リレー小説 ファビアン  ACT2 担当 シルル様


誰かの声が聴こえたような気がした。
……イアン・エディングス……?失墜し、再び舞い戻った不死鳥――……。
“……ィスナー……きろ、はや……、……を覚ま……”
なにを言っている?全然聞こえない……。

「早く吊らないと、目ぇ覚ましちゃうよ」
「なぁに、覚めてもどうせ逃げられないさ」
違う、イアンじゃない。この声は……。

オレは両手首の引き攣れるような痛みを感じながら、重いまぶたを上げた。
目の前に、ちょうど見下ろす様な形で、見覚えのある幾人ものパトリキ達の姿があった。7人、8人……いや、もっといる。
……吊られている、のか?オレは。一体、なぜ……。
頭の中に靄がかかった様ではっきりとしない。それに、体が異様なまでにだるかった。……だるい?ああ、そうか。オレは薬を盛られて……!
「さぁ、軽く準備運動といこうか」
はっきりと自分の境遇を思い出したオレを、間髪いれず、鋭い痛みが襲った。
「……ッ!!」
「声を上げないとはさすがだな。だが、どこまで耐えられるかな」
男は不敵な笑みを口元に浮かべながら重い鞭を持ち上げた。
うなりを上げながら何度も振り下ろされる。その容赦のなさに声を出すまいと歯を食いしばった口元から血が滲んだ。
「待って。……ああ、かわいそうに。唇がきれてしまったね」
それまでソファでくつろいでいた美しいパトリキがおもむろに近づいてきた。、臈たけた声で鞭を止めるように伝えると、尻ポケットから取り出した青いハンカチでオレの口元を丁寧に拭った。
その右肩にはなぜか緑色のインコが乗っていた。上下に頭を振りながら、しきりに博多弁で「うまかっちゃん!うまかっちゃん!」と九州地区で有名なインスタントラーメンの商品名を連呼している。
あのうまかラーメンはオレも好きだ。キャベツと卵をいれて時々食べる。特製オイルを入れるとますます美味い。こんな状況でなければこの見目麗しいパトリキと一緒にすすりたいところだ。
うなだれたオレの顔を覗き込むと、意味深な笑顔を浮かべながらうすい唇を寄せてきた。おとなしく唇を吸われている最中、頭の中は混乱していた。
……誰だ?誰がオレを貶めた??フミウスか!?
イアンが堕とされた経緯を、オレは知っていた。賢く美しい彼を自分勝手なパトリキが犬にしたがったのだ。大金と陰謀で、腐ったヴィラの一部を動かしてまで――!
オレは思わず立場を忘れて、恨みがましい視線をパトリキ達と、エマニュエルチェアー(いつの間に持ち込んだのか?)に腰掛けた美貌の家令へと向けていた。その時だ。
失礼しますよ、と声が掛かり、ドアを開けて二人の男が入ってきた。
ボーイズラブとエロサイトが大好物の按察官補佐に、ストレスがないため実年齢よりも若く見られる外科部長だった。コワい噂のある二人だけに、オレも顔だけは知っている。
怪しい人柄ではあるが家令フミウスの上司にあたる人物達の出現で、オレはよもやこの蛮行にストップが掛かるのではないかとわずかな期待を抱いた。しかし、奴らから発せられた言葉は非情なものだった。
「このプレイでどれぐらい稼げるだろうか。楽しみだよねぇ。――ところでフミウス、なにやってんの?」
「アクトーレスひとり育てるの大変ですから、壊さないかどうか見てるんですよ」
「ファビアン・マイスナー……いい犬になるのだな」
オレはすべてを悟った。
ここ最近のうちに次々と舞い込んだCナンバーの調教。臨時健診という名目の身体検査。オレが出演した、教材用のビデオ撮影……。自分ばかり、おかしな事をさせると思っていた。
あの時もっと疑うべきだったのだ。どうやらオレは間抜けにも、初めからすべてこの日のためにアクトーレスとしての……否、犬としての自分のデータをくれてやっていたらしい。
「……クソッ、ヴィラも、グルかッ……!」
汚い言葉で毒つき、しびれの残る体で暴れたが、しかしそれはまったく意味をなさない行為だということをアクトーレスであるオレはよく分かっていた。
「ははッ、まったく強情な犬だ。楽しみがいがある」
パトリキはオレの抵抗を一笑にふすと、交代しよう、と鞭を下ろした。
「次は私が打とう」
「ではその次は私が」
「賢い男だ。もっと素直に受け入れると思ったんだがな。…フ、どうやらバカ犬のようだ」
交代した男は嬉しそうにいいながら鞭を構えた。
『……バカ犬』?
鞭を食らいながらオレは別のことにショックを受けていた。
普段自分が当然のように相手に投げつけていた言葉が、こんなにオレを動揺させるとは思わなかった。
“逆らえば逆らうほど責めは苛烈になる。おまえはもうアクトーレスのファビアン・マイスナーではないんだぞ。ただの犬、犬だ。”
頭の中に、夢に出てきたヤツの声が響いた。
ああ、そんなことわかっているさ。さっさと尻尾を振ってしまえと言いたいのだろう?
だが従順になった演技をしても、この男達にはすぐにばれてしまうだろう。ならばつまり諦めるしかない、ということなのか……。
骨まで響く鞭の衝撃に、頭が朦朧としてくる。着衣のおかげで大きな裂傷は免れてはいるが、布の下の皮膚にはびっしりと赤黒い痣がついていることだろう。……だが、おそらく気絶はさせてもらえまい。この連中はそう甘くない。
「ワゴンの上にハサミがあったろう?――それを。」
「ああ、わかった」
