悪党クラブ  第19話

 うつむくスコットの首がかすかに震えている。
 息がちぎれながら落ち、肩の骨が小刻みに揺れる。

 おれは彼の背を抱きしめた。その耳にそっと口づけた。
 彼の小さな腰のなかで、おれのペニスが火のように脈打っている。彼の肉をつらぬき、なお突きあげている。

「ん」

 スコットはおれに重心を預け、あえいだ。
 おれは彼の腹をなだめるように愛撫した。おれを受け入れているそのうすい腹がいとしかった。

「平気?」

 彼は息をつき、うなずいた。
 その時、頬の線が動き、彼が微笑んだのがわかった。胸が熱くなった。

 不思議なことだ。
 これまでおれは何を抱いてきたのだろう。藁でできた案山子でも抱いていたのだろうか。快楽はあったはずなのに、それがひどくみすぼらしく思える。

 いま、彼は生きてここにいる。おれの腕のなかで息づいている。

 ふたりで、いる。
 暗闇で、ひとつにつながり、音叉のように共振している。

「明日、午前中に使用人がくる」

 おれは彼の肩に話しかけた。

「面白いやつなんだ。裏社会のことに詳しい。少し役にたつこと教えてくれると思うよ」

 スコットはうつむいたまま黙っていた。

「ランチを食べたら出発だ。何か買っておきたいものある?」

 彼は首を小さく振った。

 こちらから顔は見えない。だが、背がかすかに硬くなっていることはわかる。
 おれは彼を抱きしめた。

 ――だいじょうぶだよ。何もこわいことはおきない。おれがうまいことやるから。


 

 約束の時間どおり、ずんぐりした東洋人がカフェに現れた。
 おれは人差し指で、召使を招きよせた。

「例の先生は?」

「部屋においてきた。もってきてくれたかい」

 リョウはテーブルにつき、細い目を据えた。

「コンラッド坊ちゃん。ご両親が心配していらっしゃいます」

「リョウ。パスポートは」

「お父様から、あんたを連れ戻すよう言いつかっています」

 おれは腹をたてた。

「おまえは本当に役に立たないな! そんなことを言うために二日も待たせたのか」

「聞きなさい。ヴィラ・カプリはかならず先生をつかまえます。その時、あんたもつかまえます。あんたが犬に売られるかもしれない。その覚悟はあるんですか」

「ないさ」

 おれはあっさり言った。

「ないが、つかまるつもりもない。負けることなんか考えて動けるか。まったく! えらい時間の無駄だ。こういう妨害も出てくるってことだな。オーケー。勉強になったよ」

 立ち上がると、彼は強引におれの手を掴んで座らせた。

「パスポートはもってきました」

「――」

「でも、一通だけです。先生のだけお渡しします」

 おれは頭を抱えそうになった。
 甘かった。家の人間を頼ったおれが愚かだったのだ。

「おまえにはがっかりだ」

「ヴィラだけはいけません。バリー家のだれもヴィラの会員ではないんです。いざとなったら助けにいけません」

 彼は内ポケットから封書をふたつ出し、

「パスポート、こっちに現金、あと、わたしの知り合いの電話番号があります。話はつけてあります。これを渡して、あんたは学校に戻ってください。彼も子どもに助けてもらいたいとは思わないはずです」

「リョウサン」

 おれは現金の封書だけとって、あとは返した。

「バイバイ。元気で」




 リョウの裏切りは無念だった。
 父の心配もすこし意外だ。彼はあまり物事に動じない男だ。
 彼が引き上げ命令を出したということは、ヴィラは相当厄介だということだろう。

 厄介は承知の上だ。
 厄介なればこそ、おれはスコットを自分の手で守りたい。その力があろうとなかろうと、潰されようと、この名誉は譲れないのだ。

(ここで偽造屋の情報を集めてみるか)

 おれは考え込みつつ、ホテルの部屋へ戻った。今後のことに頭を悩ませていたせいで、部屋の変化に気づくのに少し時間がかかった。

 ドアが開いていた。
 バリケード用の椅子が無残に散らばっていた。



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