【ヴィラ・カプリ版 野の白鳥】  ぱすた様作品




【ヴィラ・カプリ版 野の白鳥】


おれのご主人様は11人いる。しかし、そのことをヴィラは知らない。



「エリサ、舌が動いていないよ」

アイザック様に叱られて、おれは慌てた。
形の良い金色の眉が顰められている。鞭の先が顎を指し、首筋をたどって乳首をなぞり、さらに下へ向かっていく。
おれは、懸命に舌を使って、頭上に跨るアイザック様のペニスをしゃぶった。

「ふふっ、怖がってしまったよ。乳首が固くなった」

チャールズ様がくすくす笑い声を立てた。
ご主人様方はご兄弟だ。皆、金髪に碧い眼で、毅然とした声まで、よく似ている。
チャールズ様に歯先で乳首を軽く噛まれた。快感に気が遠くなりそうだった身体に、ぴりっと電流が走る。
おれは、両手首をベッドに繋いでいる鎖を握りしめた。

「そうかな。悦んでいるんだよ。見ろよ。いきたくってたまらないみたいだ」

おれのペニスを頬ばっているヘンリー様が、根元を指で撫で上げている。
ねっとりと熱い粘膜に包まれているペニスに、ヘンリー様の指がひんやりと冷たくて、おれは身を震わせた。

「ご主人様、もう、許して、ください…」

おれの身体中を舐めまわしていたエドワード様が、顔を上げた。ぎゅっとペニスの根元を握られる。

「まだだ。わたしたちの前にいくんじゃない」

アルバート様の指がアヌスの周りを撫でる。新たな快感の波が襲ってくる。
中空に吊られた足首の鎖が、かちゃかちゃと音を立てる。
おれのアヌスを貫いているトリスタン様が、ぐるりと腰を回した。

「いいね。ぐんぐん締め付けている。エリサが一番感じるところはどこかな」

嬌声を上げて乱れ狂うおれをトリスタン様の碧い眼が見つめている。森の湖のように深く透き通った眼だ。

「あ、あ、あぁっ」

愉悦の奔流に押し流される。熱い快楽の塊が噴火口を求めて身体中を駈けめぐる。おれは、意識を封じるように、口をすぼめてチャールズ様のペニスを啜った。
アルバート様の指がトリスタン様のペニスをくわえ込んだままのアヌスの中に押し込まれてきた。ぞくりと肌が粟立つ。暗い闇に出口が眩しく光った。

「ぁあああああっ…!!」

鎖が派手な金属音を立てて鳴り響いた。悦楽を解放した身体が、びくびくと波打っている。
おれの身体の内奥にトリスタン様が熱い迸りを放つ。続いて、口の中でヘンリー様が弾けた。熱く苦く青臭い液が広がっていく。おれはこぼさないように必死で飲み込んだ。


「言いつけを破ったな、エリサ。覚悟はいいな」

鞭を手に腕組みしたアイザック様のアイスブルーの瞳が冷たく煌めいた。

「はい、ご主人様。申し訳ありません」

6人のご主人様を前にして、他の返事はありえない。弛緩した身体が痛みの記憶で緊張する。しかし声が震えるのはどうしようもない。

アルバート様が部屋の片隅にいたアクトーレスを手招きした。

「いつものように」

「かしこまりました、ご主人様」

手足の枷から鎖が外され、おれはどさりと床に転がった。彼は、ぐったりと動けないでいるおれの身体を手際よく天井に吊りあげた。

「わたしが打ちましょうか?それともご主人様方がお打ちになりますか?」

おれはごくりと唾を飲んだ。アクトーレスの鞭はずしりと重く、ご主人様より遙かに痛い。

「いいよ、イアン。我々がやる」

トリスタン様の言葉にほっとする。

「かしこまりました。エリサ、ご主人様方にご挨拶だ」

「ぼくを罰して下さい、ご主人様」

「どうして罰が必要なのか、言いなさい」

「ぼくが、ご主人様より先にいってしまったから」

「言葉遣い!」

イアンの鞭がピシリと床を叩いた。

「もう一度ご挨拶だ。お許しもなく勝手にいってしまった淫乱な仔犬」

「お許しもなく、勝手に、い、いってしまった、……い、いん、らんな、仔犬を、罰して下さい、ご主人様…」


6人のご主人様に、2回ずつ、合計1ダースの鞭打ちのお仕置きを受けた。アイザック様、チャールズ様、ヘンリー様、エドワード様、アルバート様、最後にトリスタン様。
トリスタン様の鞭は、高い音を響かせる割に、あまり痛くない。

