『いやがれば、必ずやる。欲しがればもらえない。商売と同じだ。』
おれは、1年半、ヴィラを出るという目標のために知恵を絞ってきた。
ヒマさえあれば、ここから逃げる手段と、その時まで楽に生き延びる方法に、策略を巡らした。
逃げようとしたのは、ここに連れてこられる前と合わせると、計3回。
どれもあっけなく失敗していたが、おれは諦めなかった。
楽に生き延びる方法は、すぐ分かった。
色ぼけした変態のご主人様たちを騙すのは、簡単だった。――今のご主人様に出会うまでは。
今のご主人様には、ごまかしが利かない。
おれの手管は全て見抜かれてきた。今だってそうだ。
おれが避けようとすればするほど、確実に急所を突いてくる。
どうして何もかも分かってしまうのだろう。
今までにこんなにやっかいな相手はいなかった。
これに比べれば、会社を全米トップにすることなんて、楽勝だった。
「何を考えている。曲が終わったぞ」
まただ。おれが目の前のことから逃避しようとしているのに気づかれた。
腹の上の器のビー玉は残り半分だ。大分軽くなっていた。
おれは虚しい気持ちを飲み込んで、罰をねだる口上を繰り返した。
客たちはビー玉を入れるときに、おれに指を突き入れこね回し、前立腺にビー玉をこすりつけ、おれが泣き叫ぶとあざ笑った。
「早熟なあかちゃんだな。毛のないおちんちんが立ち上がっているぜ」
「おしっこも教えない前に精通か?おむつをつけておけよ」
「あ、ああっ」
喘ぎ続けるおれを見て、客達は腹を抱えて笑っていた。
ようやく器が空になった。
ビー玉は全部おれの尻に収まって、腹の中でぎちぎちと奇妙な音を立てている。
絶えず、前立腺を刺激されて、いいようもない快感に襲われていた。
乳首はもう限界で麻痺しそうだったが、ご主人様が鎖を外すと、痛みが少しずつ引いていった。
手足の枷もペニスのローターも外してくれた。
あと少しで楽になれる。
「どうだ、フィル、反省したか?」
「す、すみませんでした。ぼくは困った赤ちゃんでした。反省しています。もうご主人様に嘘は言いません」
「そうか。ビー玉30個の具合はどうだ?感じているようだな」
ご主人様は、今にもビー玉が出そうでひくついているおれの肛門を指でつついた。さらに会陰からペニスの裏筋をなぞられる。ローターで弱い刺激を与えられ続けていたペニスがびくびくと揺れた。
気に入っているわけがない。
無理に快感を与えられていても、不快感は凌駕していた。一刻も早くビー玉を出したい。――しかし。
『いやがれば、必ずやる。欲しがればもらえない。商売と同じだ。』
「か、感じています。いいところに当たって気持ちいいです」
「ふうん。ペニスが反り返っているな。気に入っているのか」
「――は、はい。気に入って、います」
「そうか。――それでは、このまま広場に連れていってやろう」
「!」
「どうした?嬉しいだろ?気に入っているんだからな」
ご主人様の眼が残酷に光った。やられた。おれはまた思考回路を見抜かれて、逆手に取られたのだ。
広場まで、ビー玉を尻に突っ込まれたまま這わなくてはならない。
おれは泣きたくなったが、従うしかなかった。
ここでいやがったら嘘を言ったことになる。お仕置きが増えるだけだ。八方塞がりだった。
広場に行くまでの間、おれはなんども路上でうずくまった。
足の動きにつれて、ビー玉がうごめき絶え間ない快感がおれを苦しめた。
ペニスはだらだらと先走りをこぼしていた。
おれは、射精をこらえようと歯を食いしばって耐えた。
どうかすると、ビー玉をこぼしそうになる。
今日中に広場に着けるのか、とご主人様にからかわれ、おれ自身永久的に着かないかと思えてきた頃、やっと広場の架台が見えてきた。
崩れ落ちそうになったおれの身体を、アクトーレスが手際よく架台に固定した。首と両手首が木の枠にはめられ、おれは尻を突き出す姿勢になった。尻の下には、洗面器を乗せた三脚が置かれた。
「フィル、よく我慢したな。いい子だ。」
おれは、涙や汗でぐちゃぐちゃの顔をしていたが、ご主人様の言葉を聞いて泣き声が漏れた。
ほめられて無性に嬉しくなっていた。
「出していいよ」
お許しが出た。やっと自由になれる。
尻の穴に命令を下す。ぽろぽろとビー玉がこぼれ出て、音を立てて洗面器に落ちていった。
ビー玉が移動すると、波打つ快感が脳を直撃し、火花が散った。
「あ、あ、あ、あ、んん――はあ――ん」
射精していた。精液のながれはなかなか止まらなかった。
「フィル・クロネンバーグだ。ビー玉を産んでいる」
「尻からビー玉ひりだして、射精しているぞ」
「見ろよ。淫らな顔してるぜ。フィルも変わったな。りっぱな犬奴隷だ」
寄ってきた見物人の視線がたまらなく恥ずかしい。思わず俯くと、ご主人様に顎を取られて上を向かされた。
「さあ、どうでしょうね。こんな顔をしているようでは、まだまだこれからですよ」
ビー玉が止まった。どんなに力んでも出てこない。妙だ。まだ腹に違和感が残っている。全部出せていない?おれはぞっとした。
「ご主人様っ」
「どうした、フィル」
「いくつ、出せましたか?」
「何が?」
「ビー玉です。いくつありますか?」
