すべてが消えてしまっても・・・
「ヒロかどこがいい? 『どこでもいい』なんて答えはなし!」
「あー・・キレイな海があるとこ・・かな」
どこでもいいと答えようと思って先手を打たれてしまい、とっさに浮かんだのが海だった。
「海か・・それは確かに魅力的だ」
マキシムはベッドに寝転び、旅行雑誌を嬉しそうに眺める。
「マキシムは? どこに行きたいんだ?」
「私? そうだな〜私はフランスとか、インドとか・・」
そう言いながら雑誌から目をあげ、ふと俺と目が合う。
「日本・・うん、日本に行きたい!」
「日本?」
「うん。ヒロが生まれた国を見てみたい」
「日本で海と言えは・・沖縄かな。育った場所じゃないけど、日本には違いない」
「よし、じゃ明後日伯爵が来たら、日本がいいと伝えてみよう♪」
マキシムは楽しそうに日本のページを眺めていた。
先月主人がここに来た時、クリスマスに一緒に過ごせない代わり、3人で旅行に行こうと言い出したのだ。ヴィラを出たことがない俺はいまいち実感がない。でも嬉しそうに計画を立てるマキシムを見るのは俺としても楽しかった。
「行ってらっしゃい」
俺は玄関で靴を履いているマキシムに声をかける。
「ヒロは何時頃に定期検診から戻る?」
「午後からの検査で、3時過ぎに終わるだろうから、4時には帰ってると思う」
「じゃ私もひと汗かいたら、買い物して夕方には戻るようにする」
「わかった」
マキシムは俺の首に腕を回し、顔を引き寄せると頬に軽くキスをする。
「もし何か結果の事で言われたら必ず連絡して。すぐ駆けつける」
「大丈夫だよ」
今朝からずっと病院に付き添うと言い張っていたマキシムを外へ追いやる。
手術の後、二ヶ月置きに定期検診に行っているが、時に異常なしと言われているのに、マキシムは毎回『気が気じゃない』という感じで、当人の俺より緊張して落ち着かない。だから今回はケニス・フォルムでスポーツでもしてこいと外に出したのだ。
病院での検査も無事終り、経過も良いので次は三ヵ月後でいいと言われた。
予定通り4時頃に帰宅した俺は、部屋の片付けをしながらマキシムの帰りを待った。
5時半
早々に片付けも終り、本を読みながら待っているがまだ帰ってこない。
6時
俺が4時には帰ると言ってあったので、5時過ぎには戻ってくるだろうと思っていたのにもう6時だ。
(知り合いにでも会って、時間を忘れてるのだろうか?)
6時半
(ん?さすがに遅い気がする)
夕方には戻ると言っていたし、夕飯を一緒に作るつもりだったはずだから6時を過ぎるなんて・・何かあったのだろうか?
俺は急に不安になり、あちこちに電話を始めた。
まずケニス・フォルムに電話すると、やはりマキシムは4時過ぎにそこを出ていた。次にワンワンマートや買い物に行ったであろう店に電話し、店内放送をかけてもらったがマキシムはつかまらない。
(これはマズイんじゃないか?)
嫌な予感が渦巻く中、俺は主人に繋いでもらいマキシムが戻らない事を伝えた。
主人は捜索してもらうので俺には家で待っているようにと指示する。
こんな状況でじっと待っているだけというのは非常に辛い。
自分では何も出来ないまま、時間だけが過ぎていく。
ついに9時を過ぎたがやっぱりマキシムは戻らず、主人からも何も連絡が入らない。
よっぽど外に出て探そうかとも思ったが、入れ違いでマキシムが帰ってきたら・・と考えるとそれも出来ず、ただ意味もなく部屋の中をウロウロと歩き回った。
(こんな事なら一緒に病院に行けば良かった)
そうすれば、今頃何事もなかったように夕食を終えていただろう。
ヴィラの中は外の世界に比べれば安全な方だが、まったく事件が起きない訳ではない。
犬同士の喧嘩や、まだヴィラの会員になって日が浅いホモ・ノヴスによる他人の犬をレイプするなどのルール違反、ハスターティによる行き過ぎた暴力など、多少の問題は起きている。それを考えると、すっかり平和ボケしていた自分にほとほと嫌気が差した。
「マキシム・・」
立ったり座ったりを繰り返し、数え切れない程のため息をつき、ただひたすらにマキシムの無事を祈り続けた俺に、主人から連絡が入ったのは10時を過ぎた頃だった。
『倒れていたのが植え込みの中だったから発見が遅れたらしい。頭を怪我していて、さっきポルタ・アルブスに運び込まれたそうだ。ヒロもすぐに行ってやってくれ。僕は明日の朝一番の飛行機でそちらに行くから』
「わかりました」
震える手で受話器を戻し、大きく深呼吸してパニックを落ち着ける。
(大丈夫だ・・マキシムは救出されたんだ。きっと大丈夫)
俺は呪文のように何度も自分に言い聞かせ、ポルタ・アルブスへ向かった。
主人が連絡してくれていた為、ポルタ・アルブスに着くと看護師が病室へ案内しながら状況を説明してくれた。
「全身検査したが、いちようレイプはされていなかった。衣服はボロボロだったからそのつもりだったようだけど、おそらく押し倒した時にマキシムが頭をぶつけて、血を出して気絶したのを死んだと思い、何もせずに慌てて逃げたんだろうってさ」
「あの・・それで、マキシムの状態は?」
「まぁ体の怪我は打撲程度でたいした事はないけど、なんせ頭を打っているからしばらく様子を見てみないと何とも言えないって事らしい」
俺は緊張が解けぬまま、マキシムの病室の前に着いた。
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