第12話 |
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「あれはジョーディの木なのよ」 タンディはレモンを手にとって言った。 タンディと亭主はジョーディを見に、モーテルへ来た。ジョーディは徹夜作業で疲れて眠っていた。 亭主のほうも椅子にもたれ、とろんとした目をしている。 「ジョーディがよく世話をしてたわ。トゲをとったり、冬はストーブをつけてやったりしてね。あそこしか、彼の居場所がなかったのよね。あたしにもよく、こんなちびっこいの分けてくれたわ」 亭主のほうがジョーディを見やり、気の毒そうに目をしばたかせている。 「言葉はぜんぜんしゃべらないのかい」 「ああ、今はね」 亭主はさびしそうな顔をした。「むかし、ジョーディはおしゃべりだったよ」 わたしは彼らに礼を言い、モーテルから追い立てた。 タンディは帰り際、今日帰るのか、と聞いた。 「ああ」 「何時に?」 わたしも少し寝なきゃならない。「昼頃だな」 「二時ぐらいにしてよ」 タンディは理由を言わなかったが、わたしはそうする、と答えた。 その日の午後、わたしたちはのんびりシカゴに向かっていた。 ジョーディの膝の上には食べものの紙包みがあった。レモンパイらしい。 『あたしじゃないわよ』 タンディは笑った。『マーサおばさんよ。子どもの頃、レモンを持って行くと、おばさんがよく作ってくれたの』 タンディは一度だけジョーディにハグをした。彼女は笑った。わたしの悪党仲間のように陽気な顔をしていた。 ジョーディは少しだけタンディを見た。そして、これでよしとでもいうように、すぐに車に乗った。 わたしは運転しながら、べらべらとひとりでしゃべった。 「帰ったら、買い物だな。まず、ベッドを買ってやる。それから、握力計だ。ロッククライミング用の壁も必要だな」 まったいらの大地をつらぬくハイウェイを眺めながら、わたしはしゃべり続けた。 「まず、オムツからの完全卒業だ。それから、イエスとノーの合図を決めよう。少しずつ言葉を増やそうな。焦ることはない。言葉なんてのは、肝心な時、あてにならないしな」 グリーンウッド神父に連絡しなくては、と思った。神父は反対するだろうか。わたしに現実的になれ、と諭すだろうか。 なんと説明しようか。 施設にはやれないのだと。なんとも説明がつかないが、ただ、いま妙に気分がいいのだと。妙に気が大きくなっていて、酔っ払ったみたいに楽観的で、神聖ななにかにひれ伏したいほど幸せなのだと。 「おまえひとりぐらいいいさ。少しぐらい散らかったって。少しぐらいにおったってな。問題は多少ある。問題は山とあるな。だが、なんとかなるさ。こういうものは気分なんだよ。なかよくやってればな、なんとかなるものなんだ。――おまえもただしてもらってるだけじゃダメだぞ。共同生活だからな。おまえもなんかやるんだ。そうだな――。ゴキブリ退治はおまえの仕事だ。それとな――」 わたしは気分よくしゃべりつづけた。レモンの香りが車のなかにたちこめている。 ジョーディはわたしの言葉など聞いていない。鼻にしわをよせてレモンパイにかじりついていた。 ―― 了 ―― |
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