不貞



 暴漢は三人いた。
 ひとりは上から見下ろし、ひとりは足のほうにいる。もうひとりはおれの股の間にしゃがんでいた。

「気が強いな。まだ歯向かうぜ」

「もう一度テイザーを使え」

 ひとりが恨めしげに呻いていた。「眼鏡が壊れたよ。クソ犬が」

「素人じゃない。こいつは訓練されている」

 股の間の男が言う。

「軍人か、警官か。――暴力なんか屁とも思わんタフガイだ。テイザーなんか使うものか」

 イキのいいのをそのまま食べるのが、醍醐味というものじゃないか、とわらった。
 無礼な指が股間をつかんだ。無理やり肛門をこじあけようとする。

「ンンッ! ンンッ!」

 おれは激怒し、跳ねあがって暴れた。四肢の鎖が金属にあたってガチャガチャ鳴った。

(誰なんだ。こいつら)

 いくつもの手が腰を押さえつける。

「ッ――」

 みぞおちの痛打に内臓がショックをうける。咳き込んでしまう。

(――だれか。だれか来て。はやく)

 いくつもの手が股間をひらく。ぬめった熱いものが肛門に強く押しつけられる。

(いやだ!)

 動けなかった。熱い異物が直腸のなかにめりめりともぐりこんだ。
 おれは口枷のなかで絶叫した。
 暴漢たちがわらった。

「まるでバージンだ」

 おれは見えない目を瞠った。尻が重い。尻に不気味な熱が居座っていた。

(あ、ああ)

「どうだ。主人以外の男の味は」

 顔の上でざらついた声が言った。

「いやか。いやじゃないだろう」

 おまえはビッチなんだから、と腰を浮かせる。次の瞬間、直腸の塊がぐいと奥まで突き通った。
 目の裏が白く灼けた。
 ひどく大きい。尻いっぱいに熱いタイヤが詰め込まれたようだ。
 男はすぐに早駆けをはじめた。

(神様)

 太いペニスが腸壁をこそぎ落とすように動く。腹のなかに毒液を撒き散らし、爛れさせていく。

「――」

 顔の上で暴漢たちがわらった。

(神様。どうしよう)

 涙があふれ、目隠しに沁みた。
 とりかえしのつかないことになってしまった。




 ドムスに戻る前、おれはもう一度、ふりかえって半ズボンを見た。
 ズボンに血はついてない。半袖の腕は擦り傷だらけだが、これはなんとかいいわけがたつ。

(柔道の道場で投げられた――靴は)

 靴が片方なかった。どういいわけしたらいいのか。
 途方にくれていると、いきなりドアが開いた。

「ロビン」

 キースがほっとしたように笑った。

「遅いからどうしたかと思った。探しに行くとこだったんだよ」

「よせよ。ガキじゃあるまいし」

 おれは笑い、彼の傍らを通り過ぎようとした。「ドッグマーケットで話し込んでただけだよ」

「なんだ。戻ってたのか」

 エリックが顔をのぞかせる。おや? という顔をした。
 おれはあわてて彼のそばを通り抜けた。

「うまそうなにおいだな。今日、誰だっけ? アル?」

「おい」

 エリックが追ってくる。「おまえ、なんか変だな」

 おれはうろたえた。ふりむかず、アトリウムを抜ける。だが、むかいにミハイルが立っていた。
 ミハイルのピンク色の目が大きくなった。

「ロビン、首輪はどうした」

 おれははっとして咽喉に手をあてた。なにもなかった。
 もう言いぬけはできなかった。三人とも異変に気づき、顔色を変えている。
 おれは泣きそうになった。かわりに怒鳴った。

「これはおれのトラブルだ。あんたらには関係ない!」




 カニス・フォルムの帰りだった。
 おれはアウェンティヌス区のドッグマーケットに寄ろうと思った。
 ドッグマーケットは三店舗あるが、少しずつ品ぞろえが違う。おれは好きなベルギーのチョコレートのためにちょっと寄り道した。

 店で仲間のための菓子を買い、地下道に入った時、ハスターティ兵に呼び止められた。
 それから少し記憶が飛んでいる。
 気づいたら目隠しされ、どこかの室内でベッドに貼りつけられていた。

(……くそ)

 シャワーの栓をひねる腕に力が入らない。腕が震えていた。
 おれは自分のからだをブラシでむやみにこすった。
 男の精液。汗と脂。手の痕がまだ這いまわっている。

 ――見ろ。泣いてる。まるで女だな。

 ――ハハ。泣くんだ。犬のくせに。

 ――なにがくやしい。え? おまえは淫売のワン公だろうが。

「――ッ!」

 おれはブラシを落として、肘を抱えた。強く掴んでも筋肉の痙攣がやまない。なにかにとり憑かれているようにガクガク暴れる。

「くそっ!」

 おれは壁を殴りつけた。食いしばった顎がふるえた。

(こんなことぐらい、なんだ)

 ここはヴィラだ。犯罪組織の作った町だ。こんな事故は日常茶飯事だ。

(ちょっと運が悪かっただけだ。おおげさに騒ぐことはない)

 だが、仲間はそうは思わなかった。

「どこのどいつだ」

 エリックは目を据えて言った。「肌の色は。眼の色、背はどれぐらいだ」

「いや、エリック」

「ハスターティだろうと、なんだろうとやらかしたことの償いはさせてやる。ケツにそいつの足首つっこんでやるぞ」

「たのむよ、よしてくれ」

 おれは、覚えていない、と言わねばならなかった。

「ぜんぜん顔はわかんないんだ。眼鏡かけてたし、あっという間にノされちゃって。気づいたら、解放されて道路で寝てたんだ。何があったんだかもあんまりはっきりしないんだよ」

 ミハイルが憮然と言った。

「眼鏡をかけているハスターティはいない」

「――」

「そいつはハスターティじゃない。ハスターティに変装する必要があった人間だ」

 犬か、とエリックが眼を光らせる。

「いや、会員だろう」とアルフォンソが言った。「犬ならマウントって抜け道がある。首輪をとったのも、バレた時、首輪の無い犬を見つけたってことにしたいからじゃないか」

 会員、と聞いて、エリックが舌打ちした。犬が会員を制裁するのはむずかしい。
 キースがかすれた声で言った。

「だからどうした」

 それとわかるほどにその顔が青い。

「会員だろうと、おれは許さない。ロビンはご主人様のものだ。こんなことされるいわれはない。おれはそいつを殺す――」

 ちょっと待ってよ、とおれは笑った。

「みんな、興奮しすぎんなよ。これはおれに起きた事故だ。おれのなの。自分でなんとかするから、忘れてよ」

 みんなこわいよ、と茶化したが、誰も笑わない。
 ミハイルが言った。

「会員なら、おれたちが制裁するのは無理だ。ご主人様に迷惑がかかる。ヴィラに通報して、犯罪者を始末してもらうべきだ」

 その言葉になぜか、髪が逆立った。

「ヴィラに通報なんかするな!」

 おれの声は裏返りかかっていた。

「誰にも言うな。ご主人様に言ったら、ぶっ殺すぞ。絶対言うな」

 言わないのか、とエリックがおどろく。

「ご主人様に知らせなかったら、おまえ」

 おれはほとんど悲鳴をあげていた。

「言ったら殺す! 絶対にやめてくれ! 絶対に!」

 アルフォンソが、わかった、と手をひろげた。

「わかった。このことはロビンにまかせよう。みんな、飯だ」



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