パトリキの方々は、にわかに会話に関心が高まった様子で、身を乗り出してきた。
「そ、それは――」
「あ、悪い。客が来たようだ。連絡を待っているよ。じゃあ」
「あ、ああ、またな」
電話が切れた。
「ミミズ責めをされたCナンバーもいるとは知らなかった」
今まで壁際の方でおずおずと眺めていた新しいパトリキ会員のかおるさまが、驚いた声を上げた。
「イアンにファビアンを調教させる、というのも凄い見世物になりそうだね。有能なアクトーレス同士だから、余計に楽しめるよ」
「シルルさま、ぼくはファビアンに調教されるイアンを見てみたいよ」
「ぱすたさま、今はヴィラにレオーネ氏がいます。またあんなことがあったら、命の保証は致しかねます」
勝手な想像に盛り上がるパトリキの方々をフミウスがたしなめた。今のところ、イアンが呼び寄せられることはなさそうだ。おれはひそかに安堵の吐息をついた。大勢のパトリキの方々を前に、知り合いのアクトーレスに調教されるなんて耐えられる自信がない。
「ほったからしにして悪かったね。触ってほしかったんだろ?」
七瀬さまがペニスを撫で上げ、尿道口にたまった透明な蜜を指ですくいとった。
「何だ、これは?恥ずかしいところをさらけ出して、犯されるのが待ち遠しくて啼いているのか」
「あっ」
「イアンとの電話は楽しかったか?こんなところに電話をはめられて感じていたんだね。ミミズ責めをされたくなったのか」
「ち、違います。あああ――」
「違わないだろ。アヌスが金魚の口みたいにぱくぱくしているぞ」」
七瀬さまがアヌスにはめられた携帯を揺すった。
「ほら、こうして触ってほしいんじゃないのか。ちゃんと言わないと、手を放すよ」
「あ、や――さ、触ってください」
「ふうん、携帯電話を突っ込まれて、よがってるのか」
「――はい、気持ち、いいです」
「いきたいか」
「ああ――はい」
「乳首も固くしているね」
七瀬さまに手招きされたタクさまが、おれの乳首をくわえて舌でなめ回した。
「ふあああ」
「そんなにいいのか。淫乱だな。いきたいなら、ちゃんと口に出してお願いしろ」
何と言えばいいかは知っている。今まで数え切れないほど、犬に言わせてきた言葉だ。しかし自分で言うとなると、恥ずかしさに身が灼かれる。ただ、この言葉を口にすれば、身のうちに沸きかえっている快感から解放してもらえるのだ。
調教のシナリオの一場面にすぎない。
「牝犬のお尻を、可愛がって、ください」
「だめだよ」
凛とした声が響いた。おサルさまだった。真珠の首飾りをつけた、黄色い頬の緑色のセキセイインコが肩にとまっている。
「ぼくが聞きたいのは、そんなマニュアル通りのせりふじゃない。ファビアン、おまえ自身の言葉だ」
そう言って、おサルさまは吊られたおれの身体をくるりと回した。
「ほら、向こうの鏡をごらん。あそこに映っているのは何だ?裸で吊られて、アヌスをひくひくさせて、自分で携帯電話を揺らしているよ。おやおや。こうして乳首をさすっただけで震えてしまうのか」
おサルさまはインコを肩から指へと留まらせて、おれの腹の上に跳び移らせた。
「ヒ、ア」
足の爪が肌に食い込んだ。くちばしで乳首をついばまれて、ちぎれそうな痛みにおれは悲鳴をあげた。
「ピーちゃん、こっちにいいものがあるよ」
おサルさまの手の動きに誘われて、インコが陰部の方に移動した。温かい羽根の固まりがふわふわとペニスを掠めたかと思うと、くちばしがアヌスをつつきだした。
「おいしいかい、ピーちゃん」
おサルさまが愉快そうに笑った。インコがおれのアヌスに挿されていたリンデンブリューデンを食べているのだ。インコのエサ台にされている。陰部に当たるくちばしや爪が、心臓にまで突き刺さるようだった。
花を食べ終えたインコがおサルさまの肩の上に戻っていくまで、おれは努めて何も考えないようにしていた。
間髪を容れず、ぱすたさまがおれの亀頭を口に含み、舌をからめ始めた。
