの胸にくっついていると、人生の憂いも、なんだか薄味に思えてくるから不思議だ。 |
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10月14日 ルイス〔ラインハルト〕 クリスがアスピリンを飲んでいた。 「だいじょうぶか?」 「風邪。頭痛がする」 ラインハルトが言った。 「ただの二日酔いだ。遊びすぎ」 クリスは軽口を返さない。本当に具合が悪そうだった。 アキラは言った。 「いいよ。帰って休め。むこう三日来なくていい」 「みんな甘いぞ。健康管理も仕事のうちだ」 「犬にうつすとこまるんだよ」 だが、おれは帰りにエレベーターのなかで、水とフルーツの袋を提げているラインハルトを見た。 翌朝、その袋はクリスの部屋のドアノブにぶらさがっていた。 |
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10月15日 ジャック〔バー・コルヴス〕 バーではよくご主人様が犬自慢をします。 うちの子はモデルで、うちの子は剣闘士で、プロボクサーで。 今日のご主人様は機嫌よく言いました。 「うちの子は、ふつうの子。おとなしい子」 わたしは言いました。 「それはいい」 「わかる?」 「ええ」 「おれも最初、こいつはちょっと退屈かな、と思ったんだ。ちょっとトロいんじゃないかってぐらい、ぽわんとしてる。でも、こっちがくたびれている日はそれに助けられるんだよね。抱きしめて寝ると安らぐんだ。避難所。人生はいろんな日があるからね」 |
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