第2話 |
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自分の性欲の強さがたまらなくいやだった。広場で客とセックスしたら怒られるのは当たり前だ。 いつも言われている。広場は品定めの場なのだ。セックスは室内でやるものだ。 なのに、いつもうまく中にさそうことができない。いつも触られたらすぐに欲情してしまう。ダメだと思うほどに、勃起してしまい、手足から力がぬけてしまう。 (おれは根っからいやらしいんだ。色気違いなんだ) また涙が湧いた。 飼育員は助平なおれが大嫌いだ。彼らはいつもおれを責め立てる。 肉体的な痛みはそれほどこわくない。痛いのは一時だ。だが、飼育員に叱られ、ひっぱたかれるのは慣れることがなかった。 「キース。キース」 小声が呼んだ。 おれは毛布から顔を出した。同房のサリムだ。 「入ってもいい?」 「――いいよ」 イヤだって言ったってこいつは入ってくる。 彼は当然のように毛布にもぐりこみ、おれに寄り添った。 「今日、寒いね」 「そうかな」 「寒くないなら、毛布もっとこっちにくれ」 サリムはひとの毛布を奪ってくるまってしまった。 べつに何をするわけでもない。お互いに疲れているし、かける言葉もない。だから、つらい日は寄り添って眠るだけだ。 だが、この日、彼は寝なかった。 「また、ゲームがあるよ。おれたちも出るらしい」 「……」 「テセウスの迷宮めぐりがテーマだってさ」 おれはぼんやり彼の声を聞いていた。 ゲームとは、ヴィラの祭だ。お金持ちの客がヘラクレスや怪傑ゾロなどのヒーローに扮して、冒険をする。優勝者にはプレミア犬が与えられる。 おれたち犬は、そのちょい役に狩りだされるのだ。町の人Aのような。 「大富豪で若いイイ男といっしょになれるといいな」 サリムの言葉に、つい釣られた。 「おれたちといっしょにやるようなお客はロセの連中だよ」 犬がやるような悲惨な役をいっしょにやりたがるのは、ドムス・ロセのマゾ客ぐらいだ。 「そうとは限らないさ。それに冒険者と話す役なら、チャンスがあるかもしれない」 「はいはい。がんばれよ」 寝ようぜ、とおれは目をつぶった。 サリムは強いやつだ。いつも言う。 ――ここを出るためなら、なんだってする。おまえの頭の踏んででもおれは出て行くぞ。 出る、ことを考えられる犬が、ここにどれほどいるだろうか。 『ふれあい広場』にいる犬は、自分の一歩前の地面しか見えない。飼育員に叱られるか、無事何もなく過ごせるか、だけだ。 「痛い! 痛い! ダメです。たすけて!」 おれはのけぞり、ふたりの男の間から逃げようともがいた。 「ほら、力を緩めるんだ。息をはけ」 「押さえてるから、おまえも早く入ってこいよ」 二つ目のペニスが無理やり尻穴に突き込まれ、おれは叫んだ。肛門が裂けている。怖かった。腸も裂けるかもしれない。 「――ッ、ねがい。抜いて」 「ほらイイコだ、わんちゃん。痛くない痛くない」 前から入った男がさらに腰を入れる。ビリとまた肛門が裂ける。 おれは恐怖に泣いた。骨盤が破裂しそうだ。括約筋がぶっこわれて、クソ垂れ流しになった犬の話が頭をぐるぐるめぐっていた。 「ここの犬はかわいいな。すぐ泣くんだ。女の子みたいに」 「泣き虫ばっかり集めたのか。ったく重たいな。動けよ」 背後の男が腰を弾ませた。鋭い痛みが肛門の粘膜を裂き、おれは悲鳴をあげた。 二本入れて動くなんて無理だ。骨盤がバラバラになってしまう。 「……許し、お許しください……」 「このままじゃしょうがないだろうが。さっさと腰を振れ。こっちが一発抜くまでこのままだぞ」 もうひとりの脅しが効いた。 「不服従のワン公だ。飼育係に来てもらうか」 飼育員と聞いて、おれはあわてて足裏を床についた。 「や、やります。やります」 「おう。気分だせよ」 おれはこわごわ腰を浮かせた。痛い。尻肉がどうにかなりそうだ。だが、ずるずると腰を上下させた。 客たちは褒めた。 