仔犬 後編

 おれはあわてた。必死に暴れ、その場にいた全員に罵詈を浴びせた。妙な夢を見るようになったとはいえ、これは現実だ。とんでもないことだ。

 男は眉をしかめ、おれにギャグを嵌めるよういいつけた。言葉さえ封じられ、おれはうろたえた。

 しかし、どこかでかすかに優越感を感じていた。

 今までこの男が暴力を使ったことはなかった。この傲慢な男は暴力など使わなくても、おれが彼に参ってひれ伏すと思っていた。だが、結局は力で従わせるほかなかったのだ。

「お嬢さん。待たせたね」

 男は青い目を細めて、ニヤニヤ笑った。「わたしに抱かれたくて夜泣きしていたんだろう?」

 くそ野郎。おれは不自由な口でわめいた。度し難いバカ。

「わたしに抱かれる夢を見ていた。自分でアナルにさわってみた。そうだろう? ステフみたいに抱かれて泣きたいって、思いつめていたんだろう?」

 怒鳴りたかった。だが、おれはひるんでしまった。妙な夢を見ていたのを知られ、あわてた。本当に自分の尻にもう少しで触ってしまうところだった。

 おれはかろうじて目をそらせた。

「ハンデをやるよ」

 彼はアクトーレスに小声で何かを指示した。アクトーレスが何かをとって、おれの頭の傍らに座る。顎をとって口の端に何かを押し込もうとしていた。

「楽しくなれる薬だ」

 男は退屈そうに微笑した。「中国のエンペラーが奴隷に使っていたという秘薬。これを飲むと体が燃えて、相手が人間だろうが、なんだろうが見境なくケツにつっこみたくなるそうだよ」

 おれは夢中で首を振った。だが、ボールギャグが邪魔で舌で押し出すこともできない。咳き込みかけた瞬間に咽喉に一粒が入った。

 とたんにカッと咽喉が焼けた。胃が熱くなり、みるみる体全体が熱を増していった。

 あ、とステフが小さくおどろいた。

 それを見て、おれはわめきそうになった。おれの一物が見るまにむくむくと身をもたげ、突き立っていた。

(ばか、戻れ)

「ごらん」

 男はステフの肩を抱き寄せ、おれの尻穴の前に導いた。ステフもクスクス笑った。

「欲しがってる。イソギンチャクみたい」

「この子はずっと我慢していたのさ。かわいそうに、意地を張って、ずっとひとりで慰めていたんだ」

 おれは激怒して罵った。

「してないって」

「そうかな」

 男は言うなり、いきなりぬめったものを尻の穴に突き入れた。

 おれは息を呑んだ。一瞬、からだ全体にこまかな虫が走りぬけた。皮膚が粟立ち、骨が浮く。後頭部のどこかが白く痺れた。

 男は含み笑った。「本当だ。触ってはいなかったんだな」

 尻のなかのものは指だ。ゆっくりとめりこみ、腸をすくいあげる。指が動くたびに、からだのあちこちがざわめき、背骨に熱いものがしこってくる。あたたかいものがせり上げてくる。

(いや、いやだ)

 おれは畏れ、あがいた。尻の穴を指でいじられ、妙な気分になっている。甘酸っぱい、じれったい、だが、まぎれもなく快楽が腰をひたしている。

「ア」

 妙な声が鼻から出てしまい、おれは狼狽した。

「いい顔になってきた」

 主人が得意げにいい、さらに尻をなぶる。指が増えている。おおぶりに動くたびに、おれのからだは波にあおられるように浮沈した。

(いや、いやだ)

 快楽は背骨を串刺しにしている。背骨は射精感のために硬くつっぱった。ペニスはどろどろと恥知らずな涙に濡れている。

 どこかもどかしい。快楽の上に宙吊りになっている感じがした。これではイけない。もっと――もっと――。

「かわいい」

 ステフがつぶやいた。

 張り飛ばしたかった。だが、それどころではない。
 おれはあられもない声をあげていた。欲しくてよがっていた。たまらない。恥ずかしくて死にたい。だが、指が動くと魔法のように体が踊らされる。脳が、性器が、大きな手でかきまわされ、叫ばずにいられない。

