リレー小説 ファビアン  ACT1 担当 おサル様




   【 ファビアン 】



「こちらへ、どうぞ」
案内したお客様を、仔犬館の3階にある<鏡の間>へと慇懃に招き入れる。
お客様は興味深気に鏡張りの室内を見回してから歩を進め、おもむろに受胎告知の描かれた荘厳なドーム型の天井を見上げて少し目を細めた。
今日、私が担当しガイドするのは、まだ若いパトリキのお客様だ。
いつもながら支配人が目を付けるCナンバー候補の仔犬は、ヴィラでも際立つ魅力的なお客様ばかりだ。
「犬がいないね。今から連れて来るのかい?」
綺麗な笑顔で振り返って、小首をかしげて訊ねる様の高慢な愛らしさ。
ああ。今日のCナンバーの犬も最高だ。
ヴィラでは高給取りとされる奴隷監督の私にとっても、このCナンバーの調教権は最高に楽しみなボーナスだ。
「お客様、犬はこちらに居ります。」
そっと美しいパトリキの細腰をとって、鏡の前に進ませる。
「あなたさまがこの部屋の犬でございます。」
「え・・・? ちょっと待って、それって?」
美しいパトリキの表情は、困惑から動揺へと目まぐるしく変わる。
当然だ。ヴィラ・カプリに この若さで会員として遊びに来ている以上、どこぞの2代目でない限り、彼は成功した事業の覇者だ。
頭の回転は文句無く良い筈だ。



「家令がご忠告申し上げたはずですよ。この先に進めば戻れないと」
長身を屈め、覗き込むように仔犬の反応を見る。
こんなに綺麗で高慢で愛らしいパトリキを犬にするチャンスを逃す気は無い。
調教がうまくいけば、彼は2通りの楽しみを知り、ヴィラも経営的に2倍の収益を得る。
そして私はこの美しいパトリキを従順な犬にして、楽しめる。
よしんば彼が流れたとしても、それはまた支配人の喜びとなる。
「困ったな。今回はあまり時間が取れない日程で来てしまったのに。
すまないがお茶を一杯だけ飲んでから始めてくれないか?」
(そんな我侭は、ご主人様には許されても犬には許されないのですよ。)
動こうとした途端、絶妙のタイミングで彼は懐から薬を取り出した。
私は速やかに動きを止めた。
「最近 これを処方されてしまって」
苦笑いする仔犬候補のパトリキ。
先程チェックしたヴィラの健康問診調査票には、彼は【持病なし。投薬無し。極めて健康体】という報告書があがってきていた。
多分、別室で待機中のパトリキ役マギステルたちも、これを聞いて、首を傾げている事だろう。
彼らはタイミングを計ってこの部屋へ入ってくるので、今のところ、こちらの会話はマイクを通して筒抜けになっている。
それにしてもヴィラのプレイには、細心の健康管理が欠かせない。
大切なご主人様や犬を取るに足りない不注意で、思いがけず生命の危険に晒すプレイもヴィラには存在する。
しかし健康・医療関係の最新の申告漏れとは、ヴィラとの重大な契約違反だ。
「お茶で飲んでも大丈夫なんだ。紅茶を指定しておいたから。
アルコールではなく そちらで頼むよ。その間にゲームの覚悟をするから」
明らかに彼はゲームを楽しむつもりだ。
この<Cナンバーの犬>という危険なゲームを。
そう・・・。お互いに楽しもうではありませんか。仔犬のご主人様。
「仕方ありませんね。では薬の為に一杯のお茶を。その間に、どうぞお覚悟を。
本当は許されないサービスですが。これは あなただけ・・・特別ですよ。」
ウィンクを投げかけると、彼も悪戯な共犯者の笑みで応えてくる。
そうは言っても私はお茶を淹れながら、油断無くパトリキに目を走らせる。
彼は主人用の椅子にゆったりと腰を掛けて、熱の篭った視線を私に送ってきた。
鍵は掛かっているし、細身の彼は私の腕力に適わないだろう。
なにより彼は、私の容姿を気に入っているらしい事が見て取れる。
私はすっかり油断して有頂天だった。
あまりに美しいパトリキに、心が疼いていた。
早く彼を私の犬としてひれ伏させたい。


指定された紅茶を丁寧に淹れる。
異国情緒溢れるマルコポーロの香りがふわりと部屋に立ち上る。
それと同時に、軽やかに立ち上がって近づいてきた仔犬は、私の腕にそっと手を掛けた。
「あなたが僕のご主人様? 僕は、幸せ者の犬だね。こんなにハンサムで魅力的なご主人様を持てるなんて。」
「ふふ。犬にご主人様を選ぶ権利はありませんよ。」
互いに瞳の底をさらうように熱く目線を絡ませる。
身を捩ると、仔犬は私の瞳に吸い込まれるように唇を寄せてきた。
その愛らしさに、思わず応えてやってしまう。
甘い唇。甘い吐息。
彼はどんなに艶やかな声でよがり啼くのだろう?
「でも、僕はあなたと楽しむためにここに来たんだよ?」
さすが、ヴィラのご主人様。
既に頭を切り替えてこの状況を楽しもうとしている。
(可哀想に。)
いつも自分が与える立場なので忘れているだろうが、このお茶という存在さえ責めの一過程に過ぎない。
紅茶には強力な利尿作用がある。
「アナタも一緒に、飲んで・・・・・ご主人様・・・・・」
魅惑的な濡れた唇が吐息のように囁く。
「ところでそれは何の薬ですか?診断された症状とは何ですか?」
カップを取り上げながら、気になっていた事を尋ねる。
これは絶対に聞いておかねばいけない点だ。
今後のプレイに大きく影響する。
「うん。なんか貧血気味とかで鉄分だったかなぁ〜。どちらにしても大した問題は無いよ。」
まさしく調教にノープロブレム! 私は ほくそ笑む。
飲み干したカップを置いた所で、私は気持ちをスッパリと切り替える。


