第4話

 わたしはうろたえた。無茶だ。野外だ。樹木に囲まれた公園内とはいえ、他人が出歩く場所だ。知り合いが、うろつきまわる場所だ。

(あいつ、やりすぎだ!)

 わたしはイーサンの頭をうたがった。彼はわたしを奴隷として公開しようとしているのか。一線を踏み越えようとしているのか。

 石の上で足がふるえた。
 そうなっても、何もできない。後ろ手に縛られ、首縄を木に吊られた状態で、他人に見られてもいいわけさえできない。

(う……!)

 わたしはあわてて尻に力を入れた。卵がまた直腸を重くふくらませている。肛門をめりめりとひろげて、ずり落ちそうになる。

 ――一個でも落ちてたら、朝までここにいてもらいますよ。

 わたしは恐れ、あえいだ。
 あの男ならやりかねない。夜明け、公園には犬連れの散歩客たちが集まる。好奇の目がこれを見る。あるいはそれが狙いなのか。

(イーサン、無理だ……)

 足のふるえがとまらなかった。火にあぶられたように、ものが考えられず、汗が流れた。
どうすればいいのか。
 ギャグの間から、湿った息がこぼれた。

(泣くんだ)

 そうだ。わたしはもう泣ける。圧倒的な恐怖に抗しきれなくなったら、子どものように泣いてもいいのだ。

「――」

 わたしは戦いをやめ、湿っぽいうめき声をもらした。身をゆすり、哀れを訴えた。
 泣くことで、脳が少し落ち着いてくる。このばかげた姿、石の上で尻に卵をはさんで泣いている情けない格好に、甘い恥辱感が嵩じてくる。

(――)

 たえず、卵がせり出してくる。肛門をめいいっぱい開いてしまう。腰をかがめて懸命に包んでいるが、次の卵が圧して出そうとする。卵が腸のなかで直列し、太い男根のように強く圧迫している。

「うふ」

 眉をしかめると、涙がこぼれ落ちた。乳首の石が揺れ、胸に響いた。

(ああ、イーサン。ディータ)

 ふたりに乳首を吸ってほしい。卵を産む間、やさしく抱きしめてほしい。
この闇から守ってほしい。海亀の真似をして土を?き、尻の穴から卵を産み落とす、恥知らずなわたしを抱擁してほしい。

「ふっ、うふ――」

 身をよじり、甘えた泣き声をあげた時だった。

「おい。聞こえたか」

 木々の向こうに人声が小さく聞こえた。
 わたしは我に返り、凍りついた。

「ここに、誰かいるぞ」

「そりゃいるだろうよ。ここは――」

 草を踏んで足音が近づいてくる。もうひとりが、よせ、と言いながらついてくる。
 わたしはとっさに飛びのきかけた。だが、首縄に引っ張り戻される。くるりとからだがうしろを回っただけだった。

 ――逃げられない! 見られる!

「ジェイコブ、よせ。かかわるな」

 制止の声を振り切って、力強い足音が踏み込んできた。

「メリル!」

 顔に血がさっと駆け上るのがわかった。あの黒人の坊やだ。あの若い掃除夫だ。よりによって!
 彼は飛びつくようにわたしの首輪をつかんだ。わたしはのけぞりかかった。

(な)

「ジェイコブ、何やってんだ! よせ」

「死んじまう!」

 ジェイコブは荒々しく相手を振り払って、わたしの首縄に取りついた。縄をほどこうとしている。
 わたしは動転した。

(どうするんだ。イーサン!)

「やめろ。そいつはお仕置きの最中なんだ。色気でやってんだよ」

 相方は止めようと組みついているが、ジェイコブはきかない。相手はいきなりわたしの肩をつかみ、

「ほら、これ」

 と、引いた。
 その時、髪が引っ張られ、かつらがずれた。
 心臓が止まりそうになった。

(あ)

 気づいた時には、肛門からバラバラと卵が飛び出していた。
 頭から血の気が引いていく。ジェイコブの動きが止まっていた。わたしの足元には夜目にも白い卵が転がっていた。

「ほら、見ろ。産卵中だ」

 仲間がにがい声を出す。
 焼き鏝をあてられたようだった。わたしはふるえ、知らず落涙していた。

「おっぱいにピンチもつけてるし、殺しゃしねえよ。さあ、行こう」

 だが、ジェイコブはまた首の縄をほどきはじめた。

「ジェイコブ!」

「泣いてる。いやがってる」

 首が自由になった。すぐさま、わたしは走りだしていた。

「メリル!」

 ジェイコブは呼んだが、追ってはこなかった。
 わたしは泣きながら公園を飛び出した。腕をうしろで縛られたまま、胸に石飾りをぶらさげまま、通りを駆けた。

(見られた! これをひとに見られた!)

 尻から卵をひりだす姿を他人に見られた。おわりだ。すぐ手続きして、ここを出るのだ。仕事に戻るのだ。

「メリル」

 行く手の角から、黒い人影が飛び出した。大きく手を広げて抱きつこうとする。

「ヒッ――」

 かわしきれず腰にタックルされた。途端にジャッと尿が漏れた。

「グーッ、ングーッ」

「メリル。メーリール。おれたちだ」

 ディータの声がわたしを包んでいた。わたしは気づき、彼の胸にもぐりこんだ。わあわあ泣いた。
 すぐにイーサンの声が近づいた。

「こわかったね、メリル。さあ、帰ろう。もう大丈夫。ライチを買ってきた。みんなで食べよう」
 

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