既視感二重奏  平静様作品

 


 既視感二重奏 



窓から蝉時雨が聞こえる。

…あっちぃ…。

「あの、あつ」
「ティム。」
遮られて口をつぐんだ。ぃ、と余韻が残る。
上司がつかつかっとこちらに近付いて来る。
筆を握る手に、自然と力が入った。
「反・省・中。くっちゃべる暇があったら手を動かせ手を。」
声が頭の上で聞こえる。 
見上げると、蔑んだ目と目があった。
「……はい、分かっています。」
よろしい、と偉そうに背を向ける上司に唾でも吐いてやりたかった。
自分の今おかれている状況を見れば、誰だってそれを責めないに決まってる。
「あの、」
クソ犬の所為で、っと言おうとして、手元の書類が滲んでるのを見つけた。
このクソ暑いのに、冷房の一つもつけないからだ。また汗が滴らないように、額を拭う。
「クソ犬…」


 ウエリテス兵が約束通り自分のデクリオンに報告してから一日も経たずに、専用の机がみかん箱に様変わりした。
これだけでも相当ムカツクのに、デクリオンの馬鹿みたいに(俺の『机』に比べれば)豪奢でデカイ机の前…ある意味特等席で、ほんとに馬鹿みたいに増えた書類と格闘する羽目になっていた。筆と硯で。
正座も辛い。だんだんと足の感覚がなくなるのが気持ち悪い。
本人曰くジャパニーズ精神に徹底したらしい。ユーモアのつもりか。

…反省のためとか言って、本当はこいつ、自分の事務をこっちに押し付けてるだけじゃないのか?はっきり言ってこいつが事務をしている姿は欠片も見たことがない。
「…ムカツク。」
「何がだ?」
そのくせ地獄耳だ。タチの悪い…。
蝉うるせええええ。

ともすれば爆発しそうな感情を抑えてまた書類を手に取った。
しょるい、を?
「あの。」
「お前はどうも、勉強しないな。」
「いえ、これは書類、…ですか。」
それはどう見たって大学ノートを破りとって走り書いた物にしか見えない、つまり正規の書類とは似ても似つかぬ代物と言う訳だ。
「あぁ、それはお前宛だ。…イアンから。」
は…

イアン!?
驚く前にそれを見た。

『    通 知
  下記の犬の調教を命ず。(以下略 』
それは必要以上に簡素でそっけない手紙、否書類だった。
「いや、可笑しいでしょう。なんで、え? 俺等とは違う管轄でしょう、あいつ。」

上司に、あいつと言う表現はよろしくないな。といってデクリオンは笑った。
「ぶっちゃけると俺にも分からん。…まぁ、一応上司命令だしなぁ。従った方が賢明と思うが…?」
にやにや笑いのそいつを睨む気も失せて、代わりに混乱だけが頭を陣取った。

・・・・

「やぁデクリオン殿。あの書類、渡しておいたよ、はっはっは。」
「わけわからん。お前もデクリオンだろ。職場に戻れ。あとうっかり後半一句読んでる。」
「手厳しい突っ込みの連打で。」
「こっちは只でさえいそがし、あぁ、はいこちらエディングス。」
「それにしても良いお仕置の仕方を考えたなぁ。いやはや恐れ入る。」
「うるさい、ジャパンオタク。納豆突っ込むぞ。はい、はい、かしこまりました、」
「藁入りは、がさごそしそうでなんかやだ。」
「しつこいぞ、いたちごっこをさせんじゃねぇ。」
「あ、一句よん」
ぽいっ、ばたん

・・・・

 出身国は恐らくU.S.A.、本名年齢経歴不明、性別自明、脱走歴十回
「十回!?」
パテル所有の仔犬。要注意犬。
「あぁ…成る程。」
…いけ好かないタイプである事は間違いない。脱走犬は得てして狡猾だ。クソ犬め、俺を困らせようってか。生意気な。見てろ、この仕事が終わったらお前なんかすぐに…
「ティム。何してる、着いたぞ。」
「あ、ああ。」
呆れたような顔のウエリテス兵の顔に気づいた。こんな奴等まで、俺を馬鹿にしやがる。ねめつけると、哀れむような溜息が返ってきた。
「なんだよ、なんか言いたいのか。」
尋ねると、いや、と言葉を濁した。むかついたので無視して調教部屋へと足を踏み入れる。
用心しろよ、と背に声がかかった。…大きなお世話だ。

成る程、目の醒めるような美男子だった。
真っ白な肌で、脱色しまくったのか又、髪も真っ白だ。年齢不詳と書かれていたが大体30前半ではないだろうか。
しっかりと目を閉じている。まつげも透明で、長い。というか
「寝てやがる…。」
何てふてぶてしい。拘束して吊るされているので、こんなにリラックス出来る状況ではないと思うのだが。
おい、と声をかけると薄く、黒い目が開かれた。