「ちゃんと詳しく言わないと、教えてあげられないよ」
おれは羞恥で目眩がしたが、口を開いた。
「ぼくはお尻から出したビー玉はいくつでしたか?」
「えっと、18個だな」
12個足りない。まだ腹の中だ。絶望的状況だった。
「困ったね、フィル。あまり長く入れておくと、危険かもしれない」
ご主人様は人ごとのようにさらりと言った。
どうすればいい?おれには解決策はひとつしか思いつかなかった。
「さて、フィル。どうしようか。おまえはどうしてほしい?」
おれに言わせようと言うのか。
「――か、浣腸してください」
「それだけか?」
「お尻から出すビー玉を数えてください」
「声が小さいな。広場の皆さまにも聞こえるように大きな声で言いなさい」
そのとき、すべてが分かった。
最初から、これが目的だったのだ。
ご主人様の手のひらの上で踊らされていたようなものだった。
おれの手練手管はご主人様にはまったく通用しない。
まさに赤子も同然だった。
「フィル!言うんだ」
ご主人様の眼がおれを見据えた。
「わかりました。言います――か、浣腸、してください!ビー玉を、ぼくが、お尻から出すのを、数えてください!」
言ってしまった。涙がこぼれ落ちた。ご主人様の眼がふっとやさしくなった。
見物人達から、感嘆の声が上がった。
「聞いたか?フィリップ・クロネンバーグが、『浣腸してください』だと」
「ああ、胸がすかっとしたぜ。本物の犬にファックされているのを見たとき以来だ」
「こいつはパテル・ファミリアの所有物だからな。お高くとまっているのさ。人を舐めきっていやがる。
犬のファックなんて甘すぎるぜ。――馬にやらせればいいんだ。」
ぎょっとした。涙でかすんだ眼を瞠って、声の主を捜した。
見つけた。おれがレストランに連れ出して逃げ出した一人目のご主人様だった。
ぶり返した恐怖に血の気が引いて、背筋が寒くなった。
アクトーレスが、おれの尻に浣腸器を差し入れた。
ゆっくりとぬるま湯がおれの腹に流れ込んだ。
たっぷりと注ぎ込まれた後、ご主人様がそっとティッシュで肛門を押さえた。
「我慢するんだよ、フィル。ビー玉を出してしまおう」
ご主人様のもう片方の手がおれの右手をそっと握ってくれた。
「あ、ああ。ご主人様、こわい。助けて」
「大丈夫。わたしがそばにいる。守ってあげるよ」
「う、うん、ご主人様」
おれが脂汗をかいて堪えている姿を、見物人達はげらげら笑いながら見ていた。
苦しい。もう耐えられない、と思ったとき、ご主人様がおれの耳に囁いた。
「もういいよ。フィル。出しなさい」
「ご主人様、ぼくを見ててください、ふ、あ、ああ――」
尻から温かい液体が噴出した。ぽろ、ぽろっとビー玉が飛び出すと見物人達が奇声を上げてはやし立てた。
しかし、おれの耳にはご主人様のささやき声だけが言葉となって届いていた。
「いい子だ、フィル。可愛いよ」
気がつくとおれはベッドに寝ていた。
身体はすっかり綺麗に清められていた。
洗い立ての清潔なシーツが気持ちよかった。
「フィル、気がついたか」
ベッドの脇の椅子に腰掛けていたご主人様が、おれの額にかかった前髪をはらってくれた。
「あ、はい、ご主人様」
「そのまま、寝ていなさい」
「すみません、あの」
「ビー玉は全部出たよ。安心しなさい」
ご主人様の手が優しく寝ているおれの肩を叩いた。
「無茶をさせてしまったな。すまなかった」
「――」
「おまえに嘘をつかれていると思ったら、歯止めが利かなくなってしまった。おまえはパテル・ファミリアスの財産なのに。」
ご主人様は淋しそうに笑った。
「おまえをパテルに返すよ。いつかはそうしなければならないんだ。これ以上一緒にいたら、手放すのが辛くなる」
「いやだ!」
おれは起きあがって、ご主人様の手を握りしめてキスをした。
「フィル、やめるんだ」
ご主人様がおれを押し戻して、困ったような顔で微笑んだ。
「そんな顔をされると、おまえを手放せなくなってしまう」
ご主人様は部屋の隅にいたアクトーレスに合図した。アクトーレスが拘束具をもっておれに近づいてきた。
「いやだ、やめてくれ、来るな」
あっというまに革の口枷をかませられた。アクトーレスは暴れるおれを苦もなくひっくり返し、うつぶせにして後ろ手に手枷をはめ、さらに足枷を取り付けた。用意してあったケージに荷物のように放り込まれる。叩きつけられたステンレスの床が、裸の身体に冷たかった。
「おいおい、あんまり乱暴に扱わないでやってくれ」
「う、う、う――」
おれは自由にならない口で、訴えた。行きたくない。ここにいたい。
「さよならだ。フィル。今晩は、パトレス・ファミリアス主催のパーティーがあるそうだよ。可愛がってもらいなさい」
「うあ、あ、う――」
最後に見たのは、ご主人様のとろけそうな笑顔だった。おれのケージにアクトーレスがばさっと黒い布をかぶせた。真っ暗になり、何も見えなくなった。ケージは台車で運ばれ、やがて車に乗せられたのが分かった。おれはケージの暗闇の中で、いつまでもすすり泣いていた。
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