第2話

〔外科部長〕 ポルタ・アルブス(病院)所属 医師


 夕飯はオムライス。
 フミウスくんはふわふわ卵の作り方をネットでおぼえたらしく、オムライスはそれなりにうまい。なにより、作りおきじゃない飯は楽しいものだ。

「部長、触手の開発は進んでいるんですか」

 おやおや。めずらしく向こうから聞いてきた。

「金がない。だが、理論上は二十本はいけるはずだ」

「二十本って」

「指の神経をつなぐのさ。手が十、足が十。ただ足はよほど訓練しないと――足指なんか別個に動かせるひとは少ないからね」

「指の神経で――機械のアームが動かせるものなんですか」

「ふつうにできるよ」

「ふつうに?」

「指の神経が電気信号を発するだろ。それを機械で受けて、人造のアームに流す。アームが動く」

「それ現実にあるんですか?」

「ある」

「あんのか!」

「いや、触手のはないが、作ればできるはずだ」

「ふつうのはもうあるんですか」

「もうある」

 フミウスくんは考え込み、黙ってしまった。

(おや)

 おれはケチャップ・ライスをかみ締めた。
 まさか。まさか、こういう研究に理解のあるパトロンが? お金持ちの厚志家があらわれたとでも? 

「指の神経がないとダメですよね」

「頭さえあれば、指の神経のない人間なんかおらんだろ」

「へ? 腕なくていいんですか」

 ――ああ。

 おばかさん。こいつは神経が腕につまってると思ってやがる。

「あのね。きみがスプーンをもってる感触も、このオムライスを味わってる味も、見えてる風景も全部、ここ、脳で処理してるんですよ。からだには端末しかないんです!」

「神経は……全部、脳にある?」

 部長、と彼は顔色をあらためた。

「四肢切断された人間にでも、それは可能ですか」

「訓練すればね。使わない神経、退化しているだろうから。ねえ。なに、触手つけていい犬がいるの?」

「だれが触手の話なんかしてんですか! ふつうの義手ですよ!」




〔フレディ〕

 メルは手足のない人生なんかいらない、と言った。
 馬に乗れない人生に未練はない、と言った。
 彼はもうおれを見ない。天国にあこがれてしまっている。
 メルにはひざが必要だ。馬の腹を支えるひざが。
ただ命を助けるだけじゃだめだ。




〔ウォルフ〕 護民官府スタッフ (元第五デクリアのアクトーレス)


「言えよ、イアン」

「――なにを」

「早晩、きみは潰れる。頭を整理して、行動しないとダメだ」

「――」

「まず、話すんだ」

「きみはホントに容赦ないな」

 イアンはにが笑いして、ウイスキーをあおった。
 空のグラスを見る目がけわしかった。彼は寝ていない。徹夜で残業したり、ジムに入り浸り、ろくに部屋に戻っていなかった。
 この男は逃げ回っている。混乱したまま、ぐるぐる走り回っている。

 だが、いつかは決断しなければなるまい。
 おれは彼のグラスに酒を注いだ。

「聞こえない」

「――おれのオフィスにバカが嘆願にきた」

 イアンはあきらめてしゃべった。



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