2011年10月16日〜31日 |
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10月16日 劉小雲 〔犬・未出〕 ぼくの主人は甘えん坊です。 肌寒くなると、その傾向がさらに強くなります。夜はひとを抱きしめたまま寝ます。 しかし、抱きしめられる側は、無理な体勢になっていることが多いので、寝にくいのです。 彼が寝ついてから抜け出すのですが、タイミングをあやまると、彼は不機嫌になります。 寒いのかな。体の冷えが問題かもしれない。ぼくは彼があったまるような夕食を心がけました。ショウガたっぷりの肉団子スープとかね。 しかし、今のところ、効果は現れていません。 |
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10月17日 フィル 〔調教ゲーム〕 ご主人様のいない日がしばらく続くと、ぼくたちは次第に退屈してきます。 春だとケンカがおこります。秋だと、ブルーになります。 しかし、今年はアルが面白いことをはじめました。 野外キャンプです。 中庭――ホントに小さな庭ですが、そこにコンロを出して、スペアリブを焼いたり、魚の燻製をつくったりします。 星空の下でカフェオレを飲みながらしゃべって、夜はテントのなかに6人が押し詰まって寝るのです。 アホみたいですが、楽しいですよ。 |
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10月18日 アルフォンソ 〔わんわんクエスト〕 外で食べると、なぜ味がちがうんでしょうね。 べつに苦労して山登りしたわけではない家キャンプですが、外だと、エリックの焦げ味ラムチョップも美味しく感じます。 彼とロビンは特にイキイキしてますね。テントの杭打ちとかやっていると、もうご機嫌です。 フィルもけっこううまいもの作ってくれますよ。トマトにピラフをつめて焼いたのとか、チキンのオレンジソースとか。 星空の下で仲間と熱々の料理をかじってるととても幸せです。ご主人様も入れてあげたい。 |
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10月19日 ラインハルト 〔ラインハルト〕 アキラとルイスが休暇から帰ってきた。 ふたりでにぎやかにおみやげの日本のお菓子やら健康食品やらを配っていた。 おれがルイスに「ケンカしなかったか」とからかうと、彼ははにかんだように笑い、したよ、と言った。 おやおや。 「なんか、ずっと不安がたまってたんだと思う。それがはじけた。いい毒出しだったと思うよ」 「不安?」 彼はくそまじめな顔をして言った。 「アキラと暮して、毎日幸せすぎておれ不安だったんだよ」 ノロケかよ! |
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10月20日 ルイス 〔ラインハルト〕 日本での旅行中、おれはアキラとはじめてぶつかった。 アキラがおれを家族に紹介したり、友だちに会わせたり、なんだか、あまりにも誠実に扱ってくれるからこわくなったんだ。まるで結婚するみたいに。 おれなんかでいいのか。 この旅行で知ったが、アキラはもともと警官の息子で、自分も警察官僚だったらしい。 警視? 日本の警察機構はアメリカのとは違うらしいが、エリートだったんだ。 おれなんかでいいのか。 おれはギャンブラーのせがれで、人生の半分は宿無しで、水商売だぞ。 |
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10月21日 ルイス 〔ラインハルト〕 おれは前から不安だった。 アキラはラインハルトをあきらめた。あのゴージャスな相手のかわりに、おれをえらんだ。 妥協じゃないのか。夢を捨てて、かなしい我慢をすることにしたんじゃないのか。 アキラの友だちと飲んでいた時、おれは日本語がわからなくて少しイライラしていた。 彼の家に戻った時、ついにキレて怒鳴ってしまった。 めったにやらないことだ。ひとに怒鳴るなんて。 アキラはなぜかおどろきもしなかった。家のひとも。そういえば、この近所の人々はよく怒鳴っている。 |
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10月22日 ルイス 〔ラインハルト〕 「日本語ばっかりで疲れた。おれはホテルにいく」 わけのわからないことを言って、おれは彼の家を引き払おうとした。 彼はわかった、といって自分も荷物をまとめた。 おれは恥ずかしかった。バカなアメリカ人らしくヒステリーを起こして、出ていくなんて。 彼のお姉さんが夕食にご馳走を作ってくれていたのに。 ホテルでチェックインする間も、アキラについてくるなといったり、不機嫌な態度をとりつづけた。まるで駄々っ子だ。 なのに彼は意に介した風もなく、勝手に部屋で荷解きしていた。 |
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10月23日 ルイス 〔ラインハルト〕 おれは自分がどうなってしまったのかよくわからなかった。 なんで、よくしてくれている相手にこんなに失礼な態度をとっているんだろう。 アキラにも彼の家族にも、あんなに親切にされているのに、ひどく苛立つ。 吐きそうなぐらい憤りがこみあげてくる。 おれはかろうじて激情をおさえて言った。 「きみをパンチングバッグにしたくない。たのむから今日はひとりにしてくれ」 アキラは言った。 「なんだったら、実際に組み合ってもいいぜ」 |
