2010年9月1日〜15日
9月1日 キース 〔わんわんクエスト〕


 今日、CFで急に思い出して早めに帰りました。
 ここ二、三日花の水やりをすっかり忘れていたんです。この暑いのに。

 死んだなと思って、帰ったら、花壇に水が撒いてありました。
 フィルが

「エリックが撒いてたよ」

 おれはおどろいて、エリックの部屋にいきました。エリックは、「枯れてたからな」とあっさり言いました。

 おれは感激してしまいました。

「エリック、ありがとう。あ、この間は――」

「言いたくないことだったんだろ。いいさ」

 よかった。やっぱりいい奴です。


9月2日 フィル 〔調教ゲーム〕

 昨日は、キースとエリックがなかよく夕飯を作っていました。

 エリックは本当に顔に出る。
 キースが許してくれて上機嫌です。

 キースやロビンに背かれるとつらいようです。
 ミハイルやわたしが腹をたてたとて、なんの痛痒も感じないようですが。(笑)

 ただ、わたしはちょっとキースのことが気になっています。
 いったいなぜ、あの温厚なキースが殴られる羽目になったのか。

 カフェで変な噂を聞いたのです。ある男とキースが、べつの男を取り合ったのだと。


9月3日 キース 〔わんわんクエスト〕

 カフェで変な噂になっていて参ってしまいます。

 誰もなんとも言わないけど、皆聞いているだろうな。ご主人様に知れたらと思うと、胃がキリキリ痛いです。

「あはは。マンガみたいな痣」

 サリムがカフェに来てからかいました。

「そばに来るな。噂になってる」

「いいじゃないか。あんたおれの男なんだろ」

 おれは彼を睨みました。

「サリム。以前のよしみでこの間は、やつをごまかした。でも、これ以上は知らないぞ」

「これ以上って?」

「とぼけるな。もうひとり、つきあっている男がいるんだろ」


9月4日 キース 〔わんわんクエスト〕

 サリムは地下の仲間です。
 いっしょに泣き、はげましあい、助け合ってきた仲間です。

 美男でおれより早く金持ちのご主人様に買われていきました。
 でも、やつは主人を裏切って浮気しているようなのです。それも複数と。

「せっかく大事にしてもらってるのに、何やってんだ。地下に戻りたいのか」

 サリムは少し物憂く笑い、

「おれ、お上品な暮らしには合わないみたいなんだ。いい子にしてようったって、もう体がさ。わかるだろ。――同じところにいたんだからさ」


9月5日 サリム 〔犬・未出〕

 キースはいいやつだ。おれなんかのために殴られて。

 やつが地下を出られてよかった。
 いい主人についたんだろうな。

 律儀に貞操を守っているのに、おれと噂になってさぞかし困っているだろう。おれみたいなだらしのないやつと。

 おれはまったくだらしがない。
 男を見るたびに欲情している。十代の興奮がずっと続いている感じだ。

 明日はJCが来る。JC。あいつ今何をしているんだろう。彼を思うだけで狂おしい気分になる。

 あいつもそうだろうか。
 犬を打ちながら、おれを思っているんだろうか。


9月6日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 今日はオフィスにウォルフが来た。

「ちょっと散歩しないか」

 内密の話だ。ふたりで出ると、ラインハルトが一瞬不安そうな顔をする。

「ウォルフ。ラインハルトも誘えよ」

 ウォルフはそれにはかまわず、

「JCの勤怠を調べたほうがいい」

 と小声で言った。

「なぜ」

「客の家に頻繁に出入りしている」

 出入りの使用人から注進があったという。おれはぞっとした。

「まさか、犬に」

「ただのカウンセリングかもしれんが、注意するにこしたことはない」


9月7日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 冷水を浴びせられた気分だ。
 おれはJCの勤怠を調べ、彼の犬たちをたずねた。

 監視室の証言を合わせると、やはりごまかしがあった。くだんの家の使用人の休みに、JCは姿を消している。

 なんてことだ。

 JCは新人ではない。
 マルセイユの漁師あがりで、怠け者だが、要領は悪くない男だった。彼を贔屓にしている客もいる。

 だが、彼は25歳だった。フランス人だ。ラテン人は法律でしばっておける人種ではない。
 くそ。いったいどんな犬がうちの若いのをたぶらかしてくれたんだ?!


9月8日 J・C・セレスト〔未出〕

 デクリオンから飲みに誘われた。

 めずらしいことだ。
 皆で飲むことはあったが、ふたり? 