「あ、ああ――っ」
ちゅぱちゅぱと音を立てて吸われて、腰を揺らしてしまう。
「クリトリスを可愛がってもらって気持ちいいんだね。
ぱすたさま、甘やかしちゃ、だめだ。
クリトリスは使わずに、膣だけでいくことを覚えさせるんだよ。いやらしい乳首だけでいかせてもいい。
あるアクトーレスがぼくに教えてくれたよ」
そのアクトーレスはおれだ。おれがおサルさまに教えたんだ。――おれの調教を、おれに施そうというのか。
「ほら、かおるさま、こいつのいやらしい乳首をひっぱってやって」
かおるさまが、顔を赤らめながらおれの乳首をつまんだ。
「遠慮はいらない。落ち着いて。ゆっくりと指の間で押しつぶしてやるんだ。――そう。上手だよ。ごらん。痛くされるのが嬉しいんだよ。よがって、淫らな顔をしているだろう?」
タクさまがもう片方の乳首をぎゅっとつまみ上げた。
「アアッ」
「いいね。乳首がいい色に染まってきた。赤い縄がよく似合っているよ」
おサルさまはくすりと笑って、うっとりと肩のインコに唄いかけるように言った。
「ねえ、こういう姿をしているものを何というのかな。
犬の中には、かつて警官だったり、兵士だったり、SSだったり、会社の重役だったものもいるね。そう、ファビアン・マイスナーはアクトーレスだった。
――でも、ファビアン、今のおまえは何?さあ、鏡をよく見て、言ってごらん。」
鏡の中には、天井に吊られながら淫靡に腰を振っているおれがいた。ペニスからしたたる透明な汁が、アヌスまでぬらして光っている。
「――い、犬です。わたしは、牝犬です」
「そうだね、では、牝犬の仕事は何?」
「ア、わたしの、仕事は、アアァッ、皆さまに、喜んでいただくように、わたしの身体を、使っていただくこと、です」
「そう。おまえのいやらしい身体だ。もう一度お願いしてごらん」
「ア、アア、いやらしい牝犬のお尻を、もっと、可愛がって下さい」
「そう、それでいい」
おサルさまはあでやかに笑って、七瀬さまにひらひらと手を振った。
「よし、では、いけ、牝犬」
七瀬さまが、携帯電話で激しくアヌスをかき回し始めた。きつく縛められていたペニスの縄が解かれ、解放を許された。
「ハアア、アア、ア、アアア、アアアアアアア――」
ケモノのように吊られたまま、おれは精を放った。
長く続く放埒の間、おれの身体はくるくると回され続け、パトリキの方々の思いのままに顔や股間を鑑賞された。
吊りから下ろされたときには、身体中が痺れきっていた。どさりと荷物のように床に放り出されたおれの身体を転がして、Gさまが亀甲縛りを解いた。
緊縛が解かれて、おれは少し自分を取り戻した。落ち着いたところで先ほどの自分の狂態を思い出すと、いたたまれない気分になった。
「上出来だ」
Gさまは、おれの胸から腹へと縄目の後に沿って指をたどらせた。
「洗ってあげよう。こっちにおいで、ファビアン」
いちこさまに言われて、四つん這いになろうとしたが、身じろぐこともできなかった。
「どうした、鞭で打ってほしいのかな」
七瀬さまが笑って乗馬鞭をしならせた。
「や、やめて、やめてください。う、ああ――」
背中に熱い痛みが走った。おれは泥のように動かない身体を引きつらせて痛みに耐えた。手足の枷の鎖がかちゃかちゃと鳴った。
「かわいそうだよ。打つならぼくを打ってよ」
シルルさまの言葉に、七瀬さまがくすりと笑った。頭上でふたたび鞭の唸る音がした。
「ああっ」
痛みはなかった。シルルさまがおれの背中に覆いかぶさって、可愛らしい声で喘いでいた。おれを庇って代わりに鞭を受けたのだ。
「しょうがない方だ。では、任せたよ」
七瀬さまに言われて、シルルさまはおれの上から身を起こした。
「ファビアン、排水溝まで這っていける?」
おれは肘に力を入れて身を起こそうとしたが、そのまま崩れ落ちてしまった。
「まだ、無理です。もう少しだけ、待ってください」
「そう。なら、じっとしてて」