鞭打ちの後は、再びイアンにベッドに繋がれた。ご主人様の位置が入れ替わる。6人のご主人様全員を満足させるまで調教は続く。失敗すると鞭打ち。この日は3ダース打たれた。



ご主人様方は、いつも6人でヴィラ・カプリを訪れる。長兄のアルバート様、チャールズ様、エドワード様、ヘンリー様、アイザック様、そしてトリスタン様。正式には末弟のトリスタン様がおれのご主人様として、わんわん名鑑に登録されているそうだ。ドイツの貴族で、遠い先祖には神聖ローマ皇帝にゆかりのある人もいるらしい。イギリス王家とも縁続きという話だ。
おれがご主人様の秘密に気づいた夜、トリスタン様がそう話してくれた。

「なんにもない田舎だよ。古城ホテルの話を持ちかけた業者がいたけど、観光客は来そうもないなぁ。もちろん、その話は執事が電話できっぱり断ったよ。当家の家訓に反しますので、ってね」

広大な領地を持っているらしい。昔から持つブドウ農園の多角経営が功を奏しているそうだ。

「ぼくの一族は、やりくり上手なんだよ」

トリスタン様はおれにウィンクして見せた。

「エリサは、ぼくの大学卒業のプレゼントだった。兄たち全員からのね」

おれの値段は10億2千万セステルティウス。一人当たり、1億200万円のプレゼントだ。
おれは窓ガラスに映った自分の容姿をみつめた。黒い髪。切れ長の眼。日焼けしない質で、色白だと言われていた。大学のゼミの仲間にはハリウッド女優に似ているとからかわれた。しかし、トリスタン様たちを前にすると、はっきり分かる。おれの肌は黄色い。おれは、日本人、いや、日本犬だ。



捕獲された時のことは、よく思い出せない。ショックで記憶がところどころ抜け落ちている。

大学卒業後、就職して3年目の冬だった。正月休み代わりの休暇に、おれはイタリア旅行に出かけた。「自主研修を兼ねて」というのが、上司への言い訳。勤務先の会社は、イタリアの有名ブランドと技術提携を結んでいる靴店だった。
大学時代はイタリア語を学んでいたが、ファッションのことはさっぱりだった。1年生のときには、バレンタインデーのお返しをねだってきた彼女に

「鴨がフェラチオをするのか?」

と返事をしてしまった。彼女とは、それっきりだ。ホワイトデーはしなくて済んだ。その後は、誰ともつきあっていない。おかげで語学の勉強は進んで、英語とイタリア語が習得できた。

フィレンツェでは靴工房で職人技をじっくりと教えてもらった。晩には、街のトラットリアでビステッカ・アラ・フィオレンティーナを食べた。フィレンツェ名物の骨付きステーキは、分厚く肉汁たっぷりで、最高にうまかった。テーブルにキャンティの大瓶が置かれていた。客は自由に好きなだけ飲んで、飲んだ分だけ金を払うのだ。軽い赤ワインを飲むと疲れが吹き飛んだ。あれが最後の晩餐だった。

ヴィラの料理はうまいが、自由の杯には敵わない。



初めてトリスタン様に会った日、おれは大きな赤いリボンがついたケージに入れられていた。イアンの指図で床に犬座りをしてご主人様を待った。
最初に言われたときは訳が分からなかった。きょとんとしていると、茶色の形の良い眉が顰められ、ヘイゼルの目が不穏な光を帯びた。再度、ゆっくりと紡がれた言葉を理解して、仰天した。まごついていると、鞭が目の前の格子に振り下ろされた。耳障りな金属音を立ててケージが揺れる。おれは急いでポーズをとった。

