破裂したのは音と光だけの音響閃光弾だった。
男は捕らえられ、ぼくはハスターティ兵に救出された。
兵士を呼んだのは、執事だった。
彼はぼくが連れ出された直後、ひとり這っていって壁のたくさんあるボタンのひとつを肩で押した。
それはポルタ・アルブス直通のコールボタンだった。
大旦那さまは以前から心臓の血管をつまらせ、何度か病院にかつぎこまれていた。発作が起こった時のために、各部屋に緊急ボタンをとりつけていたのだ。
ちなみに以前、ぼくと大旦那さまが浮気した時に救急スタッフが駆けつけたのは、そのボタンのアクシデントらしい。
「ほら。スープだよ。きみのレシピのとおりだ」
主人はぼくのベッドに手作りスープを運んできてくれた。
ぼくはちょっとなめ、塩、と無愛想に言った。
「足りなかったかい。分量どおりだよ」
「舐めてみればわかるでしょう」
この主人には腹がたつ。この男はぼくが災難に遭っている間、ずっと友だちとポーカーに興じていたのだ。
心配しているところではなかった。かなり勝っていたらしく、ヴィラから報告を受けるまで、ぼくのことなど思い出しもしなかった。
「あなたは――」
ぼくはまた顔をゆがめ、涙ぐんだ。「ぼくのことなんかどうでもいいと思ってるんだろ。買い替えのきくペットだものな。おもちゃだ」
まあまあ、と主人は機嫌をとるように言った。
「向こうは殺す気なんか最初っからなかったんだから。じいさんも彼に殺されたわけじゃなかったんだし」
まったくひどい話だ。あの男は大旦那さまを殺してはいないというのである。
『おれがいった時には風呂場でお亡くなりになってたさ。まあ、脳溢血かなんかだね。冷蔵庫にうつしたのは、おれも風呂を使いたいし、あったかい所において、腐っちゃいけないとおもってよ』
にわかに納得しがたいが、ヴィラの厳正な検死の結果、死因はほんとうに脳梗塞であった。
ふたり殺したというのも嘘だった。ぼくたちをおとなしくさせるための脅し文句だったという。
だが、ぼくはキッチンに連れこまれ、殺され、解体されるとおもったのだ。
しかし、男は、
『あのワン公は料理人じゃねえか。ペットは一匹でいい。料理人にはうまいメシを作らせたらよかろうと思って連れてったんだ』
そもそも、あの男はただヤケになって、暴れてやろうとしただけだという。
彼の主人がほかに犬を飼い、べつのドムスを買って住まわせていると聞いて、逆上した。
『処刑は覚悟の上さ。こんな扱いを受けて、生きていてもしょうがないからな。やりたかったこと、思う存分やってやった。ザマ見ろだ』
だが、男は処刑にならなかった。
彼の主人が事件を聞き、あわてて国から飛んできた。
『チビちゃん。なんてこと言うんだい』
主人は男の言動にあわて、ヴィラに食ってかかった。『うちのチビちゃんが何したって言うんだ。ただ、ふざけただけじゃないか』
けしてうちの犬は悪くないと言い張り、
『犬同士のマウントは認められている。片方はただの使用人だ。騒ぎ立てるような問題ではない。いや、彼らがうちの子を誘惑したにちがいない』
と、逆に食ってかかった。
もちろん護民官はそうは取らなかった。主人には多額の慰謝料の支払いと規律ある犬の管理が命じられた。
主人は承服したものの、護民官オフィスで声高に宣言した。
『世界中を敵にまわそうと、わたしだけはあの子を守るからな!』
くだんの犬はこれで機嫌をなおしたそうである。
(まったく)
ぼくはとなりでスープを吹いている主人をにらんだ。うちの鈍感にもすこし見習ってもらいたいものだ。
「さ、これでもう機嫌なおしてくれ」
スプーンを口元に差し出すが、食べるのも癪だ。
「いいですよ。サービスしてくれなくても。お帰りの仕度で忙しいんでしょ」
「仕度はすませたよ。葬儀たって、たいして大げさじゃないんだから。すぐ戻る」
彼はふいにさびしげなため息をついた。
「あんな元気なじいさんだったのに」
彼はスプーンをおろした。
「男の子の腹の上で死にたいなんて言ってたが、風呂で死ぬなんてな。あのバトラーの話じゃ、あの日にかぎって朝からバラ風呂に入りたがってたんだと」
なんで年甲斐もなく――、と首を振る。
それを聞き、ぼくの脳裏になにかがよぎった。
(ん?)
じいさんが朝からバラ風呂に入りたがったのは、もしや――。
もしや、ぼくが来ると思ったからではないのか。ぼくを抱くつもりで、老臭を気にして長湯してしまったのではないか。
ぼくは目を落とした。
つまり、じいさんが死んだのは――。
「ほら、仲直りのスープが醒めちゃうよ」
主人はスプーンをぼくの唇に当てた。ぼくはもぞもぞ言った。
「仲直りなら、スプーンより唇のほうがいいんじゃないの」
主人は笑い、スープを口にふくんだ。身をかがめ、やさしくぼくに口づける。
生温かいスープを味わいながら、――やはり主人はにぶいにかぎる、と思った。
―― 了 ――
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