You are still the master. 〜revenge2〜  最終話


 ベッドに上体を預け、床に懸命に足をたて男を受け入れていた。
 少しでも足が崩れると、叱責とともに、口にくわえさせられたバイブの振動が強くなった。
 バイブが歯にあたると、頭蓋骨に響き、身体を打ち付けられる衝撃とともに脳をシェイクされているような気分になる。
 ペニスにはローター付きのバイブがつけられている。
 1度目の情交以上の激しさに、部屋の扉が開き侵入者がやってきたことにも気づかなかった。
 男は再度体内で射精すると、興味が薄れたかのように崩れた身体に目もくれなかった。

「・・・っ、・・・っく」

 ベッドにしがみつき、射精したい衝動をこらえ荒い息をたてていると、明らかに他人の何かかみしめる声が耳に入ってきた。
 振り返ってみると、ガウンを羽織った男と面識のない鉄仮面のような表情の男、制服からするとアクトーレスだ。その2人の前にワゴンにのったおむつをして必死にワゴンにしがみついて伏せている犬。
 目が慣れた薄い闇の中、その髪の色に覚えがあった。

(フィル・・・っ)

 そう、部屋に運び込まれたのは望んでやまない犬だった。
 部屋の灯りが点され、その姿があらわになる。
 今、その犬・・・フィリップ・クロネンバーグは頭を抱えるように身体を横倒して青く小刻みに震えていた。
 さっきまで自分を組み伏せていた男はワゴンからフィルを引きずりおろし、顎を強く引いた。
 涙に腫れたフィルの顔は無惨だった。きつく眉根を寄せ瞼を上げようとしない。

「腹が苦しいだろう。出せ」

 冷酷な命令にフィルは確かに横に振った。

「まったく」

 吐き捨てて男はベッドを振り返る。
 その目は明らかに怒気を含んでいた。
 アクトーレスに向き直り、目で合図する。アクトーレスは忠実にその意志をくみ取り、バスルームから排泄用の大きな皿を手にして戻ってきた。
 そして、男の意図も正確に汲んだ。
 皿は床に置かれ、フィルは無理矢理おむつを外され後ろから足を抱えられる。
 尻の下には皿。

「出せ」

 再度命令される。
 身体をかえし、ベッドにもたれかかった私の正面であるにも関わらず、フィルは目を開けずに首を横に振る。
 私の体は男に蹂躙された感触が消えず、自分のものと思えない程に重かった。
 しかし、私は掠れた声でつぶやいた。

「フィル、出しなさい」

 フィルの目が大きく見開かれた。
 私の声を覚えていてくれただろうか。
 私が正面にいるのを見たのだろう、その目が驚愕にさらに開かれるのと同時に体が震え尻から排泄物があふれ出す。
 出し切るのにはしばらく時間がかかった。
 排泄物の悪臭が漂う。
 男がアクトーレスに再度目配せし、尻を拭われることのないままフィルがバスルームに運ばれ、戻ってきたアクトーレスは悪臭を放つ皿も運ぶ。
 一日中苛まれている身体は言うことを聞かなかったが、私はフィルが生きていたことを神に感謝していた。

「・・・」

 男がかすかにため息をついた。
 男はベッドに腰掛けると、膝付近にある私の髪を梳いた。
 その手が予想外にいたわりを感じさせることに私は戸惑う。

「よくも駄犬に躾けてくれたな」

 いたわりを見せていた手がいきなり凶暴さをむき出しにして、私の髪をわしづかむ。

「くぁっ」

 のけぞる程に髪を引かれ、苦痛に息をするのもままならない。
 男は髪を引いてベッドに引きずり上げ、浴室の扉が見えないように、私の身体を窓の方を向くよう横倒しにする。
 無言のまま男は再度私の尻に手を伸ばし、まだゆるんでいるそこに指を捻りいれる。
 言うことを聞かない身体に反して、そこは敏感になりすぎており私はアンバランスな身体をもてあました。

