黄昏のなかで



「レオン」

 ベッドから主人が呼び、おれは前へ進み出た。
 ほかのメイドたちが小さな嘆息とともに、部屋を出て行く。

 おれはベッドの端に腰をおろした。襟もとのボタンをひらき、ブラカップの中から重い乳房を落とす。
 ひじをつき、豆のようにふくれた乳首を主人の口元に差し出した。

「――」

 主人の厚い唇が乳首をふくみ、腰に微電が走った。吸い上げられる感覚。濡れた舌先が蠢く。おれは眉をしかめ、腰にいとわしい熱が生まれるのを感じていた。

 人工の乳房はばかばかしいほど大きい。主人のハゲ頭と同じぐらい大きい。
 それが自分とつながっている。主人が吸い上げると、おれのペニスが釣り上がるようにざわめくのが不快だ。

「ん――」

 主人が甘えた呻き声をあげ、顔をうずめてくる。
 おれはしかたなく、そのハゲ頭を腕に抱いて、乳房に押しつけた。
 脂っぽいハゲ頭を抱いて、乳首を吸われていると、からだの芯にいやな熱がうずく。尻のなかがせつなく熾ってきて、ものがなしくなる。

 いとわしい。生臭い濡れた唇。胸に当たる伸びかけた硬い髭の感触が、おぞましい。
 わが身が腹立たしい。乳首を吸われ、腰をせり出し、ひざを開いて主人のペニスを待つ、だらしのない自分を殴り殺したくなる。

(……)

 スカートの下で、主人の毛深い手が内腿を撫でまわしている。ペニスには触れず、内股と陰嚢をおざなりに揉んでいる。 
 おれは目を閉じた。まもなく主人の太った腹が押しつけられた。おれは両足を閉じて迎え入れた。

 熱い塊が睾丸の下に差し込まれる。短いペニス。勃起しても十センチもない。
 それがせわしく前後した。
熱くふくらんだペニスが内股を擦り、会陰をかすめる。ぬるぬると陰嚢をこすり、不穏な感覚を巻き上げる。

(くそ、もっと……)

 浮き上がったからだには、そんななさけない愛撫でも快かった。
 おれは彼の腰をつかみ、ペニスが痛むほど強く腰を密着させた。

「あっ、アッ」

 乳首が強く吸われている。全身の血を吸い上げるようだ。そのせつない快感が尻のなかに共振する。

「んんッ――あ」

 唐突に運動が終わった。
 股があたたかいもので濡れる。

 主人はやっと口から乳房を離し、大息をついた。すぐに、それがいびきに変わっていく。
おれは汚れたからだを離し、ベッドから抜け出た。




 シャワーの湯を浴びながら、おれは指で尻の穴を慰めた。
 中指を差込みつつ、片手で乳房を揉む。

「ん……ンッ――」

 自慰にペニスはいらなくなった。この奇怪な乳房のほうが感じやすい。

「ア」

 いまの飼い主には奇癖がある。寝入る時には乳飲み子のように、乳房に吸いついていたい。

 わからぬでもない。
 わからないのは、女嫌いという点だ。女のからだは好きだが、その中身はおよびでないという。かくして、男の胸に人工の胸をとりつけようという発想になる。なぜか、男にドレスを着せて、メイドとして侍らせようと思いつく。
 この思いつきが、おれたちの不運だ。

「ンッ」

 おれは指を増やし、ねじいれた。じれったい感覚を追って、前立腺を揉み込む。腹の中に細かい熱の粒が湧く。肌の下を駆け抜け、乳首が痺れる。

「んふ、ん――」

 乳首を強くつまんだ時だった。

「挿れてやろうか」

 おれはふりむいた。
 シャワー室の前に全裸の男がいた。
 メイド仲間のアンリだ。やはり、雄々しいからだに、不自然な巨乳がついている。おれが来るまでは、彼が主人の一番の気に入りだった。

「素股じゃイケないだろ。抱いてやるよ」

「うせろ」

 彼は勝手にシャワー室に踏み込んできた。背中から抱きつき、胸をつかむ。長い指で乳房を揉まれ、かすかに鳥肌がたった。腰の力がぬけそうになる。

「うせろと言ったんだ」

 彼の手首をつかみ、ひねりざまに投げ飛ばした。アンリはよろけ、転びかけた。

「お高いこと」

 彼はあざ笑った。

「あのインポ野郎に頭を撫でてもらうのに、貞淑なこった。やつの庇護がなきゃこわいか。レイプが。もう自分の身も守れねえしなあ」

 彼の笑いが針のように光った。

「それとも戦えるのかい。またコロシアムに出られるかい? 剣のかわりにケツ振って」

 手元にあったボトルを投げつけた。アンリは嘲笑を残して去った。
 おれは暗い部屋をにらみ、立ち尽くしていた。
 シャワーの湯が肩に跳ね、落ち続けた。
 湯が丸い乳房をとりまくように流れ落ちる。

 二年前、最終戦で敗北した時、おれは生きていることを後悔した。
 いまだ後悔している。
 だが、まだなぜか生きている。何かを待って、息をひそめている。


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