2011年9月1日〜15日
9月1日 家令

 おそらく、こんな会話があったのだろう。

「従順で可愛い犬が欲しいんだ。忠実で、わたしだけに欲情する身持ちのいい娼婦が。そんなペットを手にしたい。調教することなしに!」

 それはもう、と家令が愛想笑いを浮かべ、

「調教はアクトーレスにおまかせくださればよいのです。彼らは犬をどのようなご注文にも――」

「調教は嫌いだ。面倒だ。失敗するのもいやだし、犬に恨まれるのも興ざめだ。わたしはすぐなついてくれる子が欲しいんだ!」


9月2日 家令

 ただし、と客は人差し指をあげる。

「地下のやつはダメだ。やつら愛想はいいが、ほかの男の手垢がつきすぎている。新品がいい。わたしはパトリキだからな」

 処女犬で、娼婦で、忠犬という無理難題に、家令の温顔が硬くなる。

「ええ、もちろん、ご注文いただければ、ご主人様になつくように――」

「わかってないな。今すぐだよ! 今すぐ! 今すぐわたしだけのいい子になってくれるような犬はいないの?」


9月3日 家令

 そんな都合のいい犬は人間には無理。ロボット時代を待て、とはヴィラは言わない。

 需要があれば商品は生まれる。ヴィラは新しい犬種を用意することにした。

 すでにアクトーレスによって調教がなされた処女犬。いわばプレタポルテだ。

 前例がないわけではない。幹部同士の贈り物やイベント用にそうした犬が作られることもある。

 ただし、誰にでもなつくという特性がどのように作られるのか、謎だ。


9月4日 家令

 実験的に、三人のプレタポルテ犬が発売され、またたくまに売れた。

「すばらしいよ。ぼくを本当に慕ってくれるんだ。あんなにやさしい子ははじめてだよ」

 いずれの主人も愛情いっぱいのペットをいたくよろこび、可愛がっているという。

 わたしはふしぎに思っていた。本物の仔犬ならいざしらず、人間の大人の男が初顔合わせの相手に愛情をそそげるものなのだろうか。

 よほど巧みな媚なのか。恐怖か。それとも、もともと気のやさしい男をペットに仕立てたのか。


9月5日 家令

 わたしは担当した十三デクリアのアクトーレスにたずねた。

「どんな洗脳技術で人間を仔犬に変えるんだ?」

「門外不出の秘密だ。不躾に聞くな」

 といいつつ、資質は関係ある、とも言った。

「気立てのいい犬を選ぶのか」

「そういうわけじゃないが――」

「さびしがりとか」

「人間誰しも寂しがりだよ。まあ、われわれは趣味の調教をするわけじゃないから、自由度は高いのさ」

 多くは教えてくれなかった。しかし、ある時、わたしはその秘密に触れる機会を得た。


9月6日 家令

「スタンがどうしてぼくを愛するのか、知りたいんだ」

 相談したのはプレタポルテを買った主人だった。アメリカの富豪で、まだ若い。

「あいつは金持ちが好きなのか? それともただセックスの相手が欲しいだけなのか。何が彼にぼくを愛させているんだ? 理由がない。ぼくはそんなに魅力的な男じゃない」

 わたしはいちおう彼の魅力を数えあげたが

「おべんちゃらを言ってほしくて言ってるんじゃないんだ。彼が何か暗示をかけられているならそれでいい。そのキーワードを知りたいんだよ」


9月7日 家令

 わたしは答えかねた。
 催眠術で犬が仕立てあげられているとは思わないが、そうだとしても、そんなタネを明かすのは興ざめだ。

 しかし、若いアメリカ人はなお、食い下がり

「たとえば、ぼくがある男に彼を貸し出す。それでも彼は帰ってきて、ぼくを愛するだろうか」

「そんな実験はなさらないほうが賢明でしょう。ご主人様がそれを楽しめるのでなければ」

 彼はしばらく言いためらった。

「じつは、叔父が彼を気に入ってしまってね」


9月8日 家令

 話を聞いて、あきれた。

 この若い主人には、政府にも影響力をもつ有力者の叔父がいる。
 その男が犬を譲るか、時々、貸してくれと言っているらしい。

 彼は肩をすくめた。

「うちの一族のキングだからね。選挙も応援してもらわなきゃならないし、無碍にはできないんだよ」

 つまり、この若者は犬が叔父に抱かれても、自分に愛情をとりもどすための再洗脳のコツがないかと聞いているのであった。

