ジョーディの旅 第15話 |
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ラロは探してくれた人々にアイスクリームをふるまった。 店主にジョーディの分の金を払おうとすると、 「いや、彼は金を払ったよ」 と五十ドル札を見せた。 老婦人クロリスがバス代に、と持たせた金だった。 「チョコやピスタチオじゃイヤだってのさ。レモンじゃなきゃ受け取らなかったよ」 店主は愉快そうに笑った。 「アレン」 ラロは先までの自分の態度を決まり悪く思った。 「その」 アレンは首を振った。 「ぼくのほうがジョーディに助けてもらったんです。彼のおかげで、いまここにいるんです」 わたしも、とポーラが微笑んだ。その鼻が赤かった。 「もらい泣きしちゃって」 と笑った。 「ふたりとも、話をきかせてくれ。ジョーディとどうして出会ったって?」 「いずれ」 アレンは微笑んだ。 「はやくジョーディを家に連れて帰ってやってください。大変な旅をして疲れてるんですから」 「せめて食事でもおごらせてくれよ。リブのうまい店があるんだ」 だめよ、とポーラがアレンの腕をとった。 「わたしの先約があるんです。あなたもジョーディと積もる話があるでしょ」 キミーは携帯電話で話していた。笑って報告しているところを見ると、相手は神父か自分のパートナーのようだった。 一週間後、ラロはジョーディと自宅の荷物を運びだした。 近所の人々がそれを見て、口々に声をかける。みな、 「ジョーディのハンサムな顔が見れないと思うと、さびしいな」 というようなことを言った。 「すぐ近くですよ」 ラロは快活に答えた。 「ここも気に入ってたんですが、ジョーディがアイス屋が近いほうがいいってんで」 新しいアパートには24時間、ガードマンがいた。ランドリーも共同ではなく、部屋についていた。そのために値が張ったが、出費の価値はあった。 もちろんそれだけでは、完璧ではない。 数日前、ラロは脱獄犯を追いつめたリコに会った。リコは意外なことを言った。 「やつに電話したんだ」 リコはソロモンの居場所を突き止めたが、逮捕するライセンスを持っていない。警察に知らせ、SWATの到着を待つ間、ソロモンに電話していたという。 「なぜ?」 「ヒマだし――」 リコは大きな肩をすくめた。 「なんできみを襲ったか、聞いてみたかった」 ラロはあきれた。よほど逃がさない自信があったのだろう。 「で、なんて言ってた?」 「きみが動物みたいに扱いやがったって。連行中に口きいてもらえなくて、傷ついたらしい」 ラロは目をしばたいた。 「……そんなことで?」 「そんなことだ」 リコはぶっきらぼうに言った。 ラロは一度、ソロモンと面会した。 ソロモンは憮然と黙って、ラロを無視していた。だが、面会はことわらなかった。 ラロは煙草はいるか、とたずねた。暮らしはどうか、と聞いたり、ものの値段が上がったとか、ホッケーの試合の動向、といったたわいない話をした。 「なんなんだ、いったい」 ソロモンは黄色い歯を剥いた。 「頭でも撫でてもらいてえのか。早く用件を言ったらどうだ」 「おまえ、海兵隊で狙撃兵だったんだってな」 ラロが言った時、ソロモンの目が一瞬、止まった。 「だから、どうした」 「おれもだったんだよ」 ソロモンが黙った。 それだけだ、とラロは言った。 ラロは刑務所を後にした。 ソロモンはつけあがるかもしれない。視野に入ることで、かえって恨みをつのらせるかもしれない。 (それは適当にあしらっておけばいい) ただ、これから時々、顔を見てやろうと思った。 誰だとて、文句をいう相手もいないのはさびしいものだ。 犯罪者に恨まれるからといって、賞金稼ぎをやめるつもりはなかった。武装した敵には容赦しない。 だが、そのあとは、赤の他人に、ひとつだけ窓を開けておいてやろうとおもった。 まもなく四時だった。 ラロは友人の会社に車を回した。親友のハーブは小さな自動車修理工場を持っている。 けして大繁盛とはいえない小さな工場だったが、彼はラロの頼みを聞いてくれた。この男も昔は刑務所に入っていたことがある。 ラロは友に声をかけてから、ガレージをのぞいた。 トラックの下に、見慣れた足が出ていた。 「おい。時間だ。終わりだぞ」 呼びかけたが、足はもたもたしていた。 「スノウバード、寄ってきたぞ」 ゴンと何かが当たる音がした。 汚れたつなぎがすべり出てきた。ジョーディの顔はさらに黒い油で汚れていた。彼はアイスの袋を見て、工具を放り出した。 「手と顔を洗っておいで」 急いで蛇口にとりつき、手と顔を洗う。あらためて、ラロの肩口にぴたりと立った。無表情の青い目がまたたいた。 「グッドボーイ。よし、うちへ帰ろう」 ラロは痩せた背を車へとうながした。 ―― 了 ―― |
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