ハサミを持ったパトリキは、ボロボロのオレの服を、――それもご丁寧な事に、胸と股間と尻の部分だけを、器用に切り取った。
連中を喜ばせると分かってはいたが、顔が羞恥に赤く染まるのを止めることはできなかった。
「ねぇ。ちょっと乳首、舐めさせて?」
「――ハァ。また貴方ですか。…仕方がないな、ちょっとだけですよ?」
「ありがと!!」
オレが調教するはずだったCナンバーが嬉々として乳首にむしゃぶりついてきた。
「……ウ、ウゥ……ッ」
「フフ……ココ、勃ってきたよ。かーわいい♪」
いやらしく舐めねぶりながら、もう片方の乳首もこねくりまわし始め……。
「ック!ふ、フウゥ……ッ!!」
「素敵だよ、ファビアン・マイスナー……」
股間に血液が集まっていくのを感じ、オレは必死にかぶりを振った。我慢ならない!こんなことで感じてしまうなんて……!
「ッああッ……!」
唐突に別のパトリキに股間を銜えられ、自分のものとも思えないようなはしたない声が漏れた。
「君のことは私が一番に目をつけていたのだよ……」
ペニスを口に含みながら、熱に浮かされたような目をしてパトリキは言った。
「は、アァア…ウウッ……!」
絶妙な舌使いに加えて陰嚢までもが弄ばれる。懸命に体をくねらせ逃れようとしても、二人は蛭のように吸い付いてくる。
いやだ、やめてくれ……ッ!オレは叫んだ。しかし体は否応なく高められ――……。
「う、…ぁ、も、もう……出…………」
「はい、終わり!」
ふいに胸や股間に張り付いていた顔と手が剥がされた。今まさに絶頂へと駆け上がろうとして突然肩透かしを食わされたことに、オレの体はすすり泣いた。
「なーんでぇ!?もうちょっと遊びたいのに〜!」
「もうちょっとでゴックンできそうだったのに〜!」
「駄目ですよ!犬を楽しませてどうするんですか。貴方がたはあっちで美味しい紅茶でも飲んでてくださいよ、まったく」
「ちぇっ。」
「ッあぁ……く……」
腹に付きそうなほどに勃起したペニスが開放を求めて涙を流していた。触ってくれと腰まで振ってみせた。しかし身悶えていたのもつかの間、ワゴンの横で格の違う最古参パトリキが手にした道具を見て、オレは情けなくも震え上がらずにはいられなかった。
「ほう。これからなにをされるか、アクトーレスのおまえには分かっているようだな」
「……お、お許しください、それは……」
「さすがのおまえでも恐ろしいか」
凍りつくような笑顔を浮かべながら、そのパトリキは電極を手に取った。
「あれ?ピアスじゃないのかい?」
見学に徹しているパトリキが声をかけた。
「ああ。ヴィラから許可が出なかった。まだ個人の所有物になっていないからな」
「なんだ、残念だな。バチンと穴開けてやりたかったのに」
ソファにくつろぎ優雅にお茶やワインを楽しみながら、柱の陰から覗き見ながら、それぞれが人ごとのように笑っていた。
今更ながら実感した。この連中は人の皮をかぶった悪魔だ――……!
「ご主、人様……」
ひりつく咽喉から声がこぼれた。
アクトーレスだからこそ、通電の恐ろしさはよく知っている。これまでにどんな強情な犬でも耐え通せたものはいない。少なからず精神に異常をきたしたり、中には命に関わることだってある。
震える体を止められないまま、乳首、そして股間へと付けられていく電極を、オレは暗澹たる思いで見つめていた。ああ、エディングス。教えてくれ、オレはどうすれば……!
大理石の床のパネルから伸びていたシャワーノズルから、勢いよく水が発せられた。文字通り、冷や水を浴びせられたのだ。
オレは叶わぬことと知りつつも、懇願せずにはいられなかった。
「ご主人様、お願いです……プリーズ……」
「はは、プライドの高いキミの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったよ」
「どうか、どうか……!」
オレが懇願する姿を、パトリキ達は明らかに楽しんでいた。涙が溢れた。
「有能なキミに敬意を表して、初めからMAXでいかせてもらおうか。――さあ、踊ってくれたまえ」
パトリキの優しい微笑と同時に、言葉にできない衝撃が、体中を駆け巡った。
「――――――――――――――――ッ!!!!」
通電のすさまじいショックに一瞬だけ気を飛ばしていたらしい。パトリキ達のけたたましい笑い声に、我を取り戻した。
笑われながら指をさされ、ぼうっと訳がわからないままに見下ろすと、露わな半勃ちのペニスから勢いよく尿がほとばしっていた。
「素晴らしい!素晴らしいよファビアン!!」
「MAXで気絶しないとは。なんて強靭な犬だ!」
「だがしかし、ははは、粗相はイカンよ粗相は」
足元の黄色い水溜まりはみるみる大きくなっていった。
「……ゆる……て、お願、いしま………」
「では皆様、MAXでもう一度」
「ぁガッ――――――――――――ッ!!!!」
その瞬間、目の奥が真っ赤に染まり、脳が焼ききれたと思った。
 
みじめな男の姿が鏡に映っている。
自分が撒き散らした尿の上で何度ものたうちながら髪を振り乱し絶叫するその姿からは、かつて同僚から嫉妬と羨望を欲しいままにしてきたアクトーレス、ファビアン・マイスナーのカリスマ性は微塵も感じられなかった。
オレはもはや、完全なる犬だった――……。



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