仔犬

 

 ベッドの上で、ステフがあの男に抱かれている。もう三度目。何度犯られても、この小僧はつきあいよく嬌声をあげて男を喜ばせる。

 男はあいかわらず元気だ。五度、六度は平気でつづける。

「あ、ン――もう許して」

「おまえがいかなければいいのさ。これを嵌めてろ」

「ハハ――いや、いやです、やめて」

 おれはベッドの下で、ことが終わるのを待っている。大理石の冷たい床に座ったまま、男同士が乳繰り合う間、阿呆のように眺めていなければならない。

 男はおれには触らない。おれが殴りつけてから、彼はおれに触るのをあきらめた。かわりにベッドの下に座らせて、ステフが抱かれるのを見せ付けている。

「ア、 ご主人様、は、もう、だめ、だめ! はずして。イかせて」

「こら、勝手なことをするんじゃない」

「いやだ、アアッ――イかせて! ご主人様!」 

 まるでうらやましがらせようとでもするように。

 ばかばかしい話だ。野郎にケツを掘られてうれしいもんか。

 おれは部屋に戻れるのを待っている。床を睨み、苛々しながら。

 


「いいかげんにあきらめなよ」

 若いステフが困り者を相手にするように言う。「気持ちはわかるけど、どのみち言うこと聞くようになるんだぜ」

 中庭の日なたに背をさらしながら、おれは目をつぶって黙っていた。

「ジーク。あんたは男前だし、いい体してるし、ご主人様はあんたが気に入りなんだ。ちょこっと愛想よくしていれば、大事にしてくれる。あの方はあんまりサドじゃないし」

「ケツを掘られるじゃねえか」

「そりゃ――」彼は嘆息した。「すぐ慣れるよ」

 ステファンは気のいい青年だ。あの男にすでに買い取られ、ふだんはここの敷地内の別荘に住んでいる。おれのためにわざわざ呼ばれてきているのだ。

「ここでは客がつかなくて殺される犬――人もいるらしいんだ。おれたちはかなりマシなほうなんだぜ」

 おれは眉をあげ、ステフの声真似をした。

「『ああん、ご主人様ァ、もう我慢できない。早く入れてン』」

 ステフが鼻白んでじろりと見る。

「恥ずかしくて、おれにはとてもマシとは言えないね」

 ったく、と彼は大きなため息をついた。

「あんただって外に出たいだろう?」

「ああ、出たいね」

「出たいなら従え。一時の我慢だ」

 おれはにがにがしく言った。「小僧、それは売春というんだ」

 彼はついに呆れ、のそりと腰をあげた。四つん這いになり、

「あんたはおれより年喰ってるくせになんもわかっちゃいない。あんたのほうがよほど小僧だよ」

「おまえは恥知らずだ」

 勝手にしろ、と言って彼は回廊のほうへ去った。

 回廊ではあの男がほかの客と立ち話をしていた。ステフは男の足に頬をすりよせ、胸をすりつけた。

 おれは目をそらした。あんな風になるなら死んだほうがマシだ。




(いや、いやだ。放せ。おれはちがう――)

 無数の手が伸びてくる。足首を、ひざを、手を、ひじを強い男の手がつかみ、からだを開く。無防備になった足の間に指がねじこまれる。肛門の中をするりと入って、淫猥な生き物のようにのたうちまわる。

(アア)

 脳が蜜蝋のようにもろく崩れていく。黄金の蜜が背骨をひたす。

(いやだ……おれは犬になんかならない。おれは)

 だのに、おれは待っている。おれの体はこざかしい愛撫ではなく、燃える大木が身をつらぬいてくれるのを、身もだえして待ち焦がれている。

 指が抜けてしまう。空虚になった穴に欲しいものが与えられない。尻をさらしたまま、男たちの目の前でじれている。欲情したアナルを見つめられ、おれは気が狂いそうになった。

――ご主人様! 早く入れて!

 だしぬけに、おれは目を醒ました。

 心臓がはげしく鳴っていた。

(――クソ、また)

 うんざりしながら身をおこすと、いまいましいペニスが起きていた。まったくやりきれない。

 しかたなく、シャワーを浴び、気をそらした。手淫するのはいやだった。

 ここへ来て四ヶ月、おれは苛々していた。しじゅう、あの男のことを考えてしまう。あの男の毛むくじゃらの裸ばかり、頭にちらつく。

 あの男はいまだ、おれには触れない。あいかわらず、これみよがしにステフをしつこく抱いて見せる。

 ステフは抱かれて小娘のように甘える。抱かれた彼がうれしそうに嬌声をあげると、おれはわけがわからないながら煮え繰り返った。

 おれはおかしくなっている。
 あの男の作戦が毒のように沁みてきたのだ。





 おれはヒステリーを起こすようになった。部屋からひきずりだされるごとに、服を脱がされるたびに暴れ、相手かまわず殴りかかった。

 だが、何もならない。アクトーレスはおれよりも強く、暴れればスタンガンで麻痺させられてしまう。

 あの男はおれを罰しようともしなかった。あいかわらず、おれをベッドの傍らに据え置いて、ステフを抱いた。
 それが何よりもこたえる。

 その日もやつはステフを抱いていた。おれは下を向いて、見るまいとした。

 だが、音が聞こえる。はげしいあえぎ声、体のぶつかりあう音、粘膜の音、精液のにおい、熱っぽい息の気配はふせごうとて防ぎきれない。それらは勝手に脳裏に像を結び、おれの神経を苛んだ。

(くそ)

 おれは立とうとした。首の鎖が途端に引きとめた。首輪はいまいましい鎖で床にくくりつけられていた。

「どうした」

 ベッドから男がふりかえった。

「もううんざりだ」

 おれは鎖を鳴らしながらわめいた。「もうおまえの汚いケツなんか見たくない。おれをここから出せ」

「わたしは見せたいんだ。おとなしくしてろ」

「変態! いいかげんにしろ。ぶっ殺すぞ」

「変態だよ。だからどうした。きみだって興奮しちまったんだろう?」

 血が逆流する思いだった。おれのバカなペニスはたしかにもちあがりかかっていたのだ。

 男はけだるげに笑って身をおこし、サイドテーブルの電話をとった。「――手をかしてくれ」

 すぐにアクトーレスが入ってきた。

「いかがいたしました?」

「ジークをベッドに」

 ぎょっとして身構えたが無駄だった。このアクトーレスはボールでもあやつるように手際よくおれをベッドに放り上げ、枷に縛りつけてしまった。

――レイプされる!





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