秘密の犬―Parentalia(死者のための祭り)
  ポンティフェクス・ふみ・コバシウス様作品


「アルフレッド、いらっしゃい」
 祖母は天蓋付きのベッドから私を呼んだ。
「お前はお父様のようになっては駄目ですよ」
 祖母の筋張った手が私の頬を撫でた。
 祖先の肖像画が私たちを見下ろしていた。黒い燕尾服、白くたくわえた顎鬚、鋭い眼光。その目は青く凍てついて私を射た。

 オールド・マネー(世襲の財産を持つ資産家)、アメリカの貴族。
 私の育った家はそんな家だった。
 父は、莫大な財産、土地、株券、名誉、ありとあらゆる豊かさを生まれながらにして受け継いだ、その家の後継者だった。母は、生まれ育ったイギリスの古い城を守るためだけに父に嫁いできた。
 当然、両親は私が生まれてすぐに別々の人生を歩くようになった。自由の国アメリカは、彼らにとっては巨大な監獄だったから、その地に留まることはなかった。広大な屋敷に取り残された幼い息子のことなど、思い出しもしなかった。
 見捨てられた赤ん坊は、古き良きアメリカそのものである祖父母、二人の執事、二人の乳母、多くの使用人が世話をした。
 ーもちろん、彼らの結婚は双方に有益であり、互いが互いに干渉することさえなければ、特別、婚姻関係を解消する必要などなかった。
 父は、妻は慈善事業に熱心で世界中を飛び回っているのだ、と公式なパーティーで「親しい女友達」を同行させて微笑み、母は、「ハンサムな秘書」と参加した別のパーティーで、イギリスの伯爵令嬢として遇され、慈悲深いアメリカの富豪夫人として紹介された。
 たとえ10年間一度も顔をあわせなくても、何の問題もないらしかった。
 息子には時々会っていた。間違っても偶然二人が出会ったりしないよう慎重にスケジュールが調整された。

 祖父は今ある財産をよりいっそう増やすことに熱心で、小さな子供には興味がないようだったが、祖母は、期待はずれの長男の子供―両親に見捨てられた哀れな子供である私を可愛がった。古い邸宅に私を呼んでは歌うように語って聞かせた。メイフラワー号で新天地に降り立った最初の人々の冒険を。
「彼らは未知のものを恐れない勇気を持っていました。偉大なる開拓者の魂。そして、その身を流れる血は高貴なブルー・ブラッド。おお、アルフレッド、信じられますか?私たちの身体には国王の血が流れているのですよ」
 祖母の頭からは、私の母の実家、本物のブルーブラッド、何代かさかのぼれば、祖先と婚姻した王女や王子によって、正式に王家とつながる血のことなどはすっぽりと抜け落ちているらしかった。
 やがて祖母の話は、日々堕落した日々を無為に送っている彼女の息子たちに及び、その将来を憂え、そして私に対する過剰な期待を延々と述べるのだった。私はあくびをかみ殺し、太ももをつねることで睡魔と闘いながら、思っていた。これから続くであろう、ぞっとするほどくだらない人生を。

 幼い頃から私は多くの物事を知っていた。書物は一瞥するだけでそのすべての知識を私にさらけだし、捧げた。小さな箱は幼い指でキーを押されて征服された。
 やがて、教師は私と目を合わせることを恐れた。神童と呼ぶ人々もいた。けれど、そのころから私はそんな自分にまったく興味がなかった‥本当に、まったく。完全に。

 天才の域にある高い知能、艶やかなブロンド、ブルーエスト(最も青い)と称される青い目。地中海の青。
 私を飾る体毛はどれもこれも黄金だったけれど、いかなる神の気まぐれか、整のえる必要のない優美なフォルムの眉と、くるりと上を向いた睫毛は茶色く染まっていた。眉墨もマスカラもいらないわね、と女友達は笑った。
 精巧な作り物のように整った目鼻立ち、華奢で儚げな風情から、天使のようだと称された少年期を過ごし、青年期を迎えた。
 肌は無垢な乙女のように滑らかなままで、その色はミルクに一滴バラの花びらを落としたようだ、と評された。そして私には黄金率の美しい体格とそれにふさわしいだけの充分な運動能力が与えられた。
 ギリシャ彫刻のように完璧だ、と周囲の人間は言った。

 私はいつでもどこでも引く手あまただったー色々な意味で。
 名門ボーディングスクールから、名門大学に進み、社交クラブで同じような階級の人々と共に過ごし、ビジネススクールを優秀な成績で卒業し、MBAをとった。努力は必要なかった。
 私は人より早くすべての学業を終えたから、時間は余りすぎるほどあった。母の希望もあり、イギリスの大学に留学した私は、そこで自分自身を知ることになる。パブリックスクールの秘匿された伝統に、正しく耽溺した級友たちがたくさんいたからだ。

