迷宮のキース |
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客の手がゆっくり尻を撫で回している。 指をするりと割れ目に沿わせ、尻穴の上をすべらせる。 おれは芝草をつかみ、ふるえていた。 ――どうか、ものわかりのいい客でありますように。どうか。 客はついにおれを抱き取り、膝に抱えた。その手が内股を割り、ペニスを包む。じわりと股間に熱がひろがる。 おれは客の胸にすがった。マイクに集音されないよう小声で頼んだ。 「部屋に、連れてってください」 客は答えない。ペニスを包む手があやしく動いて尿道口をなぞっている。 亀頭が濡れてしまう。尻のなかが熱く膨れて脈打ちはじめる。 おれは恐れた。勃起したペニスをカメラが見ている。飼育員が見ている。 「どうか。部屋で」 だが、客は抱えたまま口づけてきた。口づけたまま、ペニスを握り、尿道口をゆるゆると撫でつづける。 ひどく敏感な部分を責められ、おれはたまらず腰をひねってしまった。 その反応がよけい客を面白がらせた。客はさらに爪をねじこもうと尿道口を責めた。 「ん――アッ――」 逃げようともがくが、爪のない指に力が入らない。客の腕が強く抱き、動きを封じた。これ以上は暴れられない。 おれはうろたえた。 (いやだ。広場ではやめて。見られてる! あとで叱られる!) 性欲よりも恐怖のほうがまさった。 おれは尿道口を責められながら、すすり泣いた。だめだ。また叱られる。また怒られる。 『え、どうなんだ? 答えろ! 悦いんだろ? これが悦いんだろ?』 あえぎまじりの客の声の下で、おれが芝草にしがみついている。尻を高くして、ペニスを受けている。 『どうなんだ。答えろ!』 『い、悦いです! い、ヒッ――』 間抜けな声。必死に顔を伏せてたはずなのに、横を向いてわめいている顔が映っている。 ゆだったようなピンク色。鼻の孔を膨らませ、涙と洟とよだれを流したみっともないおれの顔。 尻を皮膚が打つ音。男の荒い息。おれのばかげた嬌声。 『いひ、ヒイン、アアッ、や、アッだめ――』 『ほら、言え』 『い、悦いです。とっても、いいー!』 壁ほどもあるモニターの前でおれは震えていた。 飼育員たちの不興が肌にひりつくほどにわかった。スピーカーから響く、鼻にかかったおれの甘えた嬌声がいたたまれない。 『アア、悦い! 悦いですー!』 「どういうことなんだ。キース」 飼育員のにがい声が聞いた。 おれは答えられなかった。こわくて涙があふれ落ちた。 「この恥知らずな態度はなんだといってるんだ」 すみません、といおうとしたが、咽喉が締まって声が出なかった。 しらじらした冷たい空気がとりまいている。 「あきれたね。何度言ってもこれだ」 「きたならしい」 「『悦いですう。悦いですう』」 「おまえは何度もおれたちにこれを見せ付けてうれしいのか。おまえはバカなのか」 おれは泣いた。 抗弁しても無駄だ。 おれがいけないのだ。お客様は悪くない。おれがもっとうまくお願いしなければいけなかったのだ。 「キース。おまえは広場のルールを知ってるのか」 「――も、もうしわけ」 「知ってるのか、と聞いてるんだよ!」 「ハイッ」 「知ってて、このザマはなんだ!」 ビンタが跳んだ。 おれは床に倒れ、泣きじゃくった。 恥も外聞もなく頭を抱え込んでちぢこまっていた。こわくてたまらなかった。 「少し懲らしめるか」 飼育員の不穏な声がいう。 おれは腰の力がぬけるのを感じた。また、罰。 「こないだの罰から日がたってないからなあ」 「あれじゃ効かないってことだろ」 腕をとられ、おれは号泣した。 「おゆ、おゆるし、おゆるしください」 無理やり手をとられそうになった時、飼育員たちが失笑した。 尻の下が濡れている。気づくと尻の下から尿があふれ、ひろがっていた。 飼育長が言った。 「今日はもういい。キース。次はいい子になれ」 おれは自分の雑居房に戻り、毛布にくるまった。 からだはまだむせび泣いていた。 ここでは泣いても誰も嗤わない。泣かなくなったら、狂うしかないからだ。 (どうしておれは。どうしていつも) |
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