 発想がいじましい――と、家令が言うわけにはいかない。一応、アクトーレスに相談してみた。


9月9日 家令

「ハハ、叔父さんの犬になったほうがよさそうだな」

 アクトーレスのハムは笑った。

「犬の貸し借りなんか、ろくなことにならん。叔父にやっちまえよ」

「そういうわけにもいかんのだって」

 わたしも気分がよくなかった。

 プレタポルテは処女性が売りだ。処女性にこだわるような男――自信のない、嫉妬深い男が、戻ってきた犬を同じように愛せるものなのか。
 悲劇は目に見えている。

「コツはないこともないがね」

 ハムは言った。

「むしろ、犬より旦那のほうを処置すべきじゃないかね」


9月10日 家令

 わたしはハムと一計案じた。
 後日、主人に連絡をとり

「例の件ですが、スタンに直接インタビューさせていただくというのはいかがでしょうか」

 もっともらしいいいわけをつくり、調教の秘術はアクトーレスが明かさないため、犬に聞くしかないと言った。

「それを隣室なり、カメラなりでご主人様に聞いていただければ」

 犬の口から調教内容を聞くという提案を主人は面白がった。

「いいね。調教の告白なんてゾクゾクするよ」

 わたしは微笑んだ。このスケベが、とは家令は言えない。


9月11日 家令

 その日、わたしははじめてスタンに会った。
 写真は見ていた。

 教養を感じさせる整った顔立ち、砂色の髪、静かな青い目。

 たしか、ヘッジ・ファンドに勤めていた普通のサラリーマンだった。
 しかし、目の前にいる男は似ていたが、ちがう。

 目に生気がある。若々しく、セクシーで、空気がやさしい。
 獣がその陰を慕う大樹のように空気がやさしいのだ。

 主人は彼にキスして、

「ぼくは出かけるから、彼の話し相手をたのむよ」

 と言い残し、出て言った。


9月12日 家令

「やあ、きみを紹介したのはわたしだが、こんなハンサムとおもわなかったな。ミッレペダの目はたいしたものだ」

 ありがとう、と彼はかわいい微笑を見せた。もっと笑わせたいと思うような、かわいげがこの男にはある。

「ぼくはもともと、そんなにセクシーな男じゃなかったんですが、いまは犬なのでそうありたいと思ってます」

「とてもセクシーだよ。ほかの犬のためにも、どうして、きみがそうなれたか教えてもらえるかな」

 こうしてインタビューがはじまった。


9月13日 家令

 スタンは少し頬をあからめながらも打ち明けた。

 最初はほかの犬たちと変わらない。抵抗し、拘束され、恥辱と絶望。
 ただ、彼の場合、ふつうの調教と違うことは――。

「ぼくは褒められたんです。アクトーレスから、褒めちぎられた。おまえはなんてかわいいんだって。とても、セクシーだって」

 彼は苦笑した。

「最初は、なに言ってやがるって思いましたよ。ホモに褒められても気持ち悪いだけだって。でも、彼は徹底的だった」


9月14日 家令

 アクトーレスのハムは彼を鏡の前で調教したという。鏡の前で拡張棒の入ったアヌスを見せ

「見てごらん。すごく色っぽい。きみは男にとって贈り物だよ」

 さらに、からだのひとつひとつをいじり、エクスタシーの表情を見せ、それらを口をきわめて褒めたらしい。
 スタンは恥ずかしさと怒りと情けなさではじめはそれを聞けなかった。

「それで――、たぶん、口ウラを合せてだと思うんですけど」と彼は遠慮がちに言った。

「ほかのアクトーレスもぼくのことを褒めだしたんです」


9月15日 家令

「それは言葉責め――なにかセクシャルないやがらせっぽく?」

「ちがうんです」

 スタンは言った。

「本気で賞賛しているみたいに言うんです。ほかのアクトーレスはぼくに触れたりせず、ただ『なんてかわいいやつだ。見てると疲れが吹っ飛ぶね』『こいつは男にゃ、幸せの塊だね』なんて言ってくれるんです」

 それで、とスタンはいよいよ顔を赤くして

「アヌスのほうも気持ちよくなるようになってて、やたらと褒められるし、ちょっと――、へんなんですけど」


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