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10月24日 ルイス 〔ラインハルト〕 それはいい考えだった。 おれたちはさして広くもない部屋の床で、転げまわった。 アキラは柔道とカラテと剣道で段をもっている。おれもテコンドーは習っていたが、蹴りはことごとくはずされ、投げられ、床に押さえこまれた。 ホテルの従業員が注意にきた時は、さすがにおれもへとへとに疲れて、怒りも小さくなっていた。 かわりに泣きたくなった。自分が恥ずかしくてみじめでたまらなかった。 「どした」 アキラはおれの肩をマッサージしてくれた。 |
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10月25日 ルイス 〔ラインハルト〕 肩を揉まれているうちに、おれはふと、ラインハルトのことは関係ない、と気づいた。 おれのこの苛立ちは、アキラさえ関係がないような気がした。 なんだか昔の怒りのような気がする。ガキのころの怒りだ。 ガキの頃からおれは他人に期待していなかった。だから、怒りもなかったように思っていた。 だが、本当は期待したし、裏切られて悲しんだし、憤っていた。可愛がられている子どもを見ると、石を投げたくなるような苛立ちを感じていた。 そんな怒りが、なぜか今、ひょっこり出てきたのだ。 |
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10月26日 ルイス 〔ラインハルト〕 (なんでだろう) おれはなぜ場違いな怒りを誘発したのかわからなかった。 アキラはあっさり言った。 「あまりに救出が遅すぎて」 それを聞いた途端、不覚にも涙が出た。 ガキの頃の自分が大泣きしている気がした。 アキラや彼の家族に親切にされて、うれしかった。だが、同時に激怒していた。 この怒りのわけを説明するのは難しい。が、迷子がやっとみつけてくれた親を叩き、泣いてなじるのが似てるような気がする。 |
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10月27日 ルイス 〔ラインハルト〕 アキラはおれを抱きしめてくれた。 おれはガキに戻ったようできまり悪かったが、彼にしがみついていた。べつのものがそうしているみたいに離れられなかった。 そいつはやがて眠くなったらしい。おれはそのまま寝てしまった。 翌朝、おれは早く目が覚めた。けろりと気分はなおり、気持ちがかろやかだった。 アキラのほうがまだ寝ていた。 その端整な顔を見ていると、いつもと違ういとしさが湧いてきた。 神様はよくぞ、こんな素敵なやつをつくってくれたものだ、と打たれるような思いがした。 |
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10月28日 ルイス 〔ラインハルト〕 翌日は気恥ずかしくも、彼の実家に戻った。 その後、ガキの頃の思い出が暴れだすことはなく、後の旅行は楽しかった。 京都で寺やゲイシャを見たり、時代劇のセットを見たり、東京でバスにのってあちこち見てまわった。アキバにはしばらく住みたいと思ったほどワクワクした。 「おれがすごく行きたいところがあるんだが」 アキラがため息をついて言った。 「いこうよ」 「ルイスには全然面白くないところなんだ」 「?」 「マンガ喫茶」 半日でいいから、入り浸りたいと言った。 |
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10月29日 ルイス 〔ラインハルト〕 彼がマンガ喫茶に入り浸るかわりに、おれは条件を出した。東京ディズニーランドにいくことだ。 「うは、なんという王道デートコース」 そう言いつつも、彼は承諾した。 おれはフロリダのすら行ったことがない。素晴らしかった。夢の世界だ。お菓子の国に入ったように、すっかり興奮してしまった。とくに気にいったのが、ピーターパンのゴンドラだ。 興奮しつつ、少し心配になった。幸せすぎて、またあいつが出てくるのではないかと。だが、あいつもはしゃいでいて、暴れる間がないようだった。 |
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10月30日 ルイス 〔ラインハルト〕 日本滞在は夢のようだった。 不思議でもあった。 帰りの飛行機で、アキラの(買ったばかりのマンガを夢中になって読んでいる)その横顔を眺め、妙に思った。 この男は本来、気が短くて、怒りっぽいほうだ。ヒロシマでも車を運転していると、マナーの悪い相手を罵ったり、みやげ物屋の店員の態度が悪いとか、東京のラーメンはしょっぱいとか、小うるさく文句を言う。 こんな男がよくぞ、おれのヒステリーに冷静に対応できたものだ。 それに対し、アキラは謎めいたことを言った。 |
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10月31日 ルイス 〔ラインハルト〕 「いつもだったら、売り言葉に買い言葉で、わーっと言い返したはずなんだが、あの時はなんか聞く姿勢になってたんだ」 彼はゴエンだな、と言った。 「ゴエン?」 「……運命だな」 そんなものなのだろうか。煙にまかれた思いでいると、彼は言った。 「おれとおまえにはそういう運命があるんだよ。いっしょにいろっていう」 おれは少しドキドキした。 「いっしょにいるとどうなるんだ」 「なにかがおこるんだよ」 彼はまたマンガに目を戻して言った。 「だからジタバタしないで、くっついてきな」 |
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