 私はそこでも当然人気者だった。彼らー背徳の淫らな遊びを楽しむ級友たちは、美しく奔放で手馴れていた。そして、相手の隠された素質を見ることに長けていた。
 やがて彼らのうちで最も美しく魅力的な青年が、慎重に優雅に私を誘い、私はたやすく陥落された。私は未知の世界に溺れ、楽しみ、そして自分の中にひそむ厭わしい願望を知った。男立ちの美しく逞しい肉体を傷つける暗い情熱。
 最初に私を誘った青年は、古い高貴な血が生み出す淫蕩な精神と肉体で私を溺れさせ、ある日、私の腕の中で美しい肢体を惜しげもなくさらして、言った。
「面白いところがあるんだ」
 僕も教えてもらったんだ。きっと君も気にいるよ、と、ジェレミーはその高貴で美しい顔を、なぜだか醜く歪めて言った。
 そして私は狂った町に降り立ち、そこで主人となった。


 国王の血を引く王族でないものがどういう存在であるのか、祖母は知らなかったのだろうか?それは芳しい香りがする、私にとても近い香りが。
 彼らは決して王位継承権を持ちはしない。なぜならば、その母親は王と正式な婚姻を結んではいなかったからだ。
 偉大なるロイヤル・ミストレス、王の愛人。中には、あまり褒められたものではないーけれども華やかな紳士や金持ちたちとの経歴を持つものもいた。男たちを渡り歩いているうちにいつの間にか成り上がったけれど、本来は王宮に出入りすることなどかなうはずのない身分のものもいた。愛人たちは爵位をもらい(すなわち領地、すなわち財産をもらったということだ)、貴族の夫人の称号で微笑んでいたけれど、その実は高級娼婦にすぎないのだ。
 ‥私の祖先にふさわしいではないか。

 そう、私、アルフレッド・ジュリアス・ヘンリー・マイケル・ウィンターW世は、淫らな娼婦だった。愚かにも、その事実に長い間気づくことはなかった。そして、今はただの犬だった。
 自らの無知の報いを受け、狂った町を治める残酷な支配者の下で、首輪につながれ惨めに飼われているー




秘密の犬―Parentalia(死者のための祭り)




 尿意に苛まれて目が覚めた。身体の下にあるひんやりとした固い感触に顔をしかめると、やっとのことで重い瞼を開けた。あたりは暗く、闇に慣れない目は何も見ることができなかったが、眼前にぼんやりと浮かぶ格子は見てとれた。
 私はケージの中にいた。腕を動かし、周囲を探る。毛布もシーツも与えられてはいなかった。冷たい金属が私のベッドだった。


 昨夜はレストランでウェイトレスとして過ごした。いつもよりいっそう滑稽な姿で私は仕事に従事していた。
 肩まで伸ばした髪は、丁寧にカールされ、白いフリルのヘッドドレスをはめられていた。首輪を隠すようにはめられたチョーカーとはおそろいだ。
 大きく胸の開いたこれもフリルたっぷりの白いブラウスには、赤いタータンチェックの縁取りがされ、パフスリーブの袖とお尻が半分出るほどの短いプリーツスカートも同じタータンチェックだった。その下には白いレースのパニエがふわりと膨らませてあった。下着をつけることは許されなかった。
 パニエはスカートよりわずかに長く、歩く度にレースがペニスに触れ、私は熱い息をついた。髪と同じ金色の陰毛はきれいに剃られていた。足元はいつもの細いハイヒールではなく、丸いトウに厚底で、高さは6インチ(約15センチ)ほどもあった。

「ロリータというファッションなんだ。不思議の国、日本発だぜ。これほど似合う相手にめぐり合えて、俺は満足だよ」
 メイクの必要がないくらいきれいなんだもんなあ。
 衣装を担当するスタッフは私を見て満足気に笑った。私にはピエロの出来損ないにしか見えなかったが。

 レストランの客たちも淫らなピエロの姿が気にいったらしい。悪戯に伸ばされる手はいつもより多かった。尻をなで上げられ、ペニスをつかまれ、私は悲鳴ではなくあえぎ声をあげた。

 客の中には顔見知りのパトリキがいた。用もないのに劇場やレストランをのぞいては、私を見つけると嬉々として無慈悲に弄ぶ趣味の悪い男だ。
 同じパトリキとして会った時には、惨い主人との噂は聞かなかった。ハリウッドの男優にも似た深い緑の目と黒い髪、そして洗練されたスマートな物腰と遊び方で、犬たちにも人気のご主人様だったが。
 劇場の売り子をしていた私を、広場に引きずって行き、首輪をむしり取って放置したこともある。客たちは喜んで私を嬲った。
また、産卵は男の大好物だった。実にバラエティにとぶ様々な物が押し込まれ、私は産んだ。そして少なくない回数、私は産み落としたものを口にした。