 おれはよがり狂っていた。あの男のペニスが欲しかった。ステフがされているようにされたかった。あいつの太いペニスに貫かれたい。はげしく突かれてわめきたい。

 おれは獣のように叫んでいた。ギャグがはずされた。

「なに、聞こえなかった」

「い……いれてくれ」

「何を」

「早くやってくれ。死にそうだ」

 男は上気した顔にいやな笑いを浮かべた。

「タダでやれっていうのか。おまえを満足させるために」

「早く! 早くして」

「言うことがあるだろう」

 おれはたまらず四肢の鎖をがちゃがちゃ鳴らした。「たのむから」

 だが、男は知らん振りして尻をなぶった。淫猥な蛇がのたうつような刺激に、おれは身悶え、悲鳴をあげた。

「ヒい、――クッ――うっ、ん、アハッ、アアッ! ダメ、もうダメだ。お願いだ、イかせてくれ」

「誰にお願いしているんだ」

 ステフが頭の脇から小声で言った。ご主人様。

 おれは歯軋りした。泣きたくなった。この四ヶ月、絶対に口にしなかった言葉だ。だが、男が急に尻から指を抜き、体を放そうそした。おれは夢中で叫んでいた。

「ご主人様、ご主人様、ご主人様! 早くやってくれ!」




 主人のペニスは太すぎた。
 おれのからだは大きく開かれ、飲み込むとそれだけで気をうしないそうになった。小さい鋭い痛み。だが、巨大なものに満たされているという奇妙な安堵があった。熱いものが出入りするたびに、どっとからだ中の細胞が騒ぎ、歓喜にはじける。

 おれは手におえない快楽に泣き叫んでいた。からだに沈殿していた澱のような思いが洗い流されたようだった。主人の強い腕がうれしかった。彼が口づけると夢中でその蜜を吸っていた。




 目を醒ました時の気分は最悪だった。
 目の前に裸の背があった。ステフが寝息をたてている。おれは思わず顔をしかめた。

 こいつにも犯られたのだ。こんな若造に。抱かれてうれし泣きしていた。

(薬のせいだ。強烈な催淫剤だったんだ)

 酔っていたと思うしかない。自分の意思ではどうにもならなかった。暴力だ。

 自己嫌悪はふつふつと怒りに変わった。暴力でコケにされた。虐げられ、侮辱されたのだ。

「お目覚めか」

 腕が伸び、おれの髪に触れた。おれはその手を払った。

「二度とおれにさわるな」

 男の声が笑った。「昨日は触ってくれと騒いでいたが」

 頬がカッと焼けた。

「おまえは最低だ。最悪の変態だ」

「きみだってノッていただろう」

「あのへんな薬のせいだ!」

 男は鼻でわらった。彼はくるりと身をひるがえすと、ベッドからおりた。ワゴンから何かを放る。錠剤のシートだった。ひとつだけなくなっている。

「ビタミン剤だ」

 男は言った。「昨日、きみが飲んだものだよ」

 シーツの上に落ちた錠剤を見つめ、おれは凍りついた。意味が染みとおるにつれて、身のうちが溶岩のように焼けていった。

 魂が甲高い悲鳴をあげる。どこにも逃げ場はなかった。おれははらわたまで裸に剥かれていた。

「うそだ……ちがうんだ、……おれはちがう」

 主人がおれの髪をくしゃりとつかんだ。

「観念しろ。おまえはわたしの犬になったんだよ」

 悲鳴が涙となってあふれた。主人の指がそれをぬぐい、あごをつかむ。彼が口づけてきた時、おれは逃げられなかった。もうどこにも逃げられず、おれは泣きながら、舌を受け入れた。


            ―― 了 ――



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