「おはよ。」
とろけるような笑みでいわれる。それに呆けている俺に、程よく低い声がかかった。

「あんた誰?」
薄く笑っている。ここでやっとムカツイた。
「あんたじゃない、奴隷監督様、だ。」
合点がいったように笑みを深くする。何なんだこいつは。
「ドレイカントクサマ、それじゃあとりあえずこれ、外してくれませんかねぇ?」
金属音を立てながら、拘束具を俺の目の前に持ってくる。その手をぐいと押しのけた。
「するわけねぇだろ。」
「じゃ、何してくれます?」
もちろん、
「お前の性根を叩き直すんだよ。」

。。。

「……なかなかいいオープニングで。」
「ベタだ! というか本当にわたしにROCさせていいのか? はっきり言って機械音痴だぞ。」
「現代に通用する為のリハビリって事で。」
「ああぁ。録画手伝ったって時給も出ないのに、わたしは何をやっているのか。」
「珍しく主導権握ってるよ…なんだこれ。」

。。。

息が上がっている。だせぇ。
ぐったりとしているそいつは、もう意識を失ってるようだ。
白い肌に赤い筋がのたくっている。目も完全に閉じて、身体を重力に任せている。
何か苛々して、そいつの顎を引っつかんだ。
「今日は、」
ぐっ、と喉が詰まった。息を整えもう一度。
「今日は、これで勘弁してやる。」
もちろんの事反応はなく、目も閉じられたままだった。
鞭を放って背を向け、

「グッバイ、オ・ルヴォワール、アウフ・ヴィーダーゼン、アディオス、再見、」

振り向くと、奴が余裕の笑みでこちらを見ていた。

「また明日。」

ぴくぴくとこめかみが震えたのが分かった。
「ああ! 明日はそんな態度とったこと、後悔させてやるからな!!」

ばたーーん!


次の日、今度は容赦なく鞭打った。のに、
気を失ったか、と見て手を休めれば、全くこたえてない笑みを見せやがる。
くそくそ、何なんだよこいつ!
「終わったかい?」
休憩だよ、と乱暴に返す。
「なぁ、もういいだろ。気ぃ済んだなら外してくれよ。」
なんて、ふてぶてしい。
びきびき。こめかみがそんな音を立てた。
「ふざけんなぁ!!」
一瞬ぽかん、そして又、笑いやがる。
もう、本当に、切れるぞ…。
「ふざけんなってんだよ! いいか、お前は犬なんだよ、ただの犬!! ご主人様に媚びうるか手足切られるかのくせして! ばっかみてぇにへらへら笑ってんじゃねぇよ! 舐めてんじゃねえ! お前みたいな奴さっさとトルソーになって変態に売られて死んじまえ!!」
熱弁中、欠伸。
くそ、何か、こいつを震え上がらせるような言葉はないか。
怒りのあまり、ぐちゃぐちゃになった頭で考えていると、
ぱきんと、どこかで音がした。

…ぱきん?

「飽きた。」

すとんと奴が地上に降り立つ。
固まった筋肉を伸ばして痛い、とのたまっている。
…おい。 何で自由に動き回ってんだよ! この犬は!!
「縛り方甘いな、あんた。」
あぁそうか。縛り方が甘かったのか、成る程成る程。

…忘れていた、こいつは逃亡犬で、逃亡に慣れている。
前々から弄くってたのだろう、拘束具の部品が床に転がっていた。

舌打ちして、スタンガンの位置を確認する。
しくった。ワゴンは結構な距離にある。しかも犬の背後にだ。
しかし、さらに近いところには出口がある。振り返り、大股一歩、充分とどく。
今しかない。相手は拘束がとれて安心しきっている。振り返って、一歩と一緒に扉を開く。あとはロックしてジ・エンドだ。

右足を軸に反転すると、扉が視界に入る。思いっきり足を広げて飛んだ。ノブに手がかかった。ああ、助かった。

だんっ

手はかかった、けど扉は開かない。白い腕が扉を押さえている。
血の気が引いた。今、俺は真っ青な顔をしているだろう。
「奴隷監督様、俺まだ、反省してませんよ。」


・・・・

「やっぱこうなるか。」
「冷たいな。お前の部下だろう。」
「そっちこそ、元同僚だろう?」
「…職場に戻れ。」
「もしかすると…お前の二の舞になるかもな。」
「ふっとばされたいか。」
「君の噂は遠く京の都まで届いてたり届いてなかったり。」
「何でそんな、しかもジャパンオンリー。」
「オンリージャパン。こんなモノが各所に。」
「…。誰だこんなDVD作ったのは!!!」
「『アクトーレス失墜』いきでいなせなタイトル。ぐっ。」
げしっ、ぽい

・・・・





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