(では、始めましょうか。)
突然その手を取り床に叩きつける。
次の瞬間、膝で押さえつけたまま馴れた手順で細い首に首輪をかませ、床のフックに拘束する。
「んあっ!・・・・・・何をするっ!?」
パトリキは怒ったように呻いたが、言葉に反してその瞳には仄暗い悦びが宿っていた。
「こんなことで もう喜んで。いやらしい犬ですね。」
そっと優しく頬を撫でながら、嘲笑する。
「っ!なにっ!?」
怒りと屈辱で目を煌かせたCナンバーの仔犬に更に嘲りの言葉を掛ける。
「ココをこんなにして、とんだ盛りの付いたメス犬だ」
股間を掴んでやる。
彼は反応していた。(素晴らしい!!)
「グハッ!はっ!放せっ!」
容赦ない加圧に仔犬は痛みのあまり悶え狂った。
「ふふ。あなたは淫乱なバカ犬ですね。
主人に対する口の利き方を教えて差し上げましょう。」
「クッ!」息を呑むと仔犬は、悔しそうに睨みつけてきた。
「脱ぎなさい。浅ましい姿になって腰を振って見せなさい。」
私は笑って身を引くと、スッと立ち上がり腕を組んで悠然と相手を見下ろす。
床に繋がれた若い犬は反抗的な笑みを唇にのせると、短く首輪だけで地面に繋がれた不自由な状態にも拘らず、
煽る様に焦らしてみせながら、仕立てのいい服を、惜し気も無く次々と脱ぎ捨てて行く。
「ほほう。慣れていらっしゃる。とんだあばずれの牝犬ですね。」
これは楽しみだ。
ここまで貪欲に楽しもうとする遊び心に溢れた挑戦者は珍しい。
拘束され裸にされると意外と主人は心が萎える。
自分が普段していることを、相手にされると知っているからこそ逆にされる事が判ってしまって気力が萎縮するのだ。
「綺麗な肌ですね。鞭をあてるのが惜しいくらいです。」
うっとりと肌を愛でながら、つつぅ〜と撫上げて辿っていき、手枷を掛ける。
生意気な犬は官能的に肌を震わせながらも、ハッと乾いた笑いを洩らし、
「ばか犬のお前に、私を調教することが出来るのか?」
鎖で吊られながら、楽しげに聞いてくる。
「犬のクセにふざけた口を利くんじゃない。そんなバカ犬は口が利けなくなるまで鞭で打ってあげましょう」
わざとワゴンから大き目の薔薇鞭を取り上げてみせる。


「おやおや。もう始めてしまったのか?私たちも仲間に入れろよ」
突然 扉が開き ぞろぞろとパトリキ役が入って来た。
ん?なにかが おかしい・・・・知らない顔ではないが、ここにいるべき顔でもない。
この方達は、以前お目にかかったことがある方ばかりだ。
みなさま、一度はわたくしがお相手させていただいたCナンバーの方々。
しかも3人の筈のパトリキ役が、異様に増えている。
どの方も、流石に支配人が目を付けただけのことはあると、私が密かに唸った<東洋の真珠>と呼ぶに相応しいアジアのご主人様方。
このファビアン・マイスナーが 心の底からお助けしたいと、何度も耳元で諌め、ご忠告を申し上げて見事ヴィラに返り咲いたパトリキの中のパトリキ様方。
西洋人の私から見ると年齢が判然とせぬほどの肌理細やかで滑らかな真珠のように輝く肌と、受け容れる事に慣れていないものの燃えるように熱くねっとりした、きつい締め付けの蜜壷を持つ甘い肢体のご主人様達。
調教が終了した後も、私に別れがたい夢を、そして恋心を抱かせて下さった美しいヴィラのご主人様方。


「なに・・・・を・・・・」
眩暈が襲うーーーー。
身体が縮んで、沈みゆくような異様な感覚ーーーーー。
さっきの紅茶ーーーーー?
唇を合わせながら、身体を擦り付けてもじもじしていたパトリキ。
あの時・・・・・薬を盛られた?


