「散歩日和」(ヒロ視点)
主人から手術の話を聞かされたとき、俺は驚きこれは夢ではないかと耳を疑った。
「こないだポルタ・アルブスに行った時に外科部長と話ていたら、ヒロが手術を受けた頃よりさらに優れた人工骨や人工関節が開発されてるって言われてね、もう一度受けてみたらどうかと思ったんだ」
マキシムのプレゼントである俺にとって、それは信じられない提案だった。
主人からすれば自分のペットのおまけみたいな俺の存在の事を、ちゃんと考えてくれていたなんて・・
「今のままだと歩きにくいだろう。本当はヒロも連れて散歩したいが、家の中ならまだしもその足では四つん這いで長い距離は大変だと思って我慢してたんだ」
「えっ!? 」
その言葉は俺に衝撃を与えた。
主人はびっこを引いている俺を連れているのが格好悪くてマキシムだけ連れていたのではなく、俺の足を気遣ってくれていたというのだ。
「マキシムだけ連れて出ても、あいつはつまらなさそうにするから、すぐに戻る事になる」
「ご主人様・・・」
「私は2人を連れて散歩に出たいって、ずっと思ってたんだよ。そしたら外科部長が手術をすれば、びっこを引かずに歩けるようになるだろうって言ってくれて、僕がどれだけ嬉しかったからわかるかい?」
主人は本当に嬉しそうに、足元に跪く俺の頭を撫でた。
「でもね。手術ってからには100%の保障はない。いくらヴィラの医療水準が最高のものであっても、手術中に何が起こるかはわからないんだ」
「はい」
「僕のただ『散歩に出たい』って願望の為に、ヒロを危険に晒すのもどうかと思ってね」
「そんな・・俺はご主人様にそこまで考えてもらえてたってだけで幸せです」
「普通に生活するには別に不自由はないのに、わざわざ手術をする必要もないんだよね」
「俺はご主人様に従います」
たとえ危険な手術であったとしても、ご主人様が望むならかまわない・・・薬殺寸前だった俺を拾ってくれただけじゃなく、ここまで俺の事を考えてくれてたなんて、本当にそれだで十分だ。
もし俺が治って、以前のようにスムーズに歩けるようになるのなら、それで主人が散歩に連れて出たいと言ってくれるなら、俺は本当の犬でも何でもなる。
主人のペットであるマキシムのペットの俺。
その俺を一緒に連れて出たいと言ってくれるなんて、幸せ過ぎて怖いくらいだ。
「手術自体はそんなに難しいものじゃないと言ってた。ただ麻酔が切れた後と、その後のリハビリは少し大変だと思う」
「はい、その経験はあるのでわかります」
「それでも受けると言えるかい?」
「俺もこの足には、あまり良い思い出はないので、もし手術を受ける事でスムーズに歩けるようになるのなら」
「手術を受けさせるなんて言ったら、マキシムに怒られるだろうな」
主人はそう言って苦笑いした。
確かに俺の体の為じゃなく、散歩の為というのは不純な動機かもしれない。でもそれでも俺には主人の気持ちが嬉しかった。
そして俺は手術を受け、心配していた最悪の事態も起きず、無事に帰還した。
麻酔から覚めた俺が1番最初に見たのは、真っ赤に充血した目に、いっぱいの涙を溜めたマキシムの顔と、少し困った表情をした主人だった。
――― 生きていて良かった
その時、すごく心に溢れた感情
俺のことを心配し、俺の為に泣いてくれる人が居る。
――― あぁ、神様ありがとう!
普段は存在すら信じていない俺だけど、今すごくあなたに感謝したい
この2人の傍で生きていける幸せ。
「マキシム、ヒロ。見てくれ」
主人は嬉しそうに手に持ったリードを俺達に見せる。
「2人お揃いにしようかとも思ったけど、それぞれ似合う色の方がいいかと思って」
そう言って、マキシムには赤、俺には青のリードを首輪に付ける。
「うん♪ 2人ともよく似合ってる」
満足そうに微笑む主人に、俺もちょっと嬉しくなる。
「ヒロ、本当に大丈夫?」
リハビリを終え、退院後も俺を気遣い、何かと世話を焼いてくれていたマキシムは、散歩に出るのを心配する。
「もう痛みもないし、逆にスムーズに動けるようになった分、すごくラクだよ」
四つん這いの姿勢のまま『ありがとう』と、マキシムの頬にキスをする。
「さぁ2人とも、今日はすごく良い天気だ。まさに散歩日和だよ」
この日を待ち望んでいてくれた主人は、2人並んだ俺達を喜色満面の笑みで見つめる。
そして俺は、久しぶりに犬として主人に引かれ、ヴィラの町へと散歩に出た。
犬としてこの町を散歩する事が、こんなに嬉しいなんて感じたのは、ヴィラに来て以来始めてのことだった。
確かに今日は良い天気。
楽しそうな主人、隣に寄り添うマキシム、これからは散歩が好きになりそうだ♪
―― 了 ――
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