 新しい客をテーブルに案内して、厨房へ戻ろうとすると、不意に腕をつかまれ、引き寄せられて腰を抱かれた。あの男だ。
「やあ、君。犬の生活は随分楽しそうだね。さあおいで、マイ・レイディ。今日はまた特別可愛らしいじゃないか。ほら、まずは挨拶をしなさい」
 男は楽しそうだった。私とあまり年齢は変わらない。
国こそ違え、表の私の生活圏と重なることの多い男だ。私の両親や従兄弟や友人たちのことも見知っているだろう。ヴィラでのことを吹聴するほど愚かではないだろうが、憂鬱な気分は消えなかった。
 客の命令を拒否することは許されない。
 私は唇を噛んで足元に跪いてうずくまり、男の靴に口づけをした。尻が上がり、スカートとパニエがめくれて秘所が顕わになった。後ろの客が口笛を吹いた。
 アヌスにはディルドがはめこまれ、スカートとおそろいの生地でできたバンドで止められていた。口付けの後は口上だった。犬のすることは決まっている。
「ご主人さま、どうかいやらしいメス犬を可愛がってください。ご主人さまの偉大なペニスを、私にご奉仕させてください」
 何が偉大だ。コックなんて誰でも同じだ。それでも私は恥ずかしそうにうつむいて主人の言葉を待った。男は満足そうに笑うと、前をくつろげた。男のものは大きく、黒ずんでごつごつしていた。
 私はそのグロテスクなペニスを見ると鼻を鳴らし、むしゃぶりついた。私は犬で、主人のペニスは褒美だった。信じられないことに、私は興奮し、喜びを覚えていた。慌てて奥まで咥えたせいで、陰毛が口に入ってじゃりじゃりと音を立てた。それを吐き出すと、再び奉仕を続けた。
 ほどなくペニスは膨れ上がり、苦い味が広がったが、私は構わず舌を使い、吸い込み、吐き出し、口内全体を使って愛撫した。
すぐに呻き声が聞こえ、喉の奥に飛沫が跳ねるのを感じた。私の喉をすべって体内に落ちていくそれは、甘露のようだった。残滓を丁寧に舌でなめとると、ペニスはまた固く立ち上がってきた。
 それを見て私のアヌスはずくりと疼いた。早く欲しかった。朝から刺激を与えられ続けた後ろはすでに限界だったのだ。口の端から唾液が一筋落ちた。私は奉仕を続けながら、期待を込めて主人を見た。
「マイ・レイディ、バンドをはずして卵を産みなさい。皆さんにもよく見えるようにね」
私は従った。ディルドが抜け落ちる瞬間、スカートとパニエを自分で持ち上げると、尻を高くあげた。高い音をたててディルドが産み落とされると、私は達し、床を汚した。
「お前が汚したものだろう、ちゃんときれいにしろよ」
 容赦なく靴で尻をけられ、私は這いつくばって床に飛び散った液体をなめた。屈辱より、主人の気が変わらないうちに、主人のものを受け入れることができるだろうかということのほうが気になった。
 主人は、後ろ向きに膝の上へ乗るよう命じた。私は嬉々として従ったが、すぐには与えられなかった。
 大きく胸の開いたブラウスは、少し下げるだけで乳首を露出した。極太のピアスで貫かれているそこをさんざん嬲られた末に、やっと許可をもらえた。
自分でずぶずぶと砲身を受け入れ、根元まで埋め込んだ瞬間、達していた。それでも熱は収まらなかった。動いてくれない主人にじれて、私は自分で腰をまわし、上下し、主人のペニスを私の快楽の源にすりつけ、淫らなダンスを踊った。
しばらくして、テーブルに手をつき、涎をたらしながら腰を回していた私の前に皿が置かれた。それが意味することに私は気づき、絶望し、振り向いた。主人はにやにや笑っていた。
 私は苦労してシリコンのスパゲッティを食べた。水もたっぷり与えられた。それが何であるかを私はよく知っていた。主人たちの好むプレイのひとつで、私も楽しんだことがある。水には下剤が入っており、スパゲッティはシリコン製だ。
やがて主人が達し、私は膝から降り、跪いて主人のペニスを舐め清めてから、足元に蹲った。腹の痛みはすぐにやってきた。随分即効性のある下剤だ。無駄だとわかっていたが、主人の慈悲にすがってみることにした。それも犬の嗜みのひとつだ。
「ご主人さま。お願いです。外に、外に連れて行って」
 願いは当然聞き届けられなかった。お約束の会話だ。
 やがて、私は苦痛と羞恥に泣きわめきながら客たちの目の前で、色のついた水のような薄い便を排泄した。固形物がなかったのは、客たちに可愛がられるために、朝、充分に洗浄されていたからだ。
 その後は、みっともなく尻からぶら下がったシリコンのネックレスが私を苦しめた。客たちはそれをひっぱり、押し込み、私にひどい言葉をかけ、返事を求めた。誰かがペニスにきつく紐を巻いた。私は絶望に呻いた。そして、延々と続く陵辱に、やがて私は身体を起こすこともできなくなり、すすり泣きながら床に伏せていた。

「そろそろ終わりにしよう」
 主人は、泣いてばかりいる私にすっかり興味をなくしたように冷たく告げると、一度にネックレスを引き抜き、前の戒めをはずした。私は叫びながら精を漏らした。笑い声が響いた。
 いっちゃったのか。なんてパトリキだ、ミスター・ウィンター!

 排泄物と精液に汚れた衣装をまとったまま、床に倒れて私は涙を流し続けた。かつての知人に辱められることより、プラエトルの怒りを恐れて私は震えた。




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