リレー小説 ファビアン  ACT5前編 担当 ぱすた様


  水槽から引き上げられたおれは、手足を縛られたまま、排水溝のそばの床に投げ出されていた。

 いったい何度水槽に漬けられ、何匹のウナギを銜えさせられたのだろう。身体も精神も疲弊しきっていた。

 ここにそろったパトリキの方々は、ヴィラで遊び慣れている。調教の知識は古今東西にわたり、斬新なアイディアに溢れているようだ。しかし、所詮、素人集団だ。犬の身体的および精神的負担を考慮しているとはとても思えなかった。生まれたての仔犬にここまでやったら、途端に壊れて使い物にならなくなることだろう。

 しかし、おれは生まれたての仔犬ではないし、Cナンバーを担当するに当たってマギステルの調教も体験したこともあった。そう考えれば、今までのおれへの調教は的を射ていると言えなくもなかった。


 床に横たわるおれの目の前に立ちふさがったパトリキがいた。Gさまだ。
 Gさまの手には、針状の凶器があった。

「始めるとしようか」

 Gさまは実に楽しげな微笑をたたえながら、目打ちの刃を撫で上げた。鈍く光を反射する凶器におれは身を縮めた。
 とがった刃物の先で尿道口をつつかれる。
 ――まさか、このまま突っ込むつもりだろうか。

「ん、くっ」

「かわいそうに。おびえているじゃないか」

 バスタオルを持ったビタさまが、Gさまとおれの間に割って入った。

「そうか?ぼくには期待しているように見えるぞ。ファビアン、このまま突っ込んでほしいんだろう?」

「あ、や、やめて、やめてくださいっ」

「ふふふ。しかしそろそろウナギの準備しなくちゃなあ・・・。」

 Gさまはおれが引き上げたウナギの盥の方に去っていった。あの目打ちはウナギを絞めるためのものだったらしい。

 ビタさまは青竹に縛りつけられた足の縄を解いてくれた。伸ばした足にどっと血が通い出し、ぴりぴりとしびれが走った。身体の芯まで冷え切っていた。ビタさまが上半身の亀甲縛りを解こうとすると、七瀬さまが手を振って止めてしまった。
 温かいシャワーが降り注ぎ、生臭い水が洗い流されていく。ビタさまは、おれを四つん這いにさせて、優しくスポンジで洗い、そっとタオルでくるんで水気を丁寧に拭き取ってくれた。タオルの下で逐精を妨げられたままのペニスがびくびくと震えた。


 部屋の向こう側に大きなガラスのテーブルが運び込まれ、白い布が広げられていた。
 おサルさまがGさまが絞めたウナギを運んできた。

「なんだかヌルヌルするなあ。ファビアンの中に入っていたからかな」

「しっかりこすり取ってくれよ。魚拓をするには、ぬめりは邪魔なんだってネットに書いてあった」

 ぱすたさまは、数本の筆を取り出し、テーブルの上の容器に黒い液体を注ぎ始めた。

「魚拓って、墨を塗った鱗が模様になって映るんだよね。ウナギでもできるのか?」

 いちこさまが怪訝そうにたずねる。

「墨塗って押せば、何か映るんじゃないか。スタンプみたいにさ。」

 ぱすたさまが適当なことを言う。このパトリキはいつも肝心の詰めが甘い。

「うん、まあまあの出来だ」

「じゃあ、急いで調理場に回そうよ。ぼく、ディナーメニューを作ってきたんだよ」

 wakawaさまが取り出したメモを七瀬さまが覗き込んだ。

「美味しそうだ……しかも最後にエスプレッソ!シメが良いね」

「ウナギ尽くしのコースか。うふふふふ。もちろん全てファビアンに味見させるんだろう?人数分用意するにはウナギがもっと必要かな」

 低く笑うGさまの声に、肌が粟立った。

「ぼくは生で食べたい。直接ファビアンを味わいたいな」

「シルルさま、うなぎは生食してはいけないんだよ。生では毒があるんだ」

 さいさまがシルルさまをやさしく諭した。

 とーるさまがおれの方に近寄ってきた。まだヴィラに来て日が浅いが、時として大胆な行動に出るパトリキである。とーるさまは、ビタさまと一緒に、おれをガラスのテーブルの上に抱え上げた。

「膝立ちになるんだ」

 黙って言われた通りにすると、とーるさまはおれの左の乳首に舌を這わせた。それから右の乳首。腹。へそ。最後に、ぱくっとくわえたペニスを、口の中で転がされた。

「はあぁ――」

 堪えきれずに声を漏らした瞬間、とーるさまの口がおれの股間から離れていった。身を起こそうとしたとーるさまと目が合うと、とーるさまは頬を染めて目を伏せた。おれは行き場を失った欲情にうめいた。
 

