野良犬

 

 おれは鼻が利く。

 嗅覚が尋常ではなく敏感だ。においで相手の情報をかなりつかむ。何を喰っているか。どんな家に住んでいるか。独り者。家族もち。彼女のありナシ。健康状態。

 もっと言うなら、何を考えているかもわかる。怒りには怒りのにおい。悲しみには悲しみのにおいがある。

 欲求不満のにおいもある。

 おれの大好きなにおいだ。こういうやつにまとわりついていけば、労せずして、楽しい夜を過ごせるってもんだ。

 今、隣の座席で雲海を眺めている二枚目は、間違いなく欲求不満だ。女っ気ナシ。さびしい独り暮らしがもう数年? 

「お医者さんですか」

 相手がふりかえる。おれはひそかに舌なめずりした。男らしい端正な骨格。日焼けした肌。きまじめそうな黒い目。

「どうしておわかりになりました?」

「医学雑誌を読んでたから」

 ああ、と彼は苦笑した。

「フィラデルフィアで講演会に出席なさるんでしょ?」

「え?」

 おれは笑った。「ドクター・バンドラーの講演会でしょう? わたしも行くんですよ。超能力だと思いました?」

 彼はようやく笑顔を見せた。いいにおいだ。育ちもいい。




「よしよしよしよし、いい子いい子いい子」

 おれは若い医者をベッドに組み敷いて、キスを浴びせた。医者は動転していたが、本気で抵抗してはいなかった。ペニスを愛撫されて感じてしまっているらしい。

「ドクター・クレイトン。何を――」

「ジャック」

 おれは訂正した。「ジャックと呼べよ。リチャード」

 リチャードが顔をそむけ、おれを押しのけようとする。おれはその手をつかみとりながら、

「こわくない。やさしくしてやるから。ふつうのセックスと変わりないさ。あたりまえのことなんだ」

 亀頭の縁をダイアルのように触れると、リチャードが首をすくめた。しかめた眉がかわいらしい。

 混乱している。だが、久しぶりの人肌に彼のからだは悦んでいる。

 トリッキーな心理療法の講演の後、おれはリチャードを誘ってホテルのバーで飲んだ。酒が入ると、彼の硬い顔も少しほぐれた。

 おれはある論文の話に夢中になったフリをして、自分の部屋へ誘った。どんどん酒を飲ませ、彼の肩を叩き、肩を組み、押し倒した。

「おれにまかせて。最高に気持ちよくしてやる。きみはとてもセクシーだ。きみのにおいもたまらないよ」

 おれはあやしながら、彼の服を脱がせ、キスの雨を降らせた。本当にいいにおいだった。健康な若い男のにおい。独身者のさびしいにおい。

「ア――」

 彼の腰にもキスを這わせる。陰毛に。大きくて立派なペニスに。

「ア、ドク……あ、ンッ――」

 フェラをしてやると、若い彼はすぐに反応した。グッドボーイ。こうなればこっちのものだ。

 おれはペニスをほおばりながら、尻ポケットからジェルを出した。指にからめて少しあたためる。内腿から指を近づけて、つつましくすぼまったアヌスに爪をたてる。

「わっ、やめろ」

 リチャードがあわてて、おれの頭をおさえる。おれの指はすでに彼の中にもぐりこんでいた。あたたかい肉をかいくぐって前立腺をさがしあてる。

 ひっ、と彼の咽喉が鳴った。からだが弓のようにはじけ、そしてこわばった。おれの口の中のものも。

 ここに急所があるなんて知らなかっただろう。これからじっくり地獄を教えてやる。きっと気に入るぜ。

「ん……アア」

 彼の吐息が熱をおびて、弱くなった。

「ハ、……アア……ドク――あハッ――、ンッ、――アアッ」

 彼のたくましい胸がはげしく上下した。おれは指と舌でなぶり、彼を見上げた。

 苦しげにあえぎながらも、恥ずかしそうに横を向いている。きつくしかめられた眉がひどくなまめかしい。

「アアッ――だめ、ダメだ! もう放せ、ア、アアーッ!」

 咽喉に噴水がはじけた。おれは彼のペニスを口でつつみ、そのジュースをあまさず味わった。鼻から彼の香りが出て行く。彼の熱いエネルギーがはらわたに染みる。

 おれは伸び上がり、リチャードの傍らに寝そべった。

 リチャードはまだ息をあえがせていた。真っ赤になり、とまどっていた。

「あの……」

「どう? けっこう楽しいだろ?」

 彼は目をおよがせた。だが、否定できないでいる。




「ジャック、ああ、ジャック――」

 リチャードはおれの首筋に何度もついばむようにキスを浴びせた。そうしながら、足をからませ、怒張したペニスをすりつける。

「もう……はやく……」

 おれは含み笑って、彼の尻をつねってやった。

 たった三日でリチャードは新しい快楽をおぼえた。彼のアナルはまだ小さかったが、おれの一物がいたく気に入ったらしい。尻に突き入れてやるとアンアンかわいい声をあげて鳴いた。

「ジャック……たのむって」

 黒い目がうるんで見つめる。おれは胴震えがする思いで、彼の腰を抱いた。彼のかわいい尻をつかみながら、口づけてやる。リチャードがけなげに舌をからめ、おれの舌を吸う。

(まったく、こんな美人がよく手つかずでいたもんだ)

 育ちのいい箱入り息子というところか。よほど人恋しくてさびしかったんだろう。
 この子はまた会う価値がある。J・クレイトン・ファンクラブの新会員として認めてやろう。




 まったく便利な鼻だ。

 おれの前ではみんな裸で歩いているようなものだ。ゲイはすぐわかる。ノンケだってかまやしない。

 気に入った子がいれば、待っていればいい。落ちる日というのが必ずある。おれにはわかる。その日に肩を抱いてやれば、石像だってよろめいてくる。

 おれは特技を生かし、美男のボーイフレンドを増やしてきた。いまや全米各地におれのファンが待っている。会員数およそ30。
 フランスを出て6年で作ったハーレムにしてはなかなか悪くない。

 だが、効きすぎる鼻にも問題はあった。





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