2015年2月1日〜15日
2月1日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 家に帰ると、エリック、フィル、キース、ロビンが黙々とUNOをやっていた。

「今日はなに?」

 四人の代わりにアルが答えた。

「買い物。串カツを作ろうとしたらたまねぎがないんだ」

「ロビンが負けて今週買い物当番になっただろ」

「それを挽回しようと賭けてるんだよ」

 バカな! 
 ぼくはカードの山を掴み取った。サッシを開けて、中庭にバラまいて捨てた。
 ロビンがわめく。

「なにすんだよ。あと三枚だったのに!」

「すぐ買い物にいけ」

 アルも言った。

「きみら三人もだ。全員頭冷やして来い」


2月2日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 連中はしぶしぶ買い物に出た。

 最近、賭けゲームの度が過ぎている。
 その日の皿洗いぐらいなら笑ってすませられるが、一週間分、次の週分とやりとりしているのは健全とはいえない。

「賭けは全面禁止したほうがいい」

 ぼくがいうと、アルは笑った。

「アメリカ人は禁酒法の失敗に懲りてないの?」

「賭けは麻薬と同じだ。エスカレートする。ロシアンルーレットをはじめる前にとめるべきだ」

 だが、買い物から帰ってきた連中は言った。

「我が家の賭け事に関する自由を賭けてトランプで戦おう」


2月3日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 ――家事の賭けに干渉するな。

 エリック、ロビン、フィルは頭ごなしに言われて反発したらしい。
 
 ぼくは彼らの厚い面の皮を見てうんざりした。
 だが、アルはいいよ、と言った。

「そのかわり、わたしが勝ったら、激エロな罰ゲームもアリだよ」

 ロビンがたじろぐが、フィルはかまわないと言った。

「トーナメントにしよう。全員参加。勝った者のルールが施行される」

 ぼくは聞いた。

「何で戦うんだ?」

「きみが選べ」

「――ポーカー(テキサスホールデム)」

 ロビンがニヤッと笑った。

「いいの?」


2月4日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 ポーカーを選んだが、それほど得意というわけじゃない。
 ただほかのゲームよりはルールを把握しているというだけだ。

(ハートの4と6)

 降りたほうがよさそうな札だが、フラッシュ(同じマークの役)の可能性もある。

 さっきから降りてばかりだ。トーナメントなので、場のチップ額がだんだんあがっていく。降り続けても持ち金は減るのだ。
 つい、勝負に残った。

 エリックとフィルが降りる。ロビンは倍のチップを推しだした。

(え、ペアそろっているのか)

 ぼくはたじろいだ。


2月5日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 ロビンが指先でコインをもてあそびながら、キースの出方を待っている。

 待つ態度がほかの連中とちがう。

(こいつ、慣れてる)

 笑っているわけでもなく、小ばかにしている風でもないのだが、どこかビジネスライクで、一枚上のところで楽しんでいる。
 さっきから大負けしないで、確実にチップの山を築いているのも彼だ。

「――」

 キースは結局、降りた。迷ったが、ぼくは残った。
 テーブルの場札三枚がめくられる。

(うわ――)


2月6日 ロビン〔調教ゲーム〕

 場札は、クラブの2、J、スペードの3。

 ミハイルは無表情にチップを押し出した。

(へえ)

 食い下がるか。
 強いハンドがあるようなそっけない態度をつくろって。

 でも、コーヒーを飲むふりして目をそらすのは、自信がないからだろ。

 あんたの指は煮え切らない。この3枚で役はできなかった。手札もワンペア以下だ。それも数字の小さいやつ。あんたがJ以上のペアを持っていることは絶対ない。

 まあ、こっちもないけどね。次も張り込むけど、ついてこいよ?


2月7日  ミハイル〔調教ゲーム〕

 場札4枚目はクラブのQ。

(う)

 スペードのフラッシュならずだ。

 ぼくは正直、混乱した。いまのところ役は何もない。4と6の弱小カード。もう降りるべきだ。

(だが――)

 ロビンが待っているのがわかる。ぼくが降りるのを待っている。全員パスの不戦勝。
 ためらっていると、彼が言った。

「コーヒーもう無いんじゃないの?」

 無意識に手にしたマグが空だった。

「……」

 グリーンの目がうながす。チップをもてあそぶ手がわらっている。

 ぼくはついチップの山を押し出した。バカだ。


2月8日 ミハイル〔調教ゲーム〕

 五枚目の札はハートの5。

「ワンペア」

 ロビンはカードをひらいた。 ハートの3と7。
 3のペア。

 ぼくは役ナシ、と思いきやストレートが出来ていた。
 勝った。

(ふう)