 テーブルの上の布には、墨で黒々とウナギの形が映されていた。

「魚拓に、釣り人のサインをしてほしいんだよ」

 七瀬さまが筆を差し出した。しかし、おれの上半身は亀甲縛りのままだ。筆を口でくわえようと首を伸ばすと、七瀬さまはおれの顎を指で捕らえて、軽く口づけた。

「ちがうよ、ファビアン。口にくわえるんじゃないんだ」

 七瀬さまはいきなりおれの首を俯せにテーブルに押さえつけた。

「さあ、習字のお稽古の始まりだ」

「まずは、筆の持ち方からだな」

 不格好に尻をあげて突っ伏したところに、Dominusさまが2本の指でおれの肛門を押し開いてきた。そこにすかさず、ぱすたさまが筆の柄を突き刺した。

「うあっ――や、やめろ――あ、ああああ」

 前立腺をこすられた。ぱすたさまは柄の先が前立腺に当たる位置を突き止めると、筆から手を放した。

「よし、これでいい。落とすなよ。さあ、FABIANとはっきりと活字体で書くんだ。失敗したら、水槽からやり直しだ」

 硬い竹の軸の違和感に思わず眉をしかめた。気を抜いたら、筆を落としてしまいそうだ。不自由な上半身でバランスを保つのに苦労しながら、少しずつ腰をかがめていった。

 位置を確かめようと下を見てぎょっとした。なんとシルルさまが、ガラスのテーブルの下に座り込んで、おれを仰ぎ見ていた。

「ねえ、ここからよく見えるよ。筆をくわえたアヌスが、ぴくぴくしている。筆の先が布につくと、きゅって締まるんだよ」

「シルルさま、そんな所にいないで、こっちにおいで」

 おサルさまに呼ばれて、シルルさまはテーブルの下から這いだした。おれが薔薇鞭で打つはずだった可愛らしい裸のお尻が、ぴょこぴょこと動いた。おサルさまが立ち上がりかけたシルルさまの乳首をひねりあげると、シルルさまは嬉しそうに小さく喘いだ。
 
 ほっとするまもなく、七瀬さまの妖艶な声が響いた。

「姿見の鏡をテーブルの下に差し込んでくれ。そうすれば、みんなで見られるだろう?」

 七瀬さまの指示通り、長い鏡がテーブルの下に斜めに置かれた。
 字を書こうと下を見るたびに、筆をくわえ込まされた自分の肛門が目に入った。鏡を覗き込むパトリキたちも映り込んでいた。いったい何人いる?少なくとも20人近くはいるようだ。羞恥で身体中がほてってきた。情けなくて泣きわめきたくなる。


 泣きわめけばいい。

 パトリキの方々は、おれのプライドが打ち砕かれるのを見て楽しんでいるのだ。日頃ポーカーフェイスを崩さないアクトーレスのおれが乱れていくのは、さぞかし面白い見せ物だろう。
 しかし、いったんただの犬に成り下がってしまえば、The End。ショーは終わりだ。パトリキの方々の熱はきっと冷める。たとえ犬のまま解放されないとしても、この絶え間ない調教地獄からだけは逃れられるはずだ。

 そう分かっているのに、どうしても泣きわめいて許しを請う気にはなれなかった。プライドは、犬であるにはまったく無用の長物だ。アクトーレスとして数え切れないほどの仔犬やCナンバーの調教に立ち会ってきたというのに、おれはいったい何をやっているんだろう。自分の番になってみると、まるで計算通りにはいかなかった。


なんとかBまで書き終えてほっと息をついたとき、さいさまがおれの傍らに立った。

「どうも筆遣いがうまくないな。筆の予備もあることだし、ファビアンに教えてやらないか」

 その言葉に応じて、タクさまが嬉しそうにテーブルの上に駆け上がった。

「ぼくがやるよ」

 言うなり、タクさまはズボンを脱ぎ捨て、おれの隣で四つん這いになった。

「ね、ぼくにやらせて」

 片手で尻たぶを広げ、もう片方の手に持った筆をそろそろとアヌスに近づけていく。

 パ――――――――ン!
 いきなり空中に白く大きな扇状の紙が現れ、タクさまの後頭部に振り下ろされた。

「なんでやねん。おまえが尻に筆さして、どないすんねん!」

 見知らぬパトリキに一喝されると、タクさまは残念そうにズボンをあげて、しょんぼりとテーブルから降りていった。白い武器は現れたときと同様、またたく間にあとかたもなく姿を消してしまった。