「今日一日で何本ここにくわえ込んだか知っているか?」

 耳元で囁く声はあからさまに私を蔑む。

「ファビアンを食えなかったのは残念だったな」

 瞬間頭がクリアになる。
 ショーだけではない。あの鏡張りの調教室、あの鏡の奥でこの男は全てを見ていたのだ。
 そして、フィル・・・

「私を飼い犬にされるつもりですか」

 唐突に確信する。
 この男はパテル。
 ヴィラの頂点に立つ人間。
 フィルの調教に成功した事への意趣返しがこの一日なのか。

「はっ!」

 男が指を引き抜き、声を出せないよういつのまにか側に来たアクトーレスにギャグをはめられる。
 男とアクトーレスの気配が少し遠のいたかを思ったら、ベッドの上、私の背の方に誰か乗った。
 頭を向けると、小刻みに震えながら身体を強ばらせてベッドの上に座るフィルと、特等席と言わんばかりにベッド前に用意されたチェアにどっかり座り込む男が目に入った。
 フィルにとって残酷な命令が下される。

「さぁ、わざわざお膳立てはしてやった。仔犬に突き立ててやれ」

 フィルはうつむき頭を横に振る。
 さっきは気づかなかったが、乳首のピアスには大振りの宝石が飾られていた。

(それなりに大事にされていたんだろうか)

 ぼんやりと思う。

「犬同士、マウントしろ」

 続く男の命令にもフィルは従わなかった。
 目の端で気配の薄いアクトーレスが動いた途端、突然フィルが私の身体の両側に手をついた。
 だが、そのまま動こうとしない。

「この駄犬が」

 吐き捨てるような男の言葉の後、音を立ててアクトーレスの鞭が的確にフィルの背を打った。
 重い一本鞭。
 フィルは声を立てなかった。
 私の背の方に頭を向けているため、その表情は伺えない。
 時折息は漏れたが、必死に唇をかみしめているのだろう、何度も肉を切り裂くかのような鞭の音を聞いてもフィルは声を上げない。
 私を守ろうとしていることに気づいたその瞬間から、身体は金縛りのように硬直している。
 冷え始めている私の肌にぱたぱたと生暖かいものがこぼれ落ちた。

「薬でもなんでもいい、使えるようにしろ」

 男は投げやりにアクトーレスに指示する。
 が、そのときそれまでずっと従順に命令をこなしていたアクトーレスが口を開いた。

「これ以上は無駄です。もう、犬が持ちません」

「壊れてもかまわん」

 変わらずフィルが私の身体をかばうように覆い被さっているので、彼らの姿が見えない。
 しかし、アクトーレスが空気を変えようとしているのがはっきりと分かった。

「自分の犬が他の主人に入れ込んだから。―興味を失ったはずの犬に興味をそそられたのはわかりますが、貴方がまったく愉しめないのでは意味がありません」

「・・・」

 アクトーレスと男の間で沈黙が降りた。
 フィルも動かず、静かに状況を肌で感じる。

「・・・まったく。優秀なアクトーレスというのも考え物だな」

 ここまでだ、と一変して明るい声を男は発した。

「つまらん遊びは終わりだ」

 シャワーを浴びてくる、と言って男は浴室の扉を閉めた。
 その音を聞いたとき、フィルが私の上に崩れ落ちた。
 荒い息がどれほどフィルに緊張を強いたのか物語っている。
 アクトーレスはフィルの身体を私の横に移し、私からギャグを外した。
 そして、私につけられた首輪も外された。

「・・・」

 狂気の一日が終わったのを理解した私はもう指の一本も動かせなかった。
 乾いた肌触りの良いタオルで身体を拭われている最中も、無言でただぼんやりとしていた。
 再度浴室の扉が音を立てたとき、横にいるフィルが身体を強ばらせる。
 ぼんやりと顔を向けると、身なりをすっかり整えた男が気づいてこちらに歩み寄る。
 ベッドに腰掛けて、その指が私の頬をなぞる。

「今後もヴィラで楽しく遊んでくれ」

 その強情さが羨ましいよと言う男は別人かと思う程に清々しい。

「安心して良い。これきりあなたと会うことはない」

 最後に触れるだけのキスを残して、男―パテルは部屋を出た。
 あまりにも呆気ない幕引きだ。笑う気力さえない。 

「フィル」

 今日一日全てが夢なのだろうか。
 フィルは呼ぶと身体を震わせた。
 だが、顔をこちらへ向けてくれない。

「唇がひどく切れてしまったので、見せたくないのですよ」

 背を手当てするアクトーレスが苦笑混じりに言う。
 重い腕を上げ、フィルの髪に触れる。
 本当はきつく抱きしめてやりたかった。
 だが、その思いもむなしく次の瞬間には暗幕が降りた。




エピローグ

 目覚めると全く覚えのない部屋にいた。
 フィルも隣におらず、疲れが残る身体だけがあの一日を記憶している。
 少し身体を起こしただけで目眩をおこし、眉間を強く押さえた。

