Phil runs for his life
逃げるフィル
花園の庭を這いながら、ご主人様の方に振り返った。
ばかげたフリルが視野を狭めていて、思い切り首を回さなければならなかった。
フリル越しに、ご主人様がおれを見ているのが分かった。とろけそうな眼をして微笑んでいる。
照れくさくなって、姿勢を戻して更に数歩這ったが、また気になって振り返ってみた。
やっぱりこちらを見ている。
どれだけどちらに進もうとも、振り返るたびにご主人様の眼が優しくおれに注がれていた。
おれはなんだか歩きたての幼児みたいに嬉しくなっていた。
ご主人様は片時もおれから眼を離さない。
おれを可愛いと思っているから?それとも逃げるのを警戒しているからだろうか?
いずれにせよ逃げる隙はないが、今おれはご主人様の視界から逃れようと大急ぎで這っていた。
尿意を催していて、膀胱が我慢の限界に来ていたのだ。
ご主人様からは排泄の前には必ず知らせるように命令されていた。
しかし知らせたところで、おむつを外してもらえるわけではなかった。
おれがどんなに懇願しても、トイレには行かせてくれない。
ただ、おむつに垂れ流す時の顔を終始観察されるだけだ。
人としての尊厳を奪われ、プライドをずたずたにされている顔を。
いやだ。他のことはともかく、それだけはどうしても耐えることはできなかった。
赤やピンクのゼラニウムの花壇の陰で身を縮めて顔を隠し、おれは密かに用を足した。
張りつめた膀胱の苦痛から解放されて、ほっと吐息をついた。
同時にじんわりと不快な温かさがおむつ全体に広がっていった。
「何をしている?」
突然背後から声をかけられ、おれは飛び上がった。
いつの間にかご主人様が真後ろに立っていた。
「どうした、フィル。質問に答えなさい。」
「何もしていません。ゼラニウムが綺麗だから、ぼく――ヒッ!」
前触れもなく腹をまさぐられた。
「濡れているな。フィル、なぜ教えなかった?わたしの命令が聞けないのか。」
「間に合わなかったんです。それに、ご主人様の手を煩わせたくなくて――ウワッ!」
ご主人様の手がおれの乳首をひねりあげていた。怒りに燃えた眼でおれを睨みつけている。
「ごまかすなよ、フィル。わたしも見くびられたものだな。」
おれの言い訳はご主人様を完全に怒らせてしまったようだった。
ご主人様は、いやがるおれの口におしゃぶりを突っ込み、首輪にリードをつけると、引きずるようにして早足で歩き始めた。
連れていかれた先は、公衆浴場の温浴室だった。
ご主人様に言いつけられてアクトーレスが、ベビーベッドを運んできた。
アクトーレスは部屋の中央にベッドを据えると、おれを抱き上げて柵の中に寝かせた。
両手を枷で柵に繋がれる。さらに足を折り曲げた形で、膝と足首も枷で柵に固定された。
解剖される蛙みたいだ。ペニスも股間も丸見えだった。
頭上に、ベビー用のモビールが取り付けられた。
淡いピンクのうさぎや水色のペガサスやクリーム色のあひるが、揺れている。
ご主人様はおれの乳首のピアスに通した鎖を、モビールの軸に結びつけて下に引っ張った。
軽やかな音楽に合わせて、モビールが回り出し、乳首の鎖が吊り上げられた
ちぎれそうな痛みに悲鳴をあげたおれに全く頓着せずに、ご主人様はカードに何か書きだした。
書き終わったカードをクリップでモビールの先に留めたのが見えた。
『フィルはおしっこを教えられない困った赤ちゃんです。お仕置きしてください』
「あ、あ、あ――んん――」
おれは痛みまじりの快楽に喘いでいた。
ご主人様は、おれのペニスの先にローターを取り付け、最小のメモリに会わせてスイッチを入れた。
モビールが、子守歌に合わせて上下に揺れながらくるくると回る。
乳首の鎖が引っ張られて、おれは無意識に上半身を浮かせて身体を揺らしていた。
「やあ、久しぶり」
ご主人様に客の一人が声をかけてきた。
「いい声で鳴いているな。フィル・クロネンバーグか。調教はうまくいっているか?」
「いや、まだまだだな。さっきもわたしを騙そうとしたよ」
「ははは。そこで騙されないところが、今までの奴らと違うところだな。――何があった?」
子守歌が終わった。鎖がゆるんでほっと息をついたおれに、ご主人様が言った。
「フィル、おまえのしたことを説明するんだ。」
「――ご主人様におしっこの前に教えませんでした。」
「なぜ」
