寝るにはまだ間がある。さりとて、アクイラに出るのもおっくうなこんな晩には、この犬の部屋がいい。
あなたはフィルに鍵を投げた。
「今夜は何にします?」
キャッチして、フィルが微笑む。「ウイスキー? ワイン? サケ?」
鍵はキッチンの酒用の棚のものだ。彼はあなたの注文を聞き、しばらく部屋から消えた。
少しして、ワゴンが部屋に入ってくる。
「お待たせしました」
フィルは慇懃に言って、あなたのために酒を用意した。
「今日は、アルのやつがしでかしてくれましたよ」
スマートにグラスをサーブしながら、彼はその日にあったドムスの出来事を話した。
あなたは酒を口にふくみ、豊かな香りと胃のあたたかさを感じながら、たわいないおしゃべりを聞く。平和なドムスの、小さないたずら、小さな笑い話。
フィルの落ち着いた声が耳に心地よい。無防備に聞いていると、ついオチで笑わされてしまう。
あなたの口もほぐれてくる。いつのまにか、あなたがしゃべり、フィルが笑いながら聞いている。
フィルは楽しい聞き手だ。ジンジャーエールのグラスを手に、あなたの話に茶々をいれたり、からかったりしながら聞く。
あなたもついムキになる。すねたふりをしたり、ぼやいたりしながら、ついオチをつけてしまう。
フィルがこらえきれず、顔をそむけてクッと噴き出すと、たまらなく愉快だ。
「ご主人様――」
バカ、とは言えないながら、腹がふるえている。
会話を楽しみたい時には、この犬が一番楽しい。機知に富んだこの犬と話すと、頭のめぐりがよくなる。気持ちよく笑える。気分が晴れる。
いつのまにかグラスをかさねていた。アルコールがめぐり、腹から笑って、すこし熱くなっていた。
あなたは生意気な犬を指で招きよせた。
「はい?」
フィルがグラスを置いて近づく。その腰を引き寄せ、膝に乗せると、彼は笑った。
「ここから先は別料金になりますよ」
そのまなざしがひどくあたたかい。
あなたはかまわず、その顎をとり、口づけた。フィルの腕があなたの首を抱く。からみつく舌には、ほのかにジンジャーエールの味がした。
――了――
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