「お目覚めですか。ご主人様」

 声がした方を見やると、慇懃な美貌がのぞき込んでいた。
 その美貌には覚えがある。
 霞がかった頭をなんとか回転させようとした。

「夢ではありません。貴方は助かったのです」

 その言葉であの狂気の一日がよみがえる。

「あ・・・フィル・・・は」

 声が自分のものとは思えない程かすれている。
 アクトーレスは瞬間沈黙したが、あれは・・・と言葉を続ける。

「ゲームですよ。Cナンバーのゲームはご主人さまが奴隷を体験して楽しむものです。ドムス・ロサエの体験版コースと申しましょうか」

 ・・・いったいどこまでがゲームだったというのか。
 フィルが連れてこられたこと。それすらゲームの一環なのか。それともあれは夢だったのか。
 言葉は喉でつまってしまう。

「鞭で打つことに飽きたお客様への少し強引な商品紹介です。打たれることを味わうことで打つ快楽にも深みがまし、人によっては2種類の快楽を得ることもあります。パトリキのなかでも特に条件にあった方だけにご紹介しているんですよ」

 アクトーレスの視線が私が発言することを強く拒んでいる。

「ですが、今回は特に強引過ぎたようですね。熱をだされ、丸一日お休みになられていました。幸い後数日はこちらにいらっしゃるご予定でしたが、このままこちらでお休みいただいても結構です」

 滞在費用はヴィラで出すと言ったが、それを断ってドムスに戻ると告げた。
 一人で歩いて帰るのは勧められないと、そのアクトーレスは律儀にも自ら車を運転した。

 時間の感覚がひどく曖昧だった。

 私はフィルを手にすることができたのではなかったか?
 あのときそのままドムスに運んでもらえば・・・

 そんな未練が私の後を付いて歩く。

 車を降り、アクトーレスに寄りかかりながら玄関を目指す。
 突然扉が開いて、ブロンドの犬が飛び出してきた。

「    !」

 フィルにしか許していない、私を呼ぶ言葉。それが、たしかに現実であることを確信させた。
 あの狂気の一日を代償にして得たモノ。
 しっかりと抱きしめる。
 涙で濡れる頬を両手で挟み込み、顔を上げさせると瞼が腫れ、唇も深くかみ切ったため腫れ上がっている。身体も鞭の痕が朱く線を引いていた。

「良い犬をお持ちですね」

 私に抱きつき静かに嗚咽を漏らすフィルを見て、浅黒い美貌のアクトーレスが言う。

「ああ、私の宝物なんだ」

 アクトーレスを振り返ると、まぶしげに目を細めた。

 私はショーの時、あの一瞬だけは犬に墜ちた。
 あの後犬として抱かれることも、万が一犬のままであることも覚悟した。
 だが、フィルを目にしたとき、今は主人ではないのだと告げることはできなかった。
 それどころか、首輪をされ、尻から白濁を流したままの姿でフィルに命令した。
 おそらく、あのまま犬に墜ちてしまっても、私の愛する犬から見れば私は主人なのだし、私から見れば私の愛する犬なのだ。
 それを御せるほどの主人が現れない限り、これからも私は犬になってしまうことはない。

 地上の楽園、ヴィラ・カプリ。

 そこに実る実を得ても、実を得た罪で追放されることはない。しかし、その甘美な毒は私を捕らえて離さない。
 毒が、我が身を絡め取り心の深いところで根付くのを受け止める。

「熱い紅茶が飲みたい。私の犬は紅茶が好きでね。君も一緒に如何かな?」

 犬の心をわずかに垣間見た私だが、それでも戻ってきた。
 主人の立場に固執しているわけではない。
 上から見下したいわけではない。
 ただ、私の犬たちにとっては私は主人である、という確信。ありたいのだという希望。
 きっと、この後より狡猾な手を使って犬たちを絡めていくのだろう。
 それ以上の手段を持って犬に堕とされない限り。

「いえ、ゆっくりお休みください」

 微笑をたたえてアクトーレスは優雅に一礼した。 

〔フミウスより〕

サオト様、激しい〜っ!(≧▽≦)気持ちいいほど乱暴モノです。こういう潔さ、ダイスキです。また、わたしはサオト様の薀蓄も好きです。こなれない知識は物語からはみ出てしまい、みっともないことになるのですが、サオト様の薀蓄はスマートですよね。カコイイ!(゚∀゚)


ご主人様、楽しんでいただけましたでしょうか。
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