バージン




 おれは素裸になり、ベッドの上に足をひろげた。ジェルをのせた指で肛門をこじあける。

「ん……」

 少しほぐすが、自分の指では欲情しない。ジェルをこってりぬりつけたバイブの頭をもぐりこませる。かたい無機物が尻肉を押しひろげていく。異物をはさんだ感覚に、にわかにはらわたが色づきはじめる。

 次は足かせだ。足首とひざ上の二箇所。ぴったりひざをとじて拘束すると、魚のように腰しか動かせなくなる。

 次にさるぐつわ。これが肝心。口にハンカチをつめ、さらにタオルできつくしばれば、人語は話せない。猥語をしゃべって欲情する人間もいるが、おれはちがう。コトの最中に自分の声など聞いたら、正気に返って自己嫌悪に陥ってしまう。
 いまは遊びの時間だ。断固聞きたくない。

 さあ、仕上げは手かせだ。もちろん後ろ手。乙女のようなファーつき手錠で拘束し、鍵はベッドサイドテーブルへ。いつか落として青くなった日もあったっけ。
 準備完了だ。おれは背中にまわした手でリモコンを握り、ベッドに倒れた。

 目をとじておなじみの空想にひたる。
 醜い三人の中年男。でっぷり太って、頭はツヤツヤのハゲ。目は豚のように光り、欲深そうな分厚い唇は好色に濡れている。

『これはこれは。粋な接待ですな』

『こころなしか、社長のご子息に似てますが、気のせいかな』

『似てますな。こいつは楽しめそうだ』

 脂ぎった指がおれの足首をつかもうとする。
 おれはちぢみあがり、シーツを蹴って、ベッドボードのほうへ尺取虫のように逃げる。
 三人はすぐにはつかまえない。好色な目をぎらつかせながら、ベッドに迫ってくる。取り囲まれ、おれは囚われの乙女のようにおののき、哀願する。
 太い指がおれの太ももに触れる。

(!)

 もう逃げ場がない。おれは震えながら、イヤイヤをする。しかし、男は黄色い歯をみせて笑い、汗ばんだ手で太ももから腰、腹、胸をなでていく。

(アア)

 おれは身をかばい、枕にはりつくように身をまるめる。だが、尻があらわになり、男の目に淫具がさらされる。

『おや、リモコンが――』

 ア――、(といいつつ、後ろ手でスイッチを入れる)途端に尻のなかのバイブが狂ったように暴れだした。

「ンくッ、グッ」

 いきなり強に入ったらしく内臓が飛び上がる。だが、その振動がペニスの付け根に響き渡り、みるみるペニスがあたたまった。
 想像のなかの男たちの視線がペニスにまとわりつく。

「ンンッ、ふ、ん」

 おれは鼻にかかったあえぎをもらし、恥じ入って首を振る。

(ああ。見ないで。これはちがう。ちがうんだ)

 だが、男たちはすでに熱雲につつまれたように欲情している。ズボンを脱ぎ、血管の浮いたサボテンのようなペニスを突きたてている。

(やめ、やめてくれ)

 おれは腰をくねらせ、逃げようとあがく。腰をひねるごとに、かたいバイブが尻の中をあちこちをえぐり、暴れまわる。

(あひ、イイッ、アア)

『これはたまらん。先にもらうぞ』

 脂ぎった裸が背中から抱きつく。

(ッ!)

 尻の玩具はいつのまにか、荒々しい男のペニスに替わっている。ふとぶととした肉がくねるように押し入り、からだの真ん中で痙攣するように跳ねている。

(アアッ、ハッ、アッ)

 太い腕のなかでもがいていると、もうひとりの男が、

『では、わたしはこっちを』

 脂ぎった顔が腰にもぐりこもうとする。ぬめった口がおれのペニスを頬張る。

「んふッ」

 おれは縛られた膝をふり、身をもがく。だが、男は太ももを抱え込んでしゃぶりつく。

(ヒイッ、イイッ、ああ。やめ、やめろ)

