ジョーディの旅 第14話 |
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ジョーディはアイスクリーム屋に入ると、ケースにべたっと張り付いた。 大好物のレモンアイスがあった。ひんやりと舌に心地よくて、すっきりして、好ましいあれだ。口中からどっと唾が湧き出た。 子どもはそれを見て、満足して去った。 「ご注文は」 店員が無愛想にたずねる。 ジョーディはレモンアイスを見つめつづけた。あれが欲しい。ケースから出してほしい。 しかし、どうしていいかわからず、つばきが湧くばかりだった。 「ご注文は?」 店員は少し苛立った。 この客はほかの客の邪魔になっている。指紋と顔の脂で汚れたケースをあとで拭かなければならない。 ようやく、相手のふるまいが奇妙なことに気づいた。店員は舌打ちした。 「買わないのなら行きなよ」 低い声だった。 ジョーディには意味がわからなかったが、その声音が怒りをふくんだものだとは感じた。 彼は拒絶されていた。 ジョーディは怯え、ケースから離れた。だが、レモンアイスとは離れがたい。 店の隅に立ち、そこからアイスを見つめ続けた。 その間にも人々がアイスを買いに出入りした。彼らはアイスを選び、周到にやりとりして、すばやく去っていく。 レモンアイスを買う客もあった。 ジョーディは減っていくアイスを見つめ続けた。 (クソったれ。帰らねえのかよ) 店員は腹をたてた。 出て行けと怒鳴り、モップで押し出したが、少しするとジョーディはまた戻ってきた。 店員は時計を見て、悪態をついた。 ――もう三時間も突っ立ってるじゃねえか。 警備を呼ぼうとした。その時、店長が外から帰ってきた。 「へんな野郎がへばりついてんです」 店員は、あごでしゃくってみせた。 「どうしたんだ。あれは」 「コレですよ」 と、頭を指差す。 店長はジョーディを見た。なるほど少し目の焦点がにぶい。 その青い目はアイスのケースに釘づけだった。口からよだれが垂れそうになり、急いで吸っている。 唾を飲み込み、のどぼとけが動くのを見て、店長は笑った。 「食わせてやれよ。おれのおごりでいい」 「そういうこと、やるんスか」 「いいじゃねえか。アイスが好きなんだよ。おれはアイスが好きなやつが好きなんだ」 「また来ますよ」 店主は相手にしなかった。おいで、と若者を指で呼んだ。 ジョーディはその合図を知っていた。さらにこの太った男は怒っていない。 ジョーディはまたべたりとケースに貼りついた。 「ラロ」 キミーがミネラルウォーターのボトルを彼に手渡した。 ラロは無意識に受け取り、指にぶらさげたまま宙を見つめた。 通りにも駐車場にも、あの痩せた背中は見えない。どの屋台も知らないといい、近くの店に入った気配もなかった。 (ここからタクシーに乗って、我が家に戻ったことなんてありえんし) 「もうすぐ見つかるよ」 キミーが水を飲みながら言った。 「だけど、ラロはどうするんだ?」 「なにが」 「ジョーディをまた施設に返すの?」 ラロは黙った。 当然だ。そうしなければならない。今度は、もっと厳重な施設を探して、ジョーディがふらふら外に出ないようにしてもらわなければならない。 「おれはそれは解決にならないんじゃないかと思うんだ」 キミーは言った。 「たぶん、ジョーディにも、あんたにもつらいことだし」 「つらくったって、泣いたって仕方ないだろう。ソロモンに射殺されたら、悲しいじゃすまない」 「ソロモンはもう見つかるよ」 キミーは言った。 「兄さんがエクソダスの人員を狩り出してるし、リコも手伝ってる」 ラロはふりむいた。 「いつから?」 「あんたが撃たれたすぐ後からだよ」 ラロは口を開いた。 神父は何も言っていなかった。ただ、ニュージャージーでは隣にいて、無駄口叩いていただけだ。 「……そうだったのか」 「友だちだからさ」 キミーは彼の肩を叩いた。 「みんな、心配してんだぜ」 その時、キミーの携帯が鳴った。彼はぱっと笑った。 「さすがリコ! カッコいい!」 ソロモンが逮捕されたという知らせだった。 ラロは目をさまよわせた。 どう受け止めていいかわからなかった。不意に自分が、ひどく愚かになった気がした。 さらに今度はラロの携帯が鳴った。 『アレンです。ジョーディがいました。スノウバード・アイスクリームです!』 スノウバード・アイスクリーム店には、大勢の人間が待っていた。 キミーの友人たち、モールの警備スタッフ、アレンとポーラもいた。 「来たぞ」 彼らは笑って場所を開けた。 テーブル席に砂色の髪の痩せた若者がいた。アイスのカップから顔をあげた。 「ジョーディ――」 ラロは立ち尽くした。 ジョーディのなで肩があった。そのTシャツは薄汚れていた。目にはボクサーのような黒い痣をつけ、顔の半分は薄い色の無精ひげで覆われていた。スプーンを持つ手にもバンドエイドがベタベタ貼ってある。 だが、彼はそれらを忘れていた。痣をつけた青い目が、ぽかんとラロを見ていた。 ジョーディは立ち上がった。その肩が落ち着かなかった。彼はおずおずとレモンアイスののったスプーンを差し出した。 ラロは顔をしかめた。 「……このばか、なんで」 言えなかった。その痩せた肩を抱いた瞬間、言葉も、なにもかも、一切が押し流されてしまった。 ラロはその感触に、泣いた。 ジョーディは旅のにおいがした。長いドライブのにおい、アスファルトをとぼとぼ歩く、土ぼこりのにおいがした。 会いたかったよ、というように重くラロの肩にもたれていた。手に触れるうすい背中が、あたたかかった。 まわりにいた者たちが歓声をあげ、拍手で取り囲んだ。 |
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