ゴーレムの贈り物




〔アキラ〕 ;アクトーレス(奴隷監督) 身分 オプティオ(副隊長)


 イアンのオフィスに入った時だった。
 秘書に取り次ぎを頼もうとすると、

「出て行けと言ってるんだ。聞こえないのか! 出ろ!」

 応接室のドアから怒号が聞こえた。続いて、男が転がり出てきた。
 続いて蹴り出すようにイアンが現われる。その頬が白く凍っていた。

「筋違いだ。二度と来るな!」

 彼はおれに気づいたが、すぐにドアを閉めてしまった。
 
 男は床に尻を突き、ドアを見ていた。客ではない。制服だ。どこかの作業スタッフだ。
 妙な男だった。どやされて悪態をつくでもない。じっとドアを見つめていたが、起き上がり、控え室を出て行った。

(若い?)

 髪に白髪が多い。大男だが、腹に力がない。義眼のような青い目を据え、ぬっと歩く姿が不気味だった。

 おれと秘書は顔を見合わせた。

「問題児ですよ」

 秘書は問いもせぬのに言った。

「パンテオンの不良スタッフです。この間もトルソー犬をレイプしそうになったって」

 ――そんなやつが、何しにここへ。

 おれと秘書は同じことを想像したらしい。彼は目をそらし、取り次ぎますか、と聞いた。

「いや。機嫌がいい時にするわ。仔犬の話だから」

 それでも不思議な気はした。イアンは男に言い寄られたぐらいで身震いするようなタマじゃない。ましてや怒鳴るなど。

 ――よほどカンに触ること言われたのか。

 めずらしい、と思いつつ、その場は仕事に戻った。詮索もされたくないだろうから、見たことは忘れた。
 だが、やはりただごとではなかったらしい。その日を境にイアンの様子がおかしくなった。




〔フミウス〕 家令(コンシェルジュ)


 夜中、ついに助けをもとめて仔犬の手サロンに駆け込んだ。

「モモ、頼む」

 感謝祭のあと、家令室は戦場のようになる。気まぐれな客たちのスケジュールの把握と犬どもの注文、杼のように飛び交うプレゼントの手配できりきり舞いしながら、笑顔でクリスマスセールの犬を宣伝しなければならない。

 この綿のつまったような頭をなんとかしてくれ、と施術台に寝そべった時、正直、このまま三日ほど気絶していたかった。
 しかし、眠気はみじんに吹き飛んだ。
 モモが聞いた。

「触手って、もう現実にあるんですか」

 わたしは一瞬、詰まり、鼻からふるえる息を吐いた。

「な、なにそれ」

「フミウスさんは、外科部長と知り合いだから、ご存知かと」

 そこまで言って、モモはすまなげに撤回した。

「すみません。休みにきたのに、つまらないこと聞いて」

 頭がいっぱいだったのは、わたしだけではないようだ。神の手を持つモモにも悩ましいことがあったらしい。
 しかし、なんだ?

「触手エロ、好きなの?」

「いいえ」

 モモは言いためらった。
 彼は施術に戻ろうとした。が、手が動かない。

「モモ?」

 顔をあげると、モモはうつむき、額をおさえていた。

「すみません。ほかのスタッフに交代します」

 声に涙がまじっていた。わたしは彼の手をつかんだ。

「どうした」

「友だちが」

 モモは唇をふるわせた。

「死ぬっていいだして」



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