 おれの右側に立ったさいさまの手には新しい筆が握られていた。

「ほら、こういうふうに筆の穂先から下ろしていくんだよ」

 そう言ってさいさまは筆先をおれの乳首に押し当ててきた。

「ひっ」

「いいかい。筆先からそっと下ろしたら、力を抜いて勢いよく引っ張るんだ。ほら、こういうふうに」

 何度もおれの乳首を筆先で押しつぶして、乳輪に円を描いている。

 さいさまに促されて、wakawaさまとRayさまが近寄ってきた。
 wakawaさまはおれの左側から手を伸ばして、筆の先端を尿道口に差し入れた。

「筆先の使い方が大切なんだよ。こんな感じに最初に下ろしたときに形を整えるんだ。力加減も大切だよ。ね、力を入れすぎないように、抜きすぎないように。わかるかな?」

「はああああ、ああ、ああああ」

 wakawaさまの筆がペニスを丹念に撫で上げた。裏筋をやわやわと摺りながら、筆が繰り返し行き来する。おれは段々と声を殺すことができなくなってきた。

「んん、ん――」

 背後にたったRayさまの筆が、おれの肛門をなぞった。

「力が抜けすぎているよ。この辺りにも緊張感が足りないな。しっかり支えなきゃ」

 会淫部にRayさまの筆が踊った。

「あ、ああああ――」

 一斉に筆で撫で回されて、身体中にさざ波が起こった。身をよじっても、三方から伸びてくる筆から逃れることはできなかった。快感で脳が焼き切れそうだった。

「ファビアン、なにをやっている」

「くは」

 Dominusさまに、ぐっと筆を突き込まれた。

「落とすつもりか。早く、教えてもらった通りに書け。それとも、もう一度水槽に入りたいのか」

「い、いやだ。――すみません。待ってください。――つ、続けます」

 おれは、縛られたままの腕で自分自身の身体を締め付けて、正気を保とうとした。
 残り半分だ。マギステルに拘束されたまま一晩中羽根でくすぐられ続けたことを思えば、素人のパトリキの筆など大したことはない。

 再び腰を落として筆先を布に押しつけた。Dominusさまが満足そうにつぶやいた。

「ふむ。しっかりくわえ込んでいるな。筆は気に入ったか」

「もう少し、下の方を持った方が安定するんじゃないか?」

「ぐ、ああああっ」

「なあ、そうやると、ファビアンの中が見えるぜ。ハイビスカスみたいにいやらしい色をして、ぴくぴく動いている。」

 テーブルの下の鏡をパトリキの方々が覗き込んでいた。視線が全身にからみつき、腸の内部まで入り込んでくるようだ。おれは字を書く作業に集中しようと努めた。

 最後まで書き終えて、床に下ろされ筆が抜かれたあとも、肛門がひくつくのを抑えることができなかった。
 まだ何か入っているような感覚に襲われる。いまだに射精は許されない。快感に肌がざわめく。
 おれは冷たい床に額を押し当てて、つかの間の安らぎを求めた。



「す、すごいっ、すごいです。最高ですっ」

 フミウスの朗らかな声が静寂を破った。彼の周りにパトリキの方々が集まって、仕上がったばかりの魚拓を鑑賞しているようだった。

「さっそくバシリカに飾らせていただきますねっ」

「少し、BとIの間が離れすぎているようだね。F-A-B.........I-A-Nか」

 ぱすたさまの声が弾んだ。

「そうだ、イアンに電話しよう。ファビアンと話をさせてみないか?」

 胸の隠しポケットから携帯電話を取り出したぱすたさまを、ヤマさまが押しとどめた。

「待て。ぼくにいい考えがある。――ファビアン、おまえの携帯電話はどこだ?」

「――持っていません。今日は、家に忘れてきました」

「本当に?」

「はい。本当です」

 嘘だった。
 おれの携帯電話はワゴンの鞭の下に忍ばせてあった。Cナンバーの調教が始まる前に、音もバイブも鳴らないマナーモードにしてある。仮にパトリキの誰かが試しに電話をかけたとしても、気付かれるはずはない。
 イアンの携帯電話の番号を知りたいわけではないのだ。使い道は、大体予測が付く。用心するに越したことはなかった。

 疑わしそうに、ビタさまがご自分の携帯電話を取り出した。

「ぼくは君の番号を知っている。かけてみれば、わかるんだぞ」

「どうぞ」

 ビタさまが番号を発信した。他のパトリキの方々はしばらく辺りを見回していたが、やがて諦めて首を振った。

「気配はないようだな」

 ビタさまが残念そうに電話を切った。

 ルールールルー・・・

 だしぬけに鳴り響いた着信音に、おれは慄然とした。フミウスからの電話の着信音だった。
 部屋の片隅で、フミウスが携帯電話を手に婉然と微笑んでいた。

「ファビアン、嘘はいけませんね」

 調教中であっても、フミウスからの電話だけは確実に繋がるように、着信音最大に設定している。突発的な事態が起きて、調教を中断しなければならない場合の緊急連絡を想定しての措置だ。
 もとより炯眼のフミウスをごまかせるはずはなかった。勝ち目のない賭けをするべきではなかったのだ。

「あった」

 wakawaさまがワゴンからおれの携帯電話を見つけ出し、頭上に掲げて皆に振ってみせた。
 パトリキの方々から歓声があがる。同時に四方から浴びせられた鋭い視線におれは俯いた。

「甘く見られたものだ。ファビアン、覚悟はできているんだろうな」





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