悪党クラブ

悪党クラブ　　第２０話
ぞっとして踏み入りかけた時、うめき声が聞こえた。（スコット？）　寝室にひとの気配がする。声が洩れ聞こえていた。「アア、――る――」　人間がふたり、いる。　おれは足音を忍ばせ、部屋を歩いた。「――ビル――」　スコットがすすり泣くように言った。「愛してる――愛してるよ」　おれは寝室の光景を見た。　ベッドの上で男がふたり、からみあっていた。ビル・グリフィス先生の牛のような背中ががスコットの上に覆い被さっていた。　おれは壁をノックした。　ふたりは振り向いた。　スコットの顔からよろこびが引いていく。男の腕の陰で、ヘイゼルの眼がうつろにおれを見た。「スコットから離れろ」　おれは声をおさえて、グリフィスに言った。それ以上の言葉が見つからない。　無意識に手が内ポケットに伸びた。　おそらくリョウの金を叩きつけてやろうとしたのだと思う。　しかし、ふたりは誤解した。　グリフィスがおめき、飛び上がると同時に、別方向から金属の紐がおれのからだに食いついた。　とたん、からだが衝撃に波打ち、床に崩れた。　手足が一切動かなくなった。意識はあった。ぼう然としていたが。　テイザーだ。撃ったのはスコットだ。　頬の下に絨毯があった。外傷はなかったが、おれはまっぷたつになっていた。　ビル・グリフィスがおれのそばに来て、かがんだ。手に光るものを持っているのは見えた。　スコットの声があわてている。「ビル、何をしているんだ」　グリフィスはおれのベルトをつかみ、こじ開けていた。こちらは砂袋になったように身動きができない。「ビル！」「金玉を切り取る」　グリフィスは言った。「ひとを不愉快な目に遭わせたらどうなるか、こいつに教えてやる」「やめろ！」　スコットが彼の腕にすがる。「彼はまだ若いんだ。子どもなんだ」　大きな手が黙っておれのズボンを引き下ろす。「ビル。そんなやり方、きみにふさわしくない。彼らと、同じレベルに落ちてはだめだ」「きみはこいつに人生を台無しにされたんだぞ！」　スコットは彼のナイフをつかみ、「なにも台無しになってないよ」　と言った。「きみが来てくれたから」　グリフィスはうめき、憤然と立ち上がった。「車で待ってる」「すぐ行く」　グリフィスを追い立てると、スコットは急いでシャツに腕を通した。ボタンをとめながら、せわしく靴を履く。　彼の頬は明るい。彼がグリフィスを呼んだのだ。ママに電話するといって、グリフィスに連絡したのだ。「スコット……」　口がようやく動いた。「キスしてってくれよ」　お別れに。　裏切り者とは言わない。ひどいことをしたおれだものな。　だが、このおれは、あんたのために人生をくれてやるつもりだったんだぜ。　それぐらいいいだろう？　スコットはすこし、おれを見つめた。　ヘイゼルの眸が秋の日差しのように明るかった。彼は微笑み、「きみには挫折を知ってほしい。たくさんの人間に揉まれて、いろんな目に遭って、なお陽気で、味わい深い男になってほしい」　彼は立ち去った。　おれは部屋に倒れているところをリョウに発見された。　リョウは後をつけていたらしい。くだんの教師が別の男と出てきたのを見て、おれを探しにきた。　見られたくなかった。　おれはなかばズボンをおろしたまま、絨毯をつかんでメソメソ泣いていた。「ふられた」　そりゃよかった、とリョウはそっけなく言った。「二度とやるんじゃありませんよ」　しでかしたことの後始末が大変だった。　おれははじめて親父殿のビンタを喰らった。ガキの頃からずっとなかったことだ。　親にしてみれば腹もたつだろう。　おれは学校に、先生と自殺します、というとぼけた電話をしていたため、警察に事情聴取された。　デミル先生が帰ってこないので、自然、おれが殺したように見える。　おれは何も言わなかった。　彼は死んだのです、と言って匿ってやるのも癪だし、そうかといって、グリフィス先生と逃げた、と告げ口する気にもなれなかった。　刑事にさんざん脅されたが黙っていた。　そのうち、警察はスコットの部屋から、グリフィス先生の手紙を多数発見した。あのふたりは手紙でやりとりしていたのだ。　悪党クラブのとんでもない所業が警察に知られた。　不幸中のさいわい、手紙には固有名詞がなかったらしい。警察はどの生徒がかかわっているのか知りたがっていたが、おれはこれも黙っていた。　ひとり、勘の鋭い刑事がいて、だいたいのことのあらましを見抜いた。　彼は金持ちのバカ息子たちに憤慨し、最後に言った。「ヒーロー気取りのホモのクソガキに教えておいてやる。デミル先生はおまえのことなんか、これっぽっちも好きじゃなかった。おまえがグリフィスをいじめるから、自分に注意を向けさせようとしただけだよ」　その後、警察はにわかにこの件に興味をうしない、捜査をやめた。　ヴィラの足跡を見つけたのかもしれない。　おれは「イタズラ電話」と「無断外出」のために、二週間の停学になった。　先生をレイプしたという罪状はなかった。