ケーキ



「ご主人様、座って、座って」

 ロビンはあなたをカウチにせきたてると、バタバタとドアを出て行った。
 すぐに白い大きな箱を手に戻ってくる。

「ケーキの時間です」

 彼は宝石箱を開けるように、あなたの前で箱のふたを開けた。
 ケーキの箱には輝く、とりどりのプチフールが入っていた。

 フルーツのあざやかに盛られたタルト。生クリームをはみ出させ、メロンをくわえたシュークリーム。きらきら光る栗をのせたモンブラン。黒いチョコレートソースに彩られたガナッシュ。ミニショートケーキ。サバラン。プリン。チェリータルト。刳り貫いたレモンの中におさまる、真っ白なレアチーズケーキ。

「どれにします?」

 どれにします、といいつつ、チェリータルトというとこの犬は動かない。

「よく聞こえませんでした。どれにします?」

 さらにチェリータルトというと、また、パードン? と聞き返す。

「モンブランですね。栗にブランデーが染みておいしいですよ。お取りしましょう」

 あなたがわざとチェリータルトをとると、ちょっと! とわめきだす。
 あなたと愛犬はタルトを取り合いつつ、秘密のデザートの時間を楽しんだ。


「脳はものすごくエネルギーを消費するとこなんだそうです。フル回転すると膨大な量のエネルギーを使って、からだが餓死しちまうんだって。だから、われわれは脳に糖分を補給してやる必要があるんですよ」

 どこかで聞きかじった話をしながら、ロビンは機嫌よく甘いケーキを味わっている。

 彼がどれほど脳にエネルギーを使っているかはわからないが、少なくともあなたのほうは莫大なエネルギーを使っている。
 仕事、小さな苛立ち、期待、あせり。小さな成功と小さな失敗。
 一日が暮れるころには、ひとには言わない疲れが脳を覆っている。

  愛犬との無邪気なティータイムはそれらをやさしく慰めた。

「ああ、神様。ああ、最高!」

 いくつ食べても、ロビンは幸せそうにうなり、目を細める。その満面の笑みを見ているだけでも、毒気がぬけてしまう。
 甘いクリームは舌にとけ、そのまま頭に染みていくようだ。目からふわりと疲れがぬけていくようだ。

「ご主人様、これは? これ食べてみてください。おれこっち」

 少年がふたり、宝島で宝を掘るように、あなたとロビンは至福のケーキを楽しんだ。


              ――了――




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