あなたはキースを訪ね、開口一番、あれをやってくれ、と頼んだ。
キースは微笑んだ。
「もちろん」
キースは浴室の準備をすると、あなたの服を脱がせた。長い指がすばやくボタンをはずしていき、重い殻のような服を取り去っていく。
「風呂、あっためてあります。どうぞ」
身軽になると、あなたはバスルームへと向かった。
広いバスタブには湯がはられ、ヒノキの香りがたちこめている。 あなたは木の手おけで、無造作に湯をすくうと二三度、かけ湯をした。
熱い湯が肌を叩く重みが心地よい。あなたは木の腰掛にどっかりと腰をおろした。
このドムスのバスルームは、それぞれ改築して日本のそれのように洗い場をもうけてあった。
浴槽のなかでからだを洗うというスタイルに、あなたがなじまなかったからである。
キースは白いバスローブをまとって浴室に入ってきた。
「じゃ、背中から失礼します」
彼はボディシャンプーを落としたスポンジを、あなたの背に軽くすべらせた。
白い石鹸の香りが背や首筋に貼りついた脂をとかし、洗い流していく。
キースはあまりしゃべらない。だまってあなたの腕をもちあげ、くるくるとあなたのまわりをめぐり、あなたの全身を泡だらけにしていく。
手には微塵の色気もないが、伏せた睫毛はやさしく、満ち足りていた。あなたが頼ってきてくれたことをよろこんでいる。
「では、頭をやりますね」
彼はあなたの髪にシャンプーを乗せ、湯を少しかけると、大きく泡立てだした。
泡がいきわたったようだ。あなたは期待して目をとじた。
長い指が髪の間をすべる。大きな手が頭をふたつにひらくように、力強くぐいぐいと頭皮をもみあげていく。
額の髪の生え際を指が強くこねる。ふだん動かない地肌が割れ動く。毛根が動くのがわかる。
さらに、強い指が左右の脳をつかむように頭蓋をうがつ。十指が地肌を揺り動かし、深く揉みあげる。毛根が揺れ、血がざわざわとかよう。
キースはマッサージがうまい。頭皮にしみつく脂や埃り、無形のストレスすら、揉みだして洗い流してしまうようだ。
あなたはされるがままにまかせていた。
目はとじているが、自然と唇がひらいてしまう。深い吐息がもれてしまう。
こめかみのそばで、三指が細かに動きさわやかな泡をたてている。顔の皮膚が動いて、目元の疲れすら揺さぶり落とされていく。
大きな手があなたの頭を覆う。
えりあしを両の親指が軽くえぐるように揉み上げ、血流をめぐらしていく。
その十本の指が押しながら、じょじょに頭蓋をのぼっていくと、鈍痛のなかに鋭い快感が突き抜ける。吐き気すら感じて、深く息がぬけてしまう。
そうして浮き立たせた有形無形の汚れを、さわやかな泡のかたまりがつつみこむ。浄化していく。
「流します」
彼はすこしあなたの頭をそらせ、湯をあてた。小気味よい水流が髪の間を流れていく。重い泡を流し落としていく。
シャワーで全身から泡を落とすと、彼はあなたの髪に厚地のタオルをのせ、簡単に水を切った。
これでおしまいだ。
「じゃ、少しあったまってくださいね」
あなたがさっぱりして、湯につかると、
「飲み物を用意してきます」
キースはそそくさと出て行ってしまう。
そばにいると、あなたが色気を出して風呂にひきずりこみかねない。
――ご主人様に必要なのは休養。
キースは声をかける隙も与えず、手のとどかない場所へ逃げていく。
あなたはしかたなく、ヒノキの香る湯のなかで顔をぬぐった。
――了――
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