2016年 2月1日〜15日
2月1日  ラインハルト〔ラインハルト〕

 アキラとルイスが休暇から復帰した。
 ふたりともほどよく日焼けしている。

「あれ? 猿の温泉? スキーでもしたの?」

 ルイスがニヤリと笑った。

「温泉やめた。ハワイに行ったんだ」

「中をとって太平洋の真ん中へ?」

 彼は笑って、アキラを見た。アキラは照れくさそうに顔をあげ、皆に言った。

「このたび、わたくしとルイス・マンセルはパートナーになりました」

 おお、と皆がどよめいた。

「おめでとう」

 おれたちは彼らを祝福した。アキラは照れて、すぐに皆に土産のコーヒー豆を配った。


2月2日 カシミール〔スタッフ・未出〕

 ルイスが結婚した。
 彼は幸せそうだ。おれはよかった、と思う反面、(あーあ)という気分がある。

 もう終わった恋だし、今はただの友だちだ。蒸し返すつもりはない。ないけれども、チャンスがゼロになったのは、どこかうろたえるものがある。わずかにダメージがある。

 まったく、こういう時にさわやかに祝ってやれない自分がイヤだ。こういう気持ちは誰に打ち明けられるものでもないし。

 ラインハルトが皆に言った。

「今夜はアキラとルイスのお祝いパーティーやるから、全員出席」

(あーあ)


2月3日  カシミール〔スタッフ・未出〕

(まあ、2時間程度のことだ)

 おれはブルーな気分を隠して、パブに出向いた。
 30分遅れただけなのに、パブにはすでに大勢の人間が集まっていた。アクトーレス仲間だけでなく、ほかの部署のスタッフや客までいた。

 ルイスとアキラは彼らの間で、乾杯の嵐に揉まれていた。
 おれもグラスをとって、彼らに祝いの言葉を告げに行こうとした時だった。

「ルイス、てめえ殴らせろ。アキラはおれが狙ってたのに」

 よそのデクリアのアクトーレスがポカっと彼の頭を叩いた。


2月4日 カシミール〔スタッフ・未出〕

 ルイスが頭をおさえつつ笑う。ほかのアクトーレスも言った。

「おれもだぞ。おれもアキラに振られたんだ。なんでてめえなんだよ」

 またぽかっと叩く。ラインハルトまで言った。

「アキラはおれの崇拝者だったのに、いつのまにかこれだよ。こいつ、お人よしみたいな顔してとんでもねえ野郎だ」

 ルイスがその顔に笑いかけた。

「ざまあみろ」

 ラインハルトもその頭をぴしゃりと叩き、乾杯した。
 いい流れだ。おれはすかさずアキラの前に行き、拳をかためた。

「おれだってルイスに惚れてたんだ」


2月5日 カシミール〔スタッフ・未出〕〕

 おれの拳は勢いがよすぎた。けっこうしたたかに彼のあごにあたった。

(あ)

 ちょっとまずいかなと思った時、アキラはあごをさすって言った。

「おまえの気持ちは知ってた! でも、ごめん。おれもこいつが好きなんだ」

 いきなりやつの拳がおれの腹に食い込んだ。
 やったな。

「ちくしょう。ゆるさねえ」

 おれはその頭を叩いた。

「でも、結婚する」

 やつがまた打ち返す。

「この野郎。ぶっ殺す」

「でも、する」

 いつのまにかおれは新郎の首にヘッドロックをかましていた。やつが腹を殴っている。


2月6日 カシミール〔スタッフ・未出〕

 おれは騒ぎ疲れて、ソファにもたれていた。
 アキラも酔った頭を支えるようにして、ビールを飲んでいた。

 彼のワイシャツはすでにズボンから全部出てしまっている。ネクタイはポケットの中だ。
 おれは彼のグラスに自分のグラスを合わせた。彼は微笑んだ。

「ありがとう」

「ばーか。いつでも別れろ」

「それはない。お気の毒様」

 気持ちがだいぶスッキリした。はじめて、アキラが好きになった。
 ルイスのほうはまだ殴られている。背中にビールを流しこまれ、悲鳴をあげていた。


2月7日  巴〔犬・未出〕

 おっちゃんが落ち込んでいる。
 
 先日、電話が入ってから、急にバタバタしはじめた。帰ってきても、顔色が今ひとつ冴えない。何か気にかかることがあるようだ。

 四六時中しゃべる人が急にだまると不気味なものだ。
 おれは、ゲーム仲間にその話をした。

 ――投機で失敗したんじゃないの? 