辣腕校長が学校の名誉を守るため、そんな不祥事はなかった、と事件を封殺したからである。　事件はなかったのだから、罰はない。　停学が終わると、学校に戻らねばならなかった。「ドク」　パパ・クラレンスが部屋に来た。ニヤっと笑い、「帰ってきちまったか」「来たよ。しょうがない。行くとこもない」「だから、犬に惚れるなと言ったろ」　おれは枕をつかんでその顔に投げつけた。　彼はスコットとグリフィスの関係に気づいていたという。ふたりがメモを送り合っているのも見ていた。「なぜ、黙っていた」「抜けた後だったし、正直、あれ取り上げたら、デミルが死ぬと思ったからさ。おまえら容赦ないんだもの」　読むか、と聞いた。「持っているのか」「三通だけ探し出した。警察沙汰になった時に」「そんなもの読みたくない」　学校はあいかわらずだった。礼拝ではじまり、机に張り付き、午後は馬を駆って玉を突き転がす。まずくて少ない飯を食い、自習。睡眠。　変わったことといえば、ラテン語の教師がやたらと声のでかいウェールズ人になったことぐらいだ。　おれはアンソニー・メイスフィールドと仲直りした。　芝生に寝転がって、阿呆のようにぼんやりしていると彼が手を差し出した。　おれは最初、握手しなかった。　アンソニーは気にとめる風もなく、横に座り、「もうミッレペダ動いてないよ」　と言った。　ヴィラ・カプリはおれたちがブライトンにいた時点で、すでに捜索を中止していたという。「親父が止めたんだ。家令が会計のことで親父に連絡したらしくてさ。この出費はなんだってすごく怒られた」　おれははじめて彼と握手してやった。　ミッレペダを使って、自分の欲しい犬を捕獲させると、法外な捕獲料をとられるらしい。犬の値段もディスカウントされないため、総じて高額な買い物になるのだという。　メイスフィールド氏はアンソニーの計画を知らなかった。家令の連絡を受け、はじめて、教師を誘拐するというわが子の放蕩ぶりに仰天したらしい。捕獲オーダーは取り消され、アンソニーは会員権を返上させられた。「散々だよ。あっちもこっちもパーなんて」　アンソニーはさえないため息をついた。「もういじめないから、スコット、帰ってこないかな」「帰ってきたって、おまえなんか相手にするかよ」　おれはグリフィスの手紙を思い出した。読みたくなかったが、読まずにいられなかった。　グリフィスの手紙はひどく素朴だった。ぶっきらぼうな短文の中に、スコットの気持ちを上向けようという、せつない祈りが感じられた。　――ひとり抜けたようです。いずれ、みんなこの遊びに飽きるでしょう。よく眠ってください。　――スコット。自殺だけはいけません。時間をください。わたしはいま、活路をさがしています。　――わたしの親友がカナダにいます。名前を変えて、そこで新しくやりなおしましょう。わたしが連れて行きます。あと少し待っていてください。　スコットはその手紙を何度も繰り返し読んだのだろう。見つかれば悲惨なことになると知りながら、処分できなかったのだろう。「カナダにいるのかな」　アンソニーは膝をかかえた。「ふたりに教えてやろうか。もうミッレペダに追われてないんだって」「今度会ったら金玉取られる。グリフィスに」　おれは言った。「それに教えてやる必要なんかないさ。追っ手がいたほうがふたりとも夜燃えるよ」　この話題はたがいにつまらなくなった。　アンソニーは話を変えた。「スタンがさ。サンドハースト（士官学校）に入りたいってのさ」「へえ。あいつ軍事教練いつもいやがってたのに」「士官になって、ガタイのいい軍曹とかガンガン犯してやるんだって。クマちゃんで味しめちゃったらしいね」「ま、先に掘られるな」　パパ・クラレンスはＡレベル統一試験のためにまじめに勉強している。卒業したら、オクスフォードかケンブリッジに進学する。卒業後は政界をめざす。　アンソニーは悲惨な成績だったが、大学で生態学をやるつもりでいる。卒業後は父親の財団で動物保護活動をやりたいらしい。「ドクはどうするんだ？　やっぱ投資家になんの」　おれは目をとじた。　上着の胸ポケットに一枚の写真が入っている。　ノミの市のカメラで撮ったものだ。スコットがカフェのテーブルにひじをつき、さびしそうにおれを見ている。おれの買ったツイードのジャケットを着て、首には大きすぎるマフラーを巻いている。　さびしいうそつきの目。　ほかの男を愛し、だが、おれを抱擁した。おれの手を握って眠り、踏みつけて出ていったかわいい浮気者の目。（あのジャケット）　最後の時、彼はジャケットをつかんで出ていった。少しはあれの贈り主を思ってくれる日もあるだろうか。「ドク？」「カメラマンになる」　おれは言った。「可愛い子みつけて、エロい写真でも撮るさ」　　　　　　　　　　　　　　　　――　了　――
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