 まさか、サリムとのことに気づいたんじゃないだろうな。

 もしそうなら、どうなるだろう。たぶん、罰金をしこたまとられた上、解雇。
 船を買う夢もパーだ。

 しかも、サリムと会えなくなる。このことのほうが重大だ。

 二度とあいつに触れられない? あのイキイキした悪党の目、エロスの塊のような牝鹿のからだに。

 とても耐えられない。おれは気が狂っちまうだろう。


9月9日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕

 このCFというのはよしあしですな。

 いい男がごろごろ集まっていながら、おさわり禁止。
 ただおしゃべりとスポーツのみ。

 中庭はセックスOKなのに、ここはダメなのです。わたしのような男には、まさにタンタロスの責め苦。

 しかし、世の中には聞き分けのいい人間ばかりいるわけではないので、自然と突破者が出ます。

 カメラと監視員に守られているこのCFにも死角はあるんですよ。犬たちはちゃんと知ってます。キースの友人はそこの常連です。


9月10日 サリム 〔犬・未出〕

 キースがまた口うるさく説教してきた。

 だが、おれはこうしてハンサムなアスリートに笑いかけている。

 気のいいキース。やつは本気で心配している。
 だが、放っておくがいい。
 おれは淫売。
 男が欲しくてしかたがない。

 JCが来る日まで待てない。
 あいつの火の粉を噴き上げるような鋼鉄のからだを思うと、腰が浮き上がっちまう。隣にいる男をついくわえ込みたくなるんだ。

 キース。
 ここはもう地下じゃない。
 欲求を恥じる必要はない。好き放題やらせてもらおうじゃないか。


9月11日 J・C・セレスト 〔未出〕

 デクリオンは気づいていた。
 おれはシラを切ったが、彼はきびしく警告した。

 今後の態度いかんでは、解雇、あるいはそれ以上の刑罰もありうるということだ。

 それ以上? 犬になることか? さすがにそれは恐ろしい。おれは中庭で殺されるだろうよ。

 ちくしょう、今週は行けない。見張られている。だが、電話が鳴るともうダメだ。

『死にそうなんです。相談にのってください』

 あいつが含み笑いして、誘いをかけてくる。するとロボットみたいに、プログラムがまわりはじめるのだ。


9月12日 J・C・セレスト 〔未出〕

 おれは一日早めにやつの家に行った。
 使用人はいたが、使いに出して、その隙に話した。

「上に気づかれた。ほとぼりが冷めるまでしばらく会えない」

 サリムはおどろきもしなかった。

「それだけ言うために来たのか」

 そうじゃないだろう? とからみついてくる。

「よせ。ハウスボーイがすぐ帰ってくる」

「いっそ、やつを混ぜてやろうぜ。口封じになる」

 おれは逆上して彼を殴った。
 だが、あいつはおれが心底惚れてるのを見て、笑っている。

 また負けだ。おれは正気をうしなって、やつに飛びかかっちまった。


9月13日 J・C・セレスト 〔未出〕

 今日は月曜日だ。
 満月に狼男が狂うように、月曜日になるとおれは人間でなくなる。恋する一匹のケダモノになる。

 サリムはとんでもないアイディアを考えた。

 服を脱いで、首輪をつけて来いという。犬同士のマウントに擬せば、アクトーレス・セレストの疑いも晴れるという。

 冗談じゃない。露見したら身の破滅だ。あいつは面白がっているだけだ。

 だが、おれはおそらく夜になればじっとはしていられまい。備品室から首輪をひとつ盗んで、闇のなかに走り出てしまうに違いない。


9月14日 アキラ 〔ラインハルト〕

 今朝、保安のほうから電話があった。
 JCの担当の犬が夜の公園でほかの犬にマウントされていたらしい。相手の犬はすばやく逃げた。

 JCの犬も誰か知らないと突っぱねているらしい。
 JCは

「とくに問題のない犬だ。ふざけあってただけじゃないのか」

 と反応がにぶい。

 面倒がる気持ちはわかるが、こういうデリケートな問題は隠すべきではない。
 逢引なら一大事だ。家令に一応、主人に伝えさせておくべきだろう。

 まったく、お医者さまでも草津の湯でも、とはよく言ったもんだ。

9月15日 J・C・セレスト 〔未出〕

 あのクソいまいましいアキラが、家令に注進しやがった。おれを飛び越えて。

「きみは言わんだろう。こういうのは遅くなるとマズイ」

 ちくしょう。
 主人が帰ってくるじゃないか。

 これというのも、おれがサリムの浅知恵にのって犬の真似なんかしたからだ。

 眩暈がするほど恥ずかしかった。だが、とてつもなく興奮した。
 月明かりの下ですっぱだかの犬になって、ケツを振って。御殿で財宝を盗んだ盗賊みたいに昂ぶっていた。

 サリムが幻みたいにきれいだった。
 あいつも派手に啼きやがって。


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