シルルさまの華奢な手がおれの肩を揉み始めた。マッサージをしてくれているのだ。
おれは、Cナンバーの犬となった方々には調教の合間にマッサージをしてさしあげた。恐怖のあまり固くなった身体がおれの手の中で弛緩していく。気持ちよさそうに目を細める様子は、ほんとうに可愛らしかったものだ。
今、同じようにシルルさまがおれにマッサージを施してくださっている。同じ?いやそれ以上かもしれない。シルルさまの手は、魔法のように痛みを癒やしてくれた。おれはうっとりと目を閉じて、優しい指に身を任せた。
「もう動けるね。洗ってあげるから、排水溝まで行こう」
シルルさまのお陰で、血が巡り身体が楽になっていた。おれは四つん這いになり、排水溝まで這っていった。手足の枷の鎖がきしんだ音を立てた。
いちこさまが、温かいお湯のシャワーでおれの身体中に飛びちった精液や汗を洗い流してくれた。
「きれいなあとがついているね」
ひんやりとして心地よいいちこさまの指が、おれの胸の上を踊った。
胸にはくっきりと赤く亀甲縛りのあとが残っていた。隷属の印だ。縛られた痣はなかなか消えない。
それとも、もはやこの先、この印が消えることはないのだろうか?
「軽食のご用意ができました」
フミウスの声に顔を上げると、皿を乗せたワゴンが運び込まれていた。
「ほら、ファビアン。元気が出るよ」
wakawaさまが、サンドイッチを乗せた手をおれの前に差し出してきた。うつぶせの身体を起こして手を伸ばしたところを、七瀬さまに乗馬鞭で叩かれた。
「犬が手を使うのか?」
おれは痛みにひりつく手を下ろし、おすわりの姿勢をとった。wakawaさまの手に首を伸ばして、パンをくわえる。野菜とハムのサンドイッチだった。wakawaさまが犬にするようにおれの頭をなでた。
「食べられそうだね」
覚えていたのか。
あのとき、ケージの中で大きな瞳を瞠って不安そうに震えていたwakawaさまが、今、四つん這いの犬となったおれの前に立っていた。
「おまえのスープだ」
ぱすたさまが床に犬用の皿を置いた。おれはそろそろと舌を伸ばしてスープを飲んだ。
アールズッペ。甘酸っぱい懐かしい味がした。母も時々作ってくれた。ウナギのスープだ。
「ふーん。これがファビアンの味かあ。」
「脂がのっていて旨いね。風味がいい」
「乙な味だな。ドイツ料理も悪くないな」
「おまえもしっかり自分のウナギを食べるんだぞ」
ぱすたさまに、頭をスープ皿に押さえ込まれた。おれは咽せながらウナギを口に入れた。
おれのスープ。食われているのはおれだ。
「声がいつもと違う。何かあったのか」
「ファビアン、おまえ何かやっかいなことに巻き込まれているんじゃないか」
さっきの電話の声が脳裏によみがえった。オークション会場でも親切に忠告してくれた。
おれは、イアンが陥れられたとき、何をしていただろう。
初めて散歩に連れ出されたイアンを、アクトーレスたちが罰しているのを中庭で見かけたときは、急いでその場を立ち去った。
逃げて捕まったイアンが足を串刺しにされたときも、首輪を外されて広場で嬲られていたときも、レストランで皿の上に立たされていたときも、ただ遠くから眺めていただけだった。
――「各デクリオンに告ぐ。こちらは逃亡犬イアン・エディングス」
マイクを通してくぐもった声が忘れられない。あのとき、彼は自ら逃亡犬と名乗りをあげた。
「どう、美味しい?」
蠱惑的に響く特徴的な声とともに、はらはらと白いものが目の前に舞い落ちてきた。リンデンブリューデンだ。クリーム色の花びらがスープの表面に浮き、静かに皿の底に沈んでいった。
ぽとっとスープに水滴が落ちた。おれの涙だった。泣き顔を見られたくなくて、皿に顔を埋めた。おれは、喉にこみ上げてくる固まりを飲み込むように、おれのスープを食べ続けた。
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