目を覚ますと、シーツの海に溺れていた。
嫌な、夢を見た。
「おはよう。」
誰かが目尻に触れて、声をかけてくる。
「おはようございます、ご主人様。」
寝ながら泣いていたようだ。
心配させまいと笑っても、それはかなり引きつっていたように思える。
「ないていたのか?」
夢見が悪かったかい?
そう言って、やさしく頭をなでてくださった。
おれは、これに弱い。
本能がまず間違えたのは、俺がただ『ぼく』を守る為だけの、愛を必要としない強者へと仕立て上げようとした点だった。 おれもそれを信じて疑わなかった。
二つ目の間違い、此処――ヴィラ――に連れて来られた事である。
おれは此処で気づいた。
『ぼく』より誰より、救いを求めていたのは自分だったと。
久々に、あの夢を見た。
本能も、防衛も顧みず『ぼく』を壊すおれ。 今までの復讐の意もあったのかもしれない。
けれど、何より『ぼく』が精神上位にいる限り、『ぼく』はきっとご主人様に取り入るだろう。
ご主人様も、もしかしたらそっちを選んだかもしれないから。
、という不安が拭えないのだ
ご主人様の愛情が、『ぼく』のおこぼれになるのが、絶え難かったのだ。
無粋だが、おれは許可もなく(あくまで)問うた。
「ご主人様はおれと一緒ですよ。 ずっと、です、ずっと。」
笑ってうなずく主人が愛しい。
散歩に出よう、といわれて外に出たが、分かっている。
今日で俺は闘犬になる、だから胸を戻してしまうのだ。 そうなると、少し勿体無い気もするから不思議だ。 未練はないが。
「ご主人様、俺、絶対一番になります。」
これで、この科白は何度目になるだろう、流石にご主人様も苦笑していた。
おれは大真面目なのに。
「早く!きちんと歩くんだ!!」
唐突に怒声が聞こえた。 仔犬の躾中か、別段、珍しい光景ではない。
それより、怒声の主がご主人様の知り合いという事に気がついた。
脱色させて作ったのであろう茶色の短髪と、黒っぽい目、ハンサムの部類に入るが神経質そうなイメージが付きまとって、魅力を半減させている。
ご主人様は彼に近付き、挨拶しただけで通り過ぎた。
今は躾に忙しいと察したのだろう。
すれ違いざま、おれはその仔犬を盗み見た。 そして、見た気がした。
砂色の髪、鞭の痕が映える真っ白な肌、そして(目は瞑っていたが、見た気がしたのだ)
こちらを射抜く、碧眼
恐怖はない、ただ、ぞわぞわしたものが纏わりついてきた。
その感情さえ、ご主人様の眼差しにかき消されていったが。
不意に、笑い出したくなった。
この人の、ご主人様の眼差し、それはおれへの愛情なのだ。
おれへのあい
おれへの、あい
おれへの、あい!!
…なんて心地のよい響きだろう…!
全て捨て去って、残ったものが、これだ!
ざまぁみろ、といってやりたい。
おれを縛り付けてきた、全ての者へ!
あぁ、今……
おれは思わず空を仰いだ。
おれは、おれとして、大成している…
外は、快晴
ナミダナキ、ウルオイヲ
ご主人様。
砂漠ハ、モウ、無イ
―――THANKS for 読者様
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