 だが、三人目の男がおれの胸に喰らいついてくる。獣の子のように乳首に吸いつき、痛むほどに吸い出す。

「ンンッ、フンンッ、クン」

 おれはひとりベッドの上でもがき暴れる。妄想の三人の中年男に張りつかれながら、悲鳴をあげ、腰をふり、そろえた両足をばたつかせて、シーツの上をころげまわる。

(ああ。ダメ。イク。アアッ)

 おごそかな痙攣が腰を響き渡り、熱線がペニスを突き抜けていく。
 光のような一瞬の歓喜。からだをとりまいていた狂騒が恍惚のうちに蒸発していく。

 そして、ただのモーター音がのこる。しわくちゃのシーツ、だらしない鼻息とおもちゃをくわえ込んだばかげた姿の自分が残る。
 おれは一抹の嫌悪感を感じつつ、指を伸ばして鍵を探した。




「圭くん。休暇は楽しかったかい?」

「どうも。おかげさまでリフレッシュさせてもらいました」

「志摩だっけ。おれもかみさんつれていってこようかな」

 おれはあいまいに笑って、自分のブースに入った。
 オフィスは清潔だった。人々の顔もさわやかだ。悪さをしてくれそうなおっさんはひとりもいない。

 上司も先輩もみんな、ノンケ。多少腹に肉はついているものの、有能で、親切で、よき家庭人ばかり。ハゲてすらいない。
 この部署には社長のバカ息子が遊んでいても問題ないよう、精鋭ばかり集められたのかもしれない。

(これはこれでいい)

 PCを立ち上げながら、おれは堅固な日常に周波数を合わせた。
 日常は日常で秩序正しくあってほしい。おれは、多少ゆるい立場だが、ふつうの勤め人。ゆくゆくは父の帝国を引き継ぐ人間だ。

 おれが男に犯されることがあってはならないし、そう願っていることをつゆほども知られてはいけない。
 知られる恐れはない。おれは実際に男と寝たりしない。SMクラブにも通わない。そんな勇気はないからだ。
 いくら快楽に焦がれていても、赤の他人の前で、無様な姿を見せる勇気はない。

(それでいい。この秘密は一生、墓までもっていく)

 鼻息をつき、メーラーをあけると、父からの呼び出しが来ていた。




 プレジデント・オフィスに出向き、用件を伝える。
 秘書はすぐに取り次ぎ、中に入るように言った。ついでに彼女はそっとささやいた。

「周防デジタルの喬任社長がおいでになっています」

 ――おやま。

 周防デジタル。泣く子もだまる周防グループのコンピューター・メーカー。ITゼネコンといわれる大手だ。
 挨拶しとけということかな、とのんきに応接室に入った。

「圭一」

 父が立ち上がり、きぜわしく手招きした。向かいのソファに客がいる。
 おれはドキリとした。
 一瞬、外人かとおもった。大きい人間だ。振り返った顔は日本人で、意外に若い。

(なんだ、この男は)

 父の傍らに立ち、名刺を交換しつつ、おれは奇妙な感覚にとらわれた。
 素人離れしたハンサムだ。役者のように鼻筋がとおり、黒目がちの愛嬌のある目をしている。微笑むとまぶしいぐらい。三十歳ぐらいだろうか。
 愛想もよく、大会社の尊大さはまるでみせないが、だが、

(この男好かん)

 ととっさにおもってしまった。
 好かないという生易しい気分ではない。なぜだか、憎悪のような怒りのようなはげしい感情が腹にうずまいた。
 べつに周防電気に怨みがあるわけではないのだが。
 父はニコニコと言った。

「ものの役に立たなければ、いつクビにしてもかまいませんので、ひとつよろしくおねがいします」

 喬任氏は小さく苦笑し、おれを見た。

「ご本人はこのことをご承知なんですか」

(え?)

 ふりむくと、父はひとの肩をバンとどやし、

「こんなありがたい話、異論のあろうはずがありませんよ」

 な、と笑う。

(な、ってなによ。とうちゃん)

「これから、喬任さんのところで修行させてもらうんだよ。挨拶しろ」



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