調教部屋のドアが開いて、ご主人様方が入ってきた。皆、銀の留め金のついた黒い靴を履いている。オーダーメイドの極上品だ。

「トリスタン、わたしたちからのプレゼントだ。ほしがっていた仔犬だよ」

ご主人様方がくすくす笑った。

「ぼくの仔犬と言ったところで、みんなで楽しむつもりなんでしょう?」

「むくれるなよ。鑑札にはおまえの名前が刻まれるんだ。いつも一番に遊ばせてやるからさ」

「かわいいな。これで25歳なのか?5歳は若く見えるぜ」

「怯えてるんだな。震えてるよ。イアン、いつ入荷したんだ?」

「三日前です。登録手続きを除いては、まったく初めての調教ですよ」

前日の不快な記憶が蘇る。調教という言葉にびくんと身が竦んだ。

「わんちゃん、顔をお上げ」

よく似た6人の白人青年がおれを見下ろしていた。金髪碧眼で、童話から抜け出したプリンスのように見えた。

「名前は?」

トリスタンと呼ばれた年若の青年が訊ねた。

「ケント・エリサキ」

ご主人様たちが名前を繰り返す。ドイツ語で何か言っているようだ。

「ややこしい名前だな。…よし、おまえを、エリサって呼ぶことにする」

おれはがっかりした。犬扱いされるだけじゃなくて、女名前で呼ばれるのか。

「エリサじゃない」

「何だって?」

「おれはエリサじゃない。おれは男で、犬ではなくて人間だ。まともな人間じゃないのは、あんたらの方だ!」

言いたいことを言った代償は、初めての鞭打ちだった。
イアンはタクトでリズムを刻むかのように、軽々と鞭を操った。皮膚の弾けたところを正確に打ってくる。まるで焼け火箸を背中にねじ込まれるようだった。背中が割られていく。天井から吊られた腕は抜け落ちそうだ。おれはいつしか大声で叫んでいた。声が嗄れた頃になってようやく鞭がやんだ。

「いい仔犬になったかな、エリサ」

「…地獄に堕ちろ、ホモ野郎」

精一杯の反抗だった。しかし、イアンの鞭が正面から振り下ろされたとき、おれの矜持は崩れ去った。
温かい液体が太股を伝い、床に流れ落ちた。

「おやおや。おもらしだ」

「困った仔犬だ。トイレの躾もなっちゃいない」

その間にも容赦なく鞭が次々に襲ってきた。

「ひぃい、ああああっ、や、やめ、やめて、くださいっ!どうか…ご、ご主人様…っ」

「それは、仔犬のエリサからご主人様へのお願いかな?」

言いよどんだ途端に振り下ろされた鞭が鋭く股間を打った。目の前が真っ赤になり火花が散った。焼けつくような痛みに硬直する。ぬるりとした塊が身体の奥からせせり出てきた。

「臭いな…」

紛れもない臭気が辺りを包んでいた。おれは茫然とした。自分に起きたことが信じられない。

「イアン、洗ってやってくれ。それから、風呂だ。用意はできているな」

シャワーで汚れを洗い流されたあと、肛門にノズルを突っ込まれて腸内を洗浄された。そのままバスタブに引きずっていかれた。バスタブに張られた水は泥色で、絶え間なく波立っている。訝しく思って瞳をこらしてみたおれは、悲鳴をあげた。その中には無数のヒキガエルが泳いでいたのだ。激しく身を捩ったが、手枷と足枷をかけられた身体は全く自由が利かなかった。がっちりと押さえ込んだイアンの手は微動だにしない。抵抗も空しく、放り込まれた。ぬめぬめとしたヒキガエルが太股から胸、背中と這いのぼってくる。ご主人様たちが、ペニスや乳首の上にヒキガエルを載せる。おれは半狂乱になった。

「仔犬のエリサ、謝る気になったか?」

おれは、無我夢中で首を上下に振った。

「きちんと詫びられたら、出してやろう」

「あ、うぅ、ぐふっ、…」

顎ががくがくと震えて、声が言葉にならない。

「もう、いいよ。許してやろうよ」

「甘いな、トリスタン」

「かわいそうだよ。イアン、手伝ってくれ」

トリスタン様は、おれの身体中に貼り付いていたヒキガエルをひとつひとつ払いのけてくれた。肩を抱き起こす手が温かかった。ご主人様の手だ。

その時から、おれは、トリスタン様所有の犬、エリサになった。首輪には、「ヴィラ・カプリ・フォーチュンドッグ、エリサ、トリスタン様所有」と刻印された黄金の鑑札がぶら下がっている。



6人を相手にすると疲労困憊する。最初はトリスタン様だが、その後は段々意識が朦朧としてくる。覆い尽くすご主人様達の誰がどこにいるか判然としない。気を失うことも度々だ。

そんなおれが、違和感に気づいたのは、散歩に連れ出されたある昼下がりのことだった。


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