「ぼくが赤ちゃんで、間に合わなかったから――ああっ」
ピアスの鎖を引っ張り上げられた。
「まだ騙すつもりか?本当のことを言わないと、ペニスにもピアスをつけさせるぞ」
「いやだ!ごめんなさい!言います、言います。――しているところを見られるのが恥ずかしいんです。だから、ご主人様の見てないところでしようとしました。」
ご主人様は、苦笑いをした。
「やっぱりな。そんなことだろうと思ったよ。悪い子だ。きっちりお仕置きしてやるからな」
「どうするんだ?ペニスにピアスか?」
「いや、もっといい考えがある」
2人のやりとりを聞いて、おれは震えそうになるのを必死でこらえた。怖がっているところを見せてはダメだ。
ご主人様は、おれの腹の上にガラスの器を置いた。ずっしりと重い。中には色とりどりのビー玉が入っていた。
「ビー玉が30個ある。
今から、ここにくるお客に、モビールの紐を引っ張って回してもらうように言うんだ。
一回につき1つずつ、ビー玉をおまえの尻に入れてもらいなさい。
器が空になるまでね」
おれは真っ青になった。自分の耳が信じられない。ご主人様の知り合いが吹き出した。
「楽しいお仕置きだな。フィル、良かったじゃないか、ピアスじゃなくて」
「む、無理です。そんなことできません、おねがいです。ほかのことならなんでもします」
おれの嘆願を聞いて、ご主人様が満足そうに微笑むのが見えた。――しまった。
「さあ、フィル、最初はこちらのお客だ。お願いしなさい」
「――」
「黙っているとずっとこのままだよ」
おれはぐっと奥歯をかみしめてから、口上を言い始めた。
「フィルはおしっこを教えられない困った赤ちゃんです。お仕置きしてください」
「どうお仕置きしてほしいか説明するんだ」
お仕置きしてほしい、だって?お仕置きなどしてほしくないさ。しかしおれは続けるしかなかった。
「ぼくのお尻にビー玉を入れてください。モビールの紐を引いてください」
「よし、お望み通り、お仕置きしてやろう」
客はモビールの紐が引いた。音楽が鳴ってペガサスやうさぎが回り始めた。乳首がちぎれそうに痛む。
それから腹の上の器からビー玉をつまみ上げると、おれの尻の穴に押し込んできた。
「うっ、ああっ――」
冷たく固い異物感におれはうめいた。反射的に押し出そうと肛門がうごめく。
弱いローターの刺激がたまらなかった。いっそ、もっと強ければ楽になれるのに。
「出すなよ、フィル。後ろも前もしっかり締めてろ。出したら最初からやり直しだ」
「あ、あ、あ」
痛みと快感のあまり、おれはいつか涙を流しながら、腰を振っていた。
曲が終わる。
「ほら、お願いするんだ」
アクトーレスに催促され、おれは口上を口にした。別の客が寄ってきた。
「へえ、フィルか。いい格好だな。なんか言ったか?よく聞こえなかったぞ」
「お仕置きしてください」
「どんな理由でお仕置きされているんだ?」
わざとだ。この客は、さっきからここにいたはずだった。おれは唇をかんだ。
「ぼくがおしっこを教えられない困った赤ちゃんだからです。ぼくのお尻にビー玉を入れて、モビールの紐を引っ張ってください」
「ビー玉ね。これか?」
客はもったいぶった手つきでビー玉を取り上げ、おれの口に突っ込んだ。
「ちがいます。お尻です。お尻の穴にビー玉を入れてください」
ばかげたことを言わされる屈辱に涙がにじんだ。客はにやにやしながら、ビー玉を口から出して肛門に入れ直し、そのまま指をつき入れて中でぐりぐりと回した。
「あ、ここにもう1つ入っている」
客の指が動いて、ビー玉がある場所をさわったとき、快感がかけめぐった。
「ああっ」
「こんなので感じているのか。淫乱な身体をしてやがる」
モビールの紐がぐいと引かれて、曲が始まる。次第に周りに人が集まってきていた。
「こいつは見物だな。フィルが尻を振って踊っているぞ」
「次のビー玉はおれに入れさせてくれよ。こいつには苦い思いをさせられたんだ。ちょっと鞭で打っただけですぐ気絶さ。」
「その次はわたしが入れるぞ。わたしにはしおらしいふりをしてきた。したたかな悪女のような騙しっぷりだったよ。」
おれの罰は客たちにはいい鬱憤晴らしになるようだった。仮面を作ってごまかしてきたツケが回ってきたのだ。
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