「ハハ。いいぜ。絞られるみてえだ」 「おまえもイイだろ。色っぽい声を出しな」 乳首をつままれ、おれはヒッと息を飲んだ。だが、命令だ。腰をふわふわ動かしながら、引き攣るように喘いだ。 「ああ……ア、ん、……アアん」 むかいの男がクスクス笑いながら、手をとり、おれのペニスをさわらせる。もう片手をとり、乳首に触れさせる。 おれは自分の乳首とペニスを触りながら、腰を上下させ、アホなよがり声を出した。 「アア、はあ、ん。ハアン」 乳首はすでに硬く膨れている。それをつまみ、ひっぱるとわずかに甘酸っぱい感覚が染みとおる。 ペニスの尿道口にも粘液があふれている。それを撫で回し、亀頭の基部をなぞる。 部分的な快楽がふくらむ。それを意識しつつ、おれは股をひらき、腰をぎくしゃく間抜けに上下して、情けないよがり声を出した。半分、嗚咽だった。涙ばかりがあふれ出た。 だが、ふたりはいいお客だった。 終わって、おれが脱腸した尻にパニックを起こしていると、なぐさめて軟膏を塗ってくれた。 骨チップを三枚もくれた。 おれは明るい気分で部屋を出た。飼育係に骨チップを預けられるのはとりわけうれしいことだ。 「三枚か。キース、よくやったな」 頭を撫でてもらう。これだけで脱腸のことなど気にならなくなってしまう。飼育員が撫でてくれる。なんて素晴しい日だ! 上機嫌で房に戻ると、なぜか仲間の様子がおかしかった。 空気が悪い。 「どうしたの」 「サリムがアリーを殴ったんだ」 わけを聞くとくだらない喧嘩だ。サリムが仲間の食事からソーセージをとって喰った。言い合いが嵩じて、殴り合いになったらしい。 「サリム」 わけを聞こうとすると、サリムがおれに飛びついてきた。抱きつき、ワンワン泣き出す。 「スンが売れた!」 おれは理解した。仲間がひとり売れたのだ。サリムは仲間が売れるたびに、焦り、やつあたりをする。 「あんな不細工が! 足のくさい猿のくせに!」 おれは彼を毛布で包んで座らせた。しがみつくままにさせて、泣かせてやった。 彼は気持ちいいぐらい嫉妬を隠さない。おれたちが黙っている焦りや呪いをあますところなく口に出す。 だが、あまりにあけっぴろすぎて、つらくなる。 「おれの番はいつくるんだ? おれはここで死ぬしかないのか」 おれは彼の背を抱いてなだめた。 「おまえはすぐ売れるよ。美人だし、セクシーだ。きっととびきりの」 「いつ売れるんだよ! いつ! キース! いつ?」 彼の拳がおれを殴り始める。なるべく毛布で包んで、動きを封じるが、ついに噛みつきはじめた。 痛い。だが、突き飛ばせない。歯をたてながらサリムは号泣していた。 「早く出たい! 出してくれ。ここから出たい!」 翌日、おれたちはゲームの会場に連れてこられた。 あ然とした。 迷路だ。黄昏の天の下、石壁がどこまでも続く巨大な迷宮が作られている。 半分以上は書割なのだろうが、石壁のセットはそれらしく、土の敷かれた地面もリアルだ。 クレーンに吊られ、あらたに壁が設置されている。スタッフがせわしなく働き、樹木や土を運んでいる。 「アホだな。金持ちは」 サリムが苦笑して言った。 「イイ大人が何やってんだか」 だが、彼も入ってみたいに違いないのだ。おれもどうなっているのか見たかった。 首を伸ばしてのぞきこんでいると、スタッフが叱った。 「ワン公どもはこっちだ。遊びに連れてきたんじゃない。さっさと移動しろ」 あわただしくせきたてられ、地下の入り口へと追い立てられる。 入れ替わりに、アクトーレスと黒いスウェットを着た背の高い男が入ってくるのとすれ違った。 おれはハッとふりかえった。どこかで見た顔だ。 あの身ごなし。アスリートだ。どこで見たのか。 「キース、おまえは知ってるだろ」 飼育係が笑った。 「アルフォンソ・バッリスタ。フェンシングの五輪チャンピオンの。今度のゲームの目玉商品だ」 |
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