 キースがあきれる。

「ロビン、3のペアで勝とうとしてたのか」

 アルも言った。

「コーヒーないよ? って、揺さぶってた。こわい子」

「まあね」

 ロビンは笑った。

「言っとくけど、おれは素人じゃないからね。あるファミリーに神ギャンブラーと呼ばれた男だからね。――まあ、うちの家族だけども」


2月9日 フィル〔調教ゲーム〕
 
(こんな特技があったのか)

 ロビンの意外な面におどろいた。

 あまり裏表のない男だが、ポーカーでは味なブラフ(ハッタリ)ができる。
 強ハンドでチップを据え置いたり、逆に弱手で倍々に賭けて威圧し、対戦者をゲームから振り下ろしたり。

 かなりやりこんできたようだ。キースとミハイルの初心者組は見事にひっかかっている。

 ただし、頑固なミハイルは途中で降りることがなかなかできない。最後まで食い下がり、傷を深くするが、ハッタリをかわして大勝ちすることもある。


2月10日 ロビン〔調教ゲーム〕

 エリックは慣れている。

 彼は強カードに舞い上がらないし、損切りの判断も早い。

 フィルはカードはやらないと言いつつ、生意気なブラフをかましてくるので油断ならない。

 キースは気の毒なほどカモだ。プリフロップ(場札の公開前)でペアのない時には、ほぼ勝負できない。

 手ごわいのはアルだ。
 彼はかなり対戦者のハンドも読める。賭け方も一定していないから、手札の強弱がはかりにくい。

 ミハイルはずぶの素人。だが、彼は今夜ツイているようだ。


2月11日 キース〔調教ゲーム〕

(ああ、蟻地獄に嵌っていく感じ)

 10万あったチップの山が、増えたり減ったりしながら、確実に溶け崩れている。

(賭け方がヘタなんだ。もっとロビンみたいにハッタリかましてみよう)

 おれは役ナシでも張り込んでみた。

 ミハイルが降りる。アルは様子見。エリック、フィルが降りる。
 だが、ロビンは倍掛けしてきた。

(うわ、Aとかある? ペア?)

 でも、彼もハッタリかもしれない。おれはためらったが、チップを出してゲームに残った。アルも残った。

(えー、降りて! 降りてくれって)


2月12日 アル〔わんわんクエスト〕

「ロビン、それやめろ」

 エリックがロビンの手いたずらをたしなめる。
 キースの長考に飽きて、ロビンはチップを指先ではじき転がしていた。

「コーヒーがないんだ。誰も淹れてくれないし」

 ロビンはちらとキースを見た。

「この一戦で一番損したやつが淹れることにしようか」

「……」

 キースの代わりにミハイルが憮然と言った。

「家事を賭けた勝負だろ? セルフサービス」

 ランダムが寄って来て、ロビンの頬を指でついた。

「なに?」

 わたしは代わりに言った。

「悪い顔、悪徳警官みたいって」


2月13日 エリック〔調教ゲーム〕

 3時間経過し、キースは持ち金使い果たして脱落した。

 フィルもおそらくあと一、二回だ。
 おれもまずい状況にある。

 ロビンとアルはえげつない。
 こいつら役なしのゴミ札でも、王様みたいに張りこんでくる。あやしいとわかっていても蹴散らされてしまう。

 この激戦のなかに、ミハイルがまだかろうじて生き残っている。眉間に鋭いしわをたて、肩をガチガチにこわばらせてテーブルの場札を睨んでいる。
 ド下手のくせに、たまに大勝ちして息を吹き返すのだ。


2月14日  ミハイル〔調教ゲーム〕

「レイズ」

 ロビンがチップの山を押し出す。アルが続く。

(……)

 ぼくはしかたなく、差額のチップを差し出した。

 この勝負は降りることができない。もう余力がないのだ。

 ふたりはぼくの状況がわかっている。この一戦で起死回生をかけている。だから、ガンガン倍掛けして、こっちの体力をしぼりつくそうとしている。
 エリックはさっきそれで力尽きた。

「降りるならコーヒー淹れてくれ」

 ロビンが言う。次はおまえだぞ、と殺し屋が笑っている。
 だが、ぼくは死なない。コーヒーは自分で淹れろ。


2月15日  ロビン〔調教ゲーム〕

(ミハイル、必死だな)

 がけっぷち、ギリギリのところでミハイルは後ろ足を残している。

 その様子が笑える。
 本人は冷静をつくろっているが、首が埋まるほどに肩がこわばっている。カードの上で、かたく組み合わせた指のふしが白い。

 だいたいわかる。もうこれは負け犬の空気。
 あまりいいカードではないので、奇跡を待っている。動きのない目は最後の虚勢だ。ターンでも変わらず。 いや、一瞬目を閉じたか。

 お気の毒様。この勝負はAクワッズでおれの勝ちなんだよ。 


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