 ――それか、重病でも発覚したか。

 ――会社が訴訟で負けた。

 ――おまえも、ヴィラを出なくなるかもしれないな。

 仲間の当て推量はいたって無責任なものだ。
 だが、本当に出ることになったらどうしよ。


2月8日 巴〔犬・未出〕

 おれはおっちゃんの素性をよく知らない。
 おそらく福井県にゆかりのある素封家で、何がしかの事業をやっている人だろう。

 事業が傾いたりしたのか。それとも、外国に小僧を囲っているのがバレて、奥さんに三行半をつきつけられたとか。

 なんにせよ、いつも元気なおっちゃんが、腕組みして何ごとか悩んでいる姿は、痛々しいものだ。ちょっと心配になる。
 肩でも揉んであげたほうがいいのかな。


2月9日 巴〔犬・未出〕

 ゲームをしている時、アルにそのことを話した。

 ――なんか、家が焼けたらしいよ。

 アルはおっちゃんの悩みごとを知っていた。

 ――留守にしている間に、勝手に親戚を名乗るやつが入り込んでて、居座って、しかも火事まで出したんだって。

 おれはおどろいた。おっちゃんの家は留守だったのか。家族はどうしたのだ。

 ――そのへんは知らないけど、アルバムやらが焼けちゃって落ち込んでた。これはちょっとキミ、元気づけてあげるべき案件だよ。


2月10日 巴〔犬・未出〕

 ――元気ってどうすんのさ。

 おれはおたついた。おれに心が晴れやかになるようなトークを求められても困る。

 ――そこは愛だろ。

 ――具体的に言うと? 

 ――ちかぢかバレンタインだよな。

 ――チョコレート? 

 ――買ったものじゃダメだぜ。藤堂サンの金で買ったものじゃ。

 ――おれ、わんこコインみたいのもってないよ。

 ――きみには二本の手があるじゃないか。

 手作りチョコを作れというのだ。女子か。さらにやつは言った。

 ――すごくうまいチョコケーキの作り方教える。うちにおいで。


2月11日 巴〔犬・未出〕

 家が焼けたのか。
 それならば、彼の落ち込みようもわかるというものだ。

 おっちゃんの家庭事情はよく知らないが、大事なものも焼けたんだろう。おれなどは、写真がなくなってもなんの痛痒もないけど、こだわる人はこだわるものな。

(しかし)

 なぜ、それでおれがアルの家に出向いてチョコを作らねばならんのだ。買ったもののほうがおいしいじゃん。
 だが、アルが言うには、

 ――どっちが藤堂サンを笑顔にすると思う? 目的は彼をハッピーにすることだろ?


2月12日 巴〔犬・未出〕

 この日、おっちゃんは家を空けていなかった。
 おれは買い物にいくと書置きして、家を出た。

 1ブロック出たところで、もう帰りたくなった。
 空気が薄いような気がする。息が荒くなりそう。

 しかし、こんなとこで鼻息荒げていたら、不審者そのものだ。通行人が変な目で見ている(にちがいない)。

 一歩歩くごとに後悔した。安全地帯がどんどん遠くなってしまう。こわい。もうダメ。なんか人につけられている気がする。いや、気のせいじゃない。あのひと、ずっと同じ方に曲がってきてない?


2月13日 巴〔犬・未出〕

 気のせいではなかった。
 金髪のでかい男がずっとつけてきていた。

 おれは公園らしき場所に入り、やりすごそうとしたが、彼は離れた場所に立ち、じっと監視してる。

(ど、どうしよ)

 おれは震える手でアルに電話した。

「すぐ来て。怖い人がつけてきてる」

『どこ』

「公園のベンチ。早く」

 変死体になる前に! 
 
 おれは後悔した。家にいればよかった。チョコなんて買えばよかった。
 でも、夜中聞いてしまったのだ。おっちゃんがひとりつぶやくのを。

「家が消えるって、さびしいよな」


2月14日 巴〔犬・未出〕

 昨日はおそろしくくたびれた。人生の三分の一ぐらいの勇気をつぎこんだ気がする。
 ひとりで、家を出て、ひとりで、よその御宅にあがったのだ。ひとりで! 

 チョコケーキを作った。よその御宅で! これだけでもエネルギーゲージがレッドゾーンに振れ込んでいるのに、今日はさらに渡す、というラスボスが控えている。

 黙って下駄箱に入れておくということもできない。もうなんかつらい。ケーキ、捨てよかな、と思った時だった。
 おっちゃんがリボンのついた紙袋をくれた。

「これ、プレゼント」


2月15日 アルフォンソ〔わんわんクエスト〕

 ――てめええええ。

 ゲームにINするなり、巴からチャットが入った。

 ――どうした。ケーキちゃんと渡したか。

 ――それどころじゃねえ。おまえ、何勘違いしてくれてんだ。

 ――なにが。

 ――焼けたの、おっちゃんの家じゃねえ。おれの家じゃねえか! 

 ――え、そうなの? 

 食べながら話してたから、よくわかってなかった。

 ――ドンマイ。

 ――ぐわああああ! 

 ――で、ケーキはちゃんと贈った? 

 ――贈った。

 ――よろこんだ?

 ――はい。―

 ―じゃ、いいじゃない。

 ――ぐわあああああ!!


←2016年1月後半       目次      2016年2月後半⇒



Copyright(C) FUMI SUZUKA All Rights Reserved