「えっ!?待ってよ!まだ僕、犯って貰ってないんですけど?まさか今からが本番!好いトコロって感じで、寸止め?」
拘束した仔犬が、キャンキャン吠え立てる。
「まあまあ。シルル卿。それはおいおいと。犬にしてからというのも一興じゃないか。後で嫌と言うほど満喫させて貰おう!」
最初に入っていらしたこの方は、何度も私とご一緒にプレイを楽しまれた魅力的なパトリキのビタ様だ。
「まずとりあえずは、ファビアン・マイスナーの調教からだ!ううっ!私の積年の願いが、今、叶おうとしているーっ!」
ビタ様のお声は、なぜか歓喜に打ち震えている。
いつも私が仲間と組んで苛めて差し上げると、泣いて啼いて鳴いて・・・、掠れた声がたまらなくセクシーで、つい、ちょっとやりすぎてしまう 可愛い素敵な私のビタ様。
ビタ様の私へのご指名が格別に多いのも、私の事を気に入って下さっているからだとばかり思っていた。
何れの時も、私とのプレイをことのほか楽しんでくださった筈なのに、
・・・・・なぜ?
「いやだぁ〜!このままじゃ欲求不満で、僕が焦らしプレイされてるみたいじゃないか!?先っぽだけでいいから、ちょっとだけ挿れさせろよ」
さっきまで固い声だったシルルさまの 情け無い可愛い鳴き声が耳に縋る。
(そうですよ。せっかく今からがお楽しみの本番だったのに・・・。私も残念です。)
痺れてきた脚がガクガクと震えているのが、自分でわかる。
「大丈夫ですよ。夜はまだ長い。後でどちらも嫌というほど楽しませてあげます。」
威厳と確信に満ちた声が、凛としてドームに響く。
これは・・・・中央に立ちはだかる古参パトリキ七瀬さまのお声だ。
七瀬様は、ヴィラのパトリキの中でも調教手腕が突出して素晴らしい。
その為 アクトーレスや家令にも常に一目置かれ、パトリキの間でも、七瀬様に憬れる者が多いと伝え聞く。
美しいかんばせとお優しい常日頃のお人柄に似合わず、冷静に大胆にお責めになるのがお上手だ。
あの美しい悪魔のような七瀬様がこの件に加担しているという事は、・・・・・私にとって事態は深刻だ。


意識が朦朧としてくる。
身体が叩き付けられた様に、大理石の床にどうっと倒れこむ。
部屋の鏡が回る。


ああ・・・あそこに写りこんでいるのは、
私の可愛い犬になって下さったwakawa様の大きな瞳。
完璧な犬振りが、とても愛おしかった印象的な方だ。
柱の影なのに、小さな前肢で口元を覆って今にも泣き出しそうだ。
なぜ泣きそうなのだろう?でも、泣きそうな顔が、堪らなく可愛い。
優しく慰めてもっともっと泣かせて差し上げたい・・・・・。
その手前でボキャブラ座布団を振り回しているのは、おサル様か?
横読みが大好き過ぎて、目を傷めたとかで正面席を争っていらっしゃる。
・・・なんの正面席なのだろう?何をそんなに必死になっているのだろう?
南京玉簾を踊っていたり、こいつだけは謎のご主人サマだ。
そんな騒ぎを他所に、楽しげにGさまがわたくしに微笑みかける。
相変わらずお美しい方だ。
こんなにもたおやかな風情なのに、胆の据わった調教をなさるのだから人は見かけによらない。
Cナンバー調教でお相手いただいた際には、「オールorナッシング」の性格を存じ上げていながら、
つい夢中になり危うく手酷い反撃にあうところだった。
焦点がぶれる視線の先には、ぱすた様のすらりとしたお姿もあるようだ。

次の瞬間・・・・・!
優雅な手が伸びて、ヘレンドのフンボルト茶器を取り上げたのが見えた。
そこにいる存在がどうしても信じられず、自分の目を疑って何度も瞬きをしてみる。
その白い手の細い指の持ち主を私は知っている。
我知らずゴクリと唾を飲み込んで喉がなる。
金持ちの酔狂なやりたい放題の我侭を、すべてその叡智に溢れた穏やかな人柄でソフトに受け止め、
この上なく的確で素早い采配と、細やかでホスピタリティー溢れるサポートで、ご主人様方の絶大なる信頼と尊敬を勝ち得ている家令室の主。
敏腕家令フミウス・スズッカ その人が、そこにいた。


なぜフミウスがここにいるのだ?



なにが起こっているんだ?




これで・・・私は終わりなのか?




薬の効果が全身に及び、脳を侵していく。




これでお終いか?




いや。 恐らく それはありえない。

なぜなら これはまだほんの序章に過ぎない。
彼らの禁断の悪戯は、まだ始まったばかりなのだ。
きっと彼らが満足するまで、この饗宴は終わらない・・・・・・・・・。
次に目覚める時は、多分 私は吊るされているだろう・・・・・

・・・・・一瞬、・・・脳裏に一人の男の顔が浮かんだ・・・・。
彼は・・・・・一度は失墜しながらも、
未だアクトーレスとして毅然として立っている・・・・・・。

・・・・その時がきて、


・・・・・・・・・立っていられるのか


・・・・・・・・・・・・・・わた・し・・・・は・・・・・・・・・・







